トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

2018年 12月 18日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

糖添加による微粒子懸濁液滴の乾燥パターンの制御とそのメカニズムを解明 ―甘いコーヒーのシミはリングを作らない―

1. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)数理科学・先端技術研究分野の下林俊典研究員らは、微粒子懸濁液滴の乾燥パターンがリング状になる現象(コーヒーリング現象)を糖添加によって抑制できることを発見し、そのメカニズムを解明しました。

地球上には雲の粒子や雨等様々な物質を含む微粒子懸濁液滴が数多く存在していますが、その生成や消滅現象は液滴中の密度、濃度、流れの速さといった変数が互いに影響しあいながら時間変化するという系の複雑さゆえにその挙動は解明されていません。そこで本研究では、微粒子懸濁液滴の消滅現象に着目し、液滴の乾燥過程及びそのメカニズムを明らかにすることを目的として、様々な分析を実施しました。

その一環で身近な例として、糖を添加したコーヒーのシミを精査したところ、コーヒーリング現象が抑制されることを発見し (図1)、糖の濃度を増加させて乾燥パターンを調べたところ、リングパターンから中間状態を経て、糖の濃度が100 mM以上で一様のパターンになることを明らかにしました (図2)。さらに、乾燥過程の微粒子挙動を高精度の顕微鏡で観察する等を通じて、乾燥にともないできた液滴縁に析出する糖がパターンの一様化を駆動していることがわかりました (図345)。

今回の成果は、雲の粒子や雨、また海の飛沫等あらゆる微粒子懸濁液の挙動の解明や制御、ひいては原始生命の起源を知るひとつの手かがりになり得るなど様々な科学分野への応用が期待されます。

なお本研究成果は、JSPS科研費JP18K13521 の支援を受けて行われました。
本成果は、「Scientific Reports」に12月11日付け(日本時間)で掲載されました。

タイトル:Suppression of the coffee-ring effect by sugar-assisted depinning of contact line
著者:下林俊典1、津留美紀子2、栗村朋3
1. JAMSTEC数理科学・先端技術研究分野、2. JAMSTEC海洋生命理工学センター、3. 東京工業大学

2.背景

雲や雨、空気中の水蒸気、海の飛沫等様々な物質を含む微粒子懸濁液滴は地球上のあらゆる場所に存在しています。その液滴の生成や消滅のダイナミクスを解明することは自然現象を理解する上で非常に重要ですが、密度や濃度といった物理変数が互いに影響しあいながら時間変化するという系の複雑さゆえにそのメカニズムはよくわかっていません。身近な例の一つとして、例えば、机にはねたコーヒーの滴が、時間が経って乾燥すると濃い茶色のリング状になっているのを見たことがある方も多いかもしれません。この現象はコーヒーリング現象と呼ばれ、コーヒーだけでなく、窓ガラスの雨粒の乾燥跡など様々な微粒子の懸濁液においてみられます。そのメカニズムは、液滴の外縁付近での蒸発速度が中心付近に比べて速いために液滴中心付近から外縁方向への流れが生じ、その流れが液滴内部のコーヒーの微粒子を液滴の外縁に運び、結果としてリング状のシミが形成されるというものです。

このコーヒーリング現象はインクジェットプリンターのインクの乾燥過程でも同様にみられ、プリンターの解像度の低下を招きます。電子回路の基板のプリントの際にも、粒子の不均一な塗布が起こり伝導に問題を与えることがあります。このようにコーヒーリング現象の抑制は工業的課題にもなっているため、様々な解決方法が調べられてきました。たとえば、微粒子のアスペクト比(※1)を変えたり、懸濁液に界面活性剤(※2)を加えたり、プリントされる基板を加工する等の方法があります。しかし、それらは高い技術を必要とすることや毒性、また費用面でも課題がありました。

3.成果

本研究では、微粒子懸濁液滴の乾燥パターンおよびそのメカニズムを解明することを目的として、身近なコーヒーリング現象に着目し、JAMSTECが所有する高性能な分析装置を用いて各分析を行いました。その中で、糖を添加したコーヒーのシミを精査したところ、コーヒーリング現象が抑制されることを発見しました(図1 a-c)。この抑制効果は甘いコーヒーを模倣する、糖を加えた蛍光微粒子懸濁液でも再現されました(図1 d,e)。糖の濃度を増加させて乾燥パターンを調べると、リングパターンから中間状態を経て、糖の濃度が100 mM以上で一様のパターンになることがわかりました(図2)。

なぜ一様のパターンとなるかを解明するため、共焦点レーザー顕微鏡(※3)を用いて乾燥過程における液滴の外縁付近を観察したところ、液滴外縁付近から糖が析出し、それによって液滴の接触線(※4)のピン止め(※5)が外れることを発見しました(図3)。その後の接触線付近の蛍光粒子の運動を追跡することで、粒子を背後に置き去りにしながら接触線は糖の析出の進行に駆動されて液滴中心へと移動することが判明しました。また、乾燥過程の液滴内部の流れ場を粒子画像流速測定法(PIV、※6)という手法を用いて可視化したところ、接触線のピン止めが外れることでコーヒーリング現象の原因となる液滴中心から外縁方向への流れが抑制されていることが定量的に明らかとなりました(図4)。さらに、乾燥後のパターンの内部構造を電子顕微鏡で観察したところ、ガラス基板上には二層構造(糖のみの層と糖と粒子から成る層)が形成されていることが明らかとなりました(図5f)。これはガラス基板上に析出した糖のみの層の上を接触線が移動したことを示唆しています。

つまり、まず外縁付近で最も蒸発速度が速いために外縁から糖の析出が生じ、それによって接触線のピン止めが外れます。乾燥が進むにつれて糖の析出が液滴中心方向へ進行し、それに駆動されて接触線は液滴中心へと移動します。そして、コーヒーリング現象の原因となる液滴中心から外縁方向への流れを抑制しながら粒子を背後に置き去りにすることで均一なパターンを形成するということがわかりました(図5)。このメカニズムは、従来考えられてきた均一パターンを形成するものとは異なる新しいメカニズムです。ポリマー等の析出成分を含有する微小液滴の乾燥パターンは理論的に調べられてきましたが、反射型共焦点顕微鏡(※7)を用いてその形状を調べたところ、理論的に予測されていたものと定性的に一致することも明らかになりました(図5e)。

糖を用いて乾燥パターンの一様化を実現したことは、従来の界面活性剤等を用いる方法と比較して安価かつ無害であり、また基板のパターニング等の必要もなく簡単であるという長所があります。

4.今後の展望

これらの成果は、地球上に存在する雲の粒子や雨、また海の飛沫等あらゆる微粒子懸濁液の挙動の解明や制御に役立つことが期待されます。また、原始生命誕生過程において、生体分子を含んだ液体の濃縮過程があったと考えられています。濃縮を容易に可能とする一つの過程は乾燥であり、原始生命の陸上誕生説が深海誕生説とともに支持される一つの理由です。糖だけでなくアミノ酸やDNAといった生体を構成する他の分子を含む液滴の乾燥挙動を解明することは、原始生命の起源を知るひとつの手かがりとなるかもしれません。

さらに、簡単・安価かつ無害にコーヒーリング効果を抑制することができるため、印刷技術の向上に貢献すると考えられます。特に、人体に対して無害であるという特徴を活かし、フードプリンターや医療用プリンター等への応用も期待できます。

[補足説明]

※1
アスペクト比:物体の形状における長辺と短辺の比。円の場合は1となり、円からどれくらい外れているかを表す。
※2
界面活性剤:水と油のようなそれぞれ混ざり合わない物質の両方に溶けることができる分子の総称。洗剤等もその一種である。
※3
共焦点レーザー顕微鏡:レーザー光を用いて焦点面をつくることで、非常に小さいスケールのものを観察することができる顕微鏡。
※4
接触線:水滴をガラス上に置いた場合、水とガラスと空気の3つの物質の界面が存在する。この3つの物質が接する線を接触線とよぶ。
※5
ピン止め:上のような接触線はガラスにくっつき、水滴を移動させようとしてもある一定以上の力をかけないと固定されたままであることが知られている。このような現象をピン止めという。
※6
粒子画像流速測定法(PIV):流体中に混入したトレーサー粒子の画像解析により、流体速度を測定する手法。
※7
反射型共焦点顕微鏡:共焦点顕微鏡の一種で、物体の凹凸を非接触かつ非破壊に三次元形状を測定することができる装置。
図1

図1 a)実際のコーヒーを用いた乾燥パターン。左半分は糖なしのコーヒー、右半分は糖ありのコーヒー。
b,c) aの一部を拡大したもの。bではリング状になっているが、cは一様である。
d, e)同様の乾燥パターンをコーヒーの代わりに蛍光微粒子の懸濁液を用いて再現したもの。スケールバーはすべて500 ㎛。

図2

図2 糖濃度によるパターンの変化。糖の濃度が薄いと糖なしの場合と同様のリングパターンになるが、100 mMより濃いと一様になる。またリングと一様の中間のパターンも存在する。

図3

図3 a,b)糖濃度0.1mM及び100mMにおける共焦点レーザー顕微鏡を用いた経時観察結果。t/tfは完全乾燥したときを1とした時間の経過割合を示す。
c-f) 外縁部の粒子の追跡。f)はe)の点線で囲まれた部分の拡大。スケールバーはc-e)50µm、 f) 20µm。

図4

図4 a, b) 糖濃度1.0 mMの場合の粒子画像流速測定(PIV)図とその模式図。b)の赤い部分の断面を共焦点顕微鏡によって観察している。黄色い矢印はその地点における流速を表す。通常のコーヒーリングの場合と同様に、外向きの流れが起こり粒子を液滴外縁方向へと運ぶ。c) 観察している場所はa, b)と同様であるが、糖濃度が200 mM。一様のパターンになるが、コーヒーリングができるときのような強い外向きの流れは観測できない。

図5

図5 a-d)予想される乾燥メカニズム。
b)糖が乾燥に伴い析出し、その上を液状部分の境界が移動する。
c)さらに、乾燥に伴い縁の部分からも糖が析出し、微粒子とともに固体化していく。このb、cについては顕微鏡観察により実際の粒子の動きを観察している。
d)最終的に残る乾燥パターン。
e)糖ありの場合の乾燥後に残ったものを反射型共焦点顕微鏡を用いて高さプロファイルをとったもの。
f)電子顕微鏡による断面の観察。dの破線部分を見ており、粒子が上部にのみ存在することが予想される乾燥メカニズムを裏付けている。スケールバーは2 ㎛m。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
数理科学・先端技術研究分野 研究員 下林 俊典
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
お問い合わせフォーム