富山湾に生息する深海生物オオグチボヤから新奇セルロース分解菌を分離しました。
深海微生物が陸上微生物とは異なるバイオマス分解機構を発達させていることを明らかにしました。
非可食植物バイオマスを出発原料としたバイオものづくりへの応用が期待されます。
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)の立岡美夏子 研究員、出口 茂 生命理工学センター長らの研究グループは、植物バイオマスの主要成分であるセルロースを分解する深海微生物が、陸上微生物とは異なる独自の分解メカニズムを発達させていることを明らかにしました。非可食バイオマスを活用した持続可能なバイオものづくり技術への応用が期待されます。
本研究は、日本木材学会国際交流奨励賞、JST CREST JPMJCR21L4、JSPS科研費JP 19K15956、23K14000、並びに公益財団法人 長瀬科学技術振興財団2024年度研究助成の支援により実施されました。論文はSpringer-Natureが発行する学術誌「Journal of Wood Science」に2024年11月14日付(現地時間)でオンライン掲載されました。
Characteristics of Deep-Sea Microbial Cellulases: Key Determinants of the Ultimate Fate of Plant Biomass on Earth (深海微生物セルラーゼの特性:植物バイオマスの最終運命を決定する鍵因子)
植物バイオマスの主要成分であるセルロースは地球上で最大のバイオマス量を占めています。微生物によるセルロースの生分解は、植物が光合成で固定した炭素を再び大気へと戻すプロセスであり、地球規模の炭素循環において重要な役割を果たします。しかし、これまでの研究は陸上の微生物によるセルロース分解に焦点を当てており、深海でのセルロース分解はほとんど解明されていません。
深海では、海面近くや陸上で光合成により生成された有機物が「マリンスノー」として沈降し、生態系にとって重要な栄養源となります。近年の研究では、陸上由来のセルロースが大量に深海へ移動している可能性が指摘されています。有機物が深海へと沈降する過程では、易分解性の有機物から優先的に生分解され、結果的に難分解性の有機物が濃集されて深海に到達します。そのため深海生物は、セルロースやプラスチックなどの難分解性有機物を効率よく分解・利用する戦略を発達させていると考えられます。しかしながら、深海でのセルロース分解に関与する酵素の生化学は未知のままでした。
今回の研究では、セルロース分解を超高感度に検出可能な先端ナノ計測技術「SPOT」(関連プレスリリース1参照)を活用し、富山湾の水深800メートルを超える深海から新たに分離した新奇深海微生物TOYAMA8株と(図1)、野間岬沖200メートルの深海から以前に分離したMarinagarivorans cellulosilyticus GE09株が持つセルロース分解酵素(セルラーゼ)の特性を調べました。
ゲノム解析、遺伝子の働きを調べるトランスクリプトーム解析、AIを用いたAlphaFoldによるタンパク質構造予測を行った結果、これらの菌株が細胞膜に結合した高分子量のセルラーゼを生産し、効率的にセルロースを分解することが明らかとなりました。陸上微生物が大量の酵素を細胞外に放出してセルロースを分解するのに対し、深海微生物は酵素を細胞表面に保持することで、分解産物を無駄なく取り込むことが可能です。これは深海の栄養が乏しい環境に適応した結果であると考えられます。またセルラーゼをセルロース表面に繋ぎ止める部位が、陸上微生物由来の酵素とは全く異なるアミノ酸で構成されているなどの特徴も新たに発見されました。
さらに、これらの深海微生物はセルロース以外の植物由来多糖も分解できる一方で、海藻由来の多糖は分解できないことがわかりました。この結果は、陸上植物のバイオマスが深海微生物にとって重要なエネルギー源であることを示唆しています。
深海の極限環境や深海生物の生存戦略は、持続可能な技術革新に向けたインスピレーションの源として注目されています。JAMSTEC生命理工学センターでは、深海の高圧環境や高温・高圧環境に着想を得た「深海インスパイアード化学」に基づく新しいナノマテリアルの開発や、資源循環に貢献する研究開発を進めています(関連プレスリリース2-4参照)。今回の成果は、深海微生物由来の酵素が環境にやさしいバイオ技術としても活用可能であり、持続可能なバイオリファイナリー技術やカーボンニュートラル実現に向けたブレークスルーとなる可能性を示すものです。今後は、これらの深海セルラーゼの機能解析を進めるとともに、「バイオものづくり」への応用を推進し、持続可能な社会の実現に貢献して行きます。