JAMSTEC|海洋研究開発機構|ジャムステック

トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

2021年 7月 19日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
国立大学法人豊橋技術科学大学
大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所

植物プランクトンDicrateria rotunda
石油と同等の炭化水素を合成する能力をもつことを発見

1. 発表のポイント

植物プランクトン:ハプト藻の一種であるDicrateria rotundaD. rotunda)が石油と同等の炭化水素(炭素数10から38までの飽和炭化水素)を合成する能力をもつことを発見した。これまでいずれの生物からもこの能力をもつものは報告されていない。
北極海の研究航海で得られた株ARC1を始めとする計11種のDicrateria属を調べたところ、全てが一連の飽和炭化水素を合成する能力を有しており、この生物種に共通する能力であることが明らかとなった。
D. rotunda ARC1の飽和炭化水素は暗所および窒素欠乏条件で増加した。今後、これらの飽和炭化水素の生理機能や合成経路の解明することにより、バイオ燃料の開発につながる可能性がある。

2. 概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門の原田尚美部門長らは、豊橋技術科学大学の広瀬侑助教、生理学研究所の村田和義特任教授とともに、植物プランクトンDicrateria rotunda (D. rotunda)が炭素数10から38まで一連の飽和炭化水素()を合成する能力をもつことを発見しました。

2013年、海洋地球研究船「みらい」による北極海の研究航海が実施され、チュクチ海の海水から採取された(図1:70°0.06'N, 168°44.96'Wの観測点)植物プランクトン群集の中からD. rotunda北極海株ARC1(図2)が単離培養されました。北極海株ARC1の炭化水素組成を調べたところ、ガソリン(炭素数10から15)、ディーゼル油(炭素数16から20)、燃料油(炭素数21以上)に相当する炭素数10から38までの一連の飽和炭化水素が含まれていました(図3a)。また、微生物株保存機関に保管されている他10種のDicrateria属を調べたところ、すべての株が同様の合成能力をもち、本種に共通した能力であることが明らかとなりました(図3b)。このような石油と同等の炭化水素を合成する能力を持つ生物は、世界で初めての発見です。

本種の飽和炭化水素の合成能力は環境条件により増加する結果(図3c)も得られており、今後のバイオ燃料開発につながる可能性が期待されます。

本研究は、JSPS科研費 JP22221003 とJP15H05712の助成をうけたものです。

本成果は、「Scientific Reports」に7月19日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
A novel characteristic of a phytoplankton as a potential source of straight-chain alkanes
著者:
原田尚美1、広瀬侑2、Chihong Song3、栗田弘史2、佐藤都1、小野寺丈尚太郎1、村田和義3、伊藤史紘4
所属:
1. 海洋研究開発機構、2. 豊橋技術科学大学、3. 生理学研究所、4. 株式会社ファイトペトラム

3. 背景

私達が日常的に使用している灯油、ガソリン、航空タービン燃料油、ディーゼル油、燃料油などは、地中から採掘した原油を精製したものです。原油は主に炭化水素という有機化合物で構成されており、太古に植物プランクトンなどが、地下の高温・高圧の条件で長い時間をかけて熱分解・熟成により生成されたと考えられています。一方、カムチャッカ半島で発見された油田の原油中の炭化水素の年代が非常に新しく、その生成原因について地質時代を経た植物の長時間熱分解ではなく、微生物・細菌による最近の活動によるものではないかという仮説が出されていますが、原因となる微生物・細菌は特定されるところまでには至っていません。

地球温暖化が深刻な今、化石燃料の消費削減は世界の喫緊の課題です。日本政府は2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするという目標を掲げています。この目標を達成するためには、太陽光や風力などの自然エネルギーの活用に加え、化石燃料を生物由来のバイオ燃料に代替することが求められており、様々なアプローチによるバイオ燃料の研究開発が国内外で進められています。特に、植物や藻類の光合成によってつくられたバイオ燃料は、燃焼させても大気中の正味のCO2濃度を増やすことはありません。そのため、植物や藻類が合成する炭化水素は原油の代替エネルギー源として有望と考えられてきました。しかし、植物や藻類によって生合成される炭化水素は、炭素数の範囲が狭く(炭素数15や17など、1つか2つの炭化水素が主要な組成)、酸化されやすく不安定な不飽和炭素結合を含んでいます。そのため、これらの炭化水素はそのままでは石油に置き換えることは困難です。

4. 成果

●石油と同等の飽和炭化水素をつくる生物を世界で初めて発見

本研究グループは、海洋地球研究船「みらい」による2013年の北極海の研究航海において、北極海の海氷減少に伴い、ベーリング海に生息する植物プランクトンが北極海へ侵入し、現場で生産をしているかどうか調査する目的で植物プランクトンを採取していました。そのうち単離培養が可能な植物プランクトンについて、いくつかの種類の単離培養を実施し、ハプト藻に特有の有機化合物を持つか否かを確認していたところ、Dicrateria rotunda (D. rotunda)北極海株ARC1(図2)が炭素数10から38までの一連の飽和炭化水素合成することを発見しました(図3a)。この組成は、ガソリン(炭素数10から15)、ディーゼル油(炭素数16から20)、燃料油(炭素数21以上)と同等でした。このような炭化水素合成能力を持つ生物は過去に報告例がなく、本研究の成果は初めての発見となるものです。Dicrateria自体は太平洋や大西洋など他の海域でも広く生息することがわかっています。そこで、日本、フランスの植物プランクトンのカルチャーコレクションに保有されている10種のDicrateria属の炭化水素組成を調べたところ、すべての株で、北極海株ARC1と同じく炭素数10から38までの一連の飽和炭化水素を合成する能力を持つことを確認しました(図3b)。つまり、石油と同等の炭化水素をつくる能力はDicrateria属に共通の能力であることがわかりました。今回調査した11株では、飽和炭化水素の中でも特に炭素数10および11の短い炭素数の飽和炭化水素をより多く合成する特徴を持っていることも明らかにしました。

●飽和炭化水素の細胞内での役割は?

続いて本研究グループは、北極海株ARC1を用いて、光・温度・窒素栄養塩濃度などの条件を変えた際の、炭化水素量の変動を調査しました。その結果、光合成が止まった暗条件や窒素栄養塩を欠乏させた条件で、細胞サイズが縮小するとともに、飽和炭化水素の総量が約5倍程度に増加することがわかりました(図3c)。通常、飽和炭化水素がエネルギー貯蔵物質として使われている場合、光合成ができない暗条件ではエネルギー源として消費され、細胞内の含有量が低下するはずです。ところが、一連の飽和炭化水素量は暗所で増加したことから、エネルギー貯蔵物質としては機能していないと考えられました。最近の研究では、シアノバクテリアという別の光合成細菌において、炭素数15から19の飽和炭化水素は、主に葉緑体のチラコイド膜や細胞膜に蓄積して柔軟性を高めることが示唆されています。従って、北極海株ARC1においても、光や栄養塩が得られないストレス条件において、飽和炭化水素を細胞膜に蓄積することで、細胞や葉緑体の縮小を助けているのかもしれません。今後、一連の飽和炭化水素の生理的な役割の解明が期待されます。

5. 今後の展望

D. rotundaのつくる一連の飽和炭化水素の成分は石油と同等であり、「質」としてはバイオ燃料として申し分ありません。一方で、合成する「量」には課題があります。例えば、D. rotundaの単位細胞量あたりの炭化水素含有量は、生物源オイルとしてこれまで利用されてきた実績のあるBotryococcus brauniiの2.5-20%程度しかありません。今後は、いかにD. rotundaの飽和炭化水素合成能を効率的に増強させるかが課題となります。そのためには、飽和炭化水素の合成条件の最適化や、育種や遺伝子改変による合成量の増加、飽和炭化水素合成遺伝子群の特定と異種の生物を用いた飽和炭化水素生産系の構築など、多くの基礎的研究が必要です。進行する地球温暖化を抑制するためには、人類のエネルギー消費の約85%を占める化石燃料の一部をバイオ燃料に置き換える必要があります。そのためには様々なアプローチによるバイオ燃料開発を進める必要があり、今回の発見は、我々の今後に有望な選択肢を与えるものです。

北極海は、人類の研究の手が未だに及んでいない未踏の地であり、JAMSTECの航海や、文部科学省の北極域研究加速プロジェクト(ArCSⅡ)が進められています。これらのプロジェクトによって、人類の持続的な発展に貢献できる新たな有用生物が見つかる可能性があります。

【補足説明】

飽和炭化水素:炭素と水素からできている有機化合物。もっとも質量数の小さいものは炭素数が1つのメタン(CH4)。
図1

図1 北極海(チュクチ海)におけるD. rotunda北極海株ARC1の採取点(赤丸:70°0.06'N, 168°44.96'W)

図2

図2 a) D. rotunda北極海株ARC1の明視野顕微鏡画像(左上)、蛍光顕微鏡画像(左下)、電子顕微鏡画像(右)。b)複数の電子顕微鏡画像より復元した3次元構造。

図3

図3 a) D. rotunda北極海株ARC1から抽出した炭化水素のガスクロマトグラム b)11種のD. rotundaの有するC10-C38飽和炭化水素量 c)異なる条件で培養したARC1株に含まれるC10-C38飽和炭化水素量(エラーバー:標準偏差)

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 部門長 原田 尚美
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋科学技術戦略部 広報課
国立大学法人豊橋技術科学大学
総務課広報係
大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所
研究力強化戦略室
お問い合わせはこちら