概念図:小惑星リュウグウから発見された5種すべての核酸塩基(A, G, C, T, U)の存在を新たに記載する「リュウグウ絵巻物」の様子
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和 裕幸、以下「JAMSTEC」という。)海洋機能利用部門 生物地球化学センターの古賀 俊貴 ポストドクトラル研究員および高野 淑識 センター長・上席研究員/慶應義塾大学先端生命科学研究所(所長 荒川 和晴)・ 特任准教授、北海道大学低温科学研究所(所長 渡部 直樹)の大場 康弘 准教授、九州大学(総長 石橋 達朗)大学院理学研究院の奈良岡 浩 教授、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社(代表取締役 大畑 恭宏)の共同研究グループは、小惑星リュウグウ試料中の核酸塩基について、高精度な解析評価を行いました。
小惑星リュウグウ試料を用いた初期分析では、RNAに含まれるピリミジン塩基であるウラシルが検出されていましたが、試料量の制約により、他の核酸塩基の網羅的な探索は、未踏の科学課題として残されていました。そこで本研究では、JAXAの国際公募(AO3)で採択・分配されたリュウグウ試料を用い、同試料に含まれる核酸塩基の精密な評価を行いました。
その結果、リュウグウ試料には、DNAおよびRNAを構成する5種すべての核酸塩基(プリン塩基:アデニン、グアニン、ピリミジン塩基:シトシン、チミン、ウラシル)が、存在することを明らかにしました(図1)。これら5種の核酸塩基の存在確定と分子多様性の評価は、初めての報告です。本成果は、炭素質小惑星には、水―鉱物―有機物の相互作用により、多様な核酸塩基分子群を内在させること、生命誕生以前には、遺伝物質の基本構成要素がすでに存在していたこと、を示す一次情報を提示します。
本研究は、JSPS科学研究費補助金(課題番号:JP21J00504、JP25K17463、JP21KK0062、JP21H04501、JP21H05414、JP23H00148)による研究助成を受けて実施されました。
本成果は、2026年3月17日(日本時間 午前1時)に、英国の科学誌「Nature Astronomy」に掲載されました。
A complete set of canonical nucleobases in the carbonaceous asteroid 162173 Ryugu
図1 リュウグウ試料を用いた国際公募研究(AO3)に提案し、採択・分配された試料(A0480およびC0370)の顕微鏡写真
核酸塩基は、DNAやRNAを構成する基本分子であり、遺伝情報の保存や伝達を担う生命に不可欠な分子です。さらに、核酸塩基に糖やリン酸が結合したヌクレオチドは、アデノシン三リン酸(ATP)などのエネルギー担体や補酵素としても機能し、生命活動を支えています。
生命誕生以前の化学進化においては、RNAが遺伝情報の担体であると同時に触媒としても機能していたとする「RNAワールド仮説」が提唱され、生命誕生につながる有力な説の一つとして受け入れられています。したがって、RNAを構成する核酸塩基が、どのような環境で生成され、どのようにして初期地球に供給されたのかを理解することは、生命起源研究における重要な課題です(2023年5月30日既報:2025年1月30日既報)。
これまでに、NASAが主導するオシリス・レックス※2 によって地球帰還した小惑星ベヌー試料や炭素質隕石であるマーチソン隕石から5種すべての核酸塩基が報告されてきました(2022年4月27日既報:2025年1月30日既報)。これらの成果により、核酸塩基が太陽系の化学進化の過程において、非生命的に生成される分子種であることが明らかになってきました。
一方、JAXAの探査機「はやぶさ2」で地球帰還した炭素質小惑星リュウグウ試料の初期分析では、試料量の制約の中、ピリミジン塩基であるウラシルの検出に成功していました。そのため、リュウグウ試料に含まれる核酸塩基を網羅的に分析することは、小惑星ベヌーとの交差評価とともに、小惑星における核酸塩基の生成機構や母天体内部の化学進化を理解する上で重要な課題でした。
小惑星リュウグウ
日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が主導する国際共同ミッション「はやぶさ2」プロジェクトにおいて、小惑星リュウグウから試料を回収し、地球へ持ち帰りました。著者らが参画した「はやぶさ2」初期分析・可溶性有機分子チームによる代表的な研究成果は、こちら(2023年2月24日既報、2023年3月22日既報:2023年5月30日既報:2024年7月10日既報:2024年9月5日既報)。
オシリス・レックス
米国のNASAが主導する国際共同ミッションであり、小惑星ベヌーから試料を回収し、地球へ持ち帰りました。著者らが参画した「オシリス・レックス(OSIRIS-REx)」初期分析・有機化合物分析チーム(SOAWG)チームによる代表的な研究成果は、こちら(2025年1月30日既報:2025年12月3日既報)。
著者らは、第3回リュウグウ試料を用いた国際公募研究に採択された試料(A0480およびC0370:図1)から、可溶性有機物を水および塩酸により段階的に抽出しました。得られた各画分は、脱塩および濃縮処理を行った後、高速液体クロマトグラフィー/高分解能質量分析(HPLC/HRMS)を実施しました。
その結果、リュウグウ試料の抽出液から、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)、ウラシル(U)の地球生命に用いられる5種すべての核酸塩基が検出されました(図2)。さらに、原理の異なる独立した解析法として、キャピラリー電気泳動/高分解能質量分析法(CE/HRMS)による交差検証を行ったところ、双方に整合的な結果を得ました。これらの結果から、小惑星リュウグウには、小惑星ベヌー試料と同様に遺伝物質の重要な構成要素である核酸塩基の5種すべてが存在することを明らかにしました。
さらに、これらの核酸塩基に加えて、関連分子であるヒポキサンチンおよびキサンチン、チミンの構造異性体である6-メチルウラシル、ビタミンB3であるニコチン酸およびその同族体分子、ならびにその他の含窒素有機分子群(アミノ酸、尿素、エタノールアミン)も新たに検出しました。これらの結果は、リュウグウ試料中に存在する可溶性有機分子群が、従来考えられていた以上に多様性を有することを示しています。特に、地球上には存在しない6-メチルウラシルの検出は、リュウグウ試料中の核酸塩基が非生命起源であり、新鮮な小惑星リュウグウ起源であることを示す重要な証拠といえます。
図2 HPLC/HRMSによって検出されたリュウグウC0370試料の塩酸抽出液中の核酸塩基
(A) アデニン、(B) グアニン、(C) シトシン、(D) ウラシル、(E) チミンおよび6-メチルウラシルに対応するマスクロマトグラムを示す。HPLC/HRMSは、有機分子を化学的性質に基づいて分離した後、イオン化分子の精密質量(小数点以下4桁精度)から組成式を決定できるため、標的有機分子の検出に優れている。操作ブランクでは、有意に検出されない一方、リュウグウ試料からは標準試料との比較により、5種すべての核酸塩基が有意に検出されたことが確認された。
本研究では、リュウグウ試料の分析と並行して、太陽系物質科学のレファレンス試料(オルゲイユ隕石)の並行分析も行い、同様に5種すべての核酸塩基を検出しました。これにより、小惑星リュウグウ、小惑星ベヌー、オルゲイユ隕石、マーチソン隕石の計4つの太陽系物質科学試料について、核酸塩基組成を比較可能なデータセットが整いました(図3A)。ピリミジン塩基に対するプリン塩基の存在比(プリン/ピリミジン比)を比較したところ(図3B)、試料間で明確な差異が認められました。CM2コンドライトであるマーチソンは、他の試料と比べて顕著にプリン塩基に富んでおり、プリン塩基を非生物的に生成するシアン化水素重合反応が、この隕石の母天体環境において活発に進行していた可能性が示唆されます。
次に、多くの含窒素有機分子の窒素源となるアンモニアに着目したところ、リュウグウ、ベヌー、オルゲイユにおいて、アンモニア濃度とプリン/ピリミジン比の間に負の相関性が認められました(図3C)。このようなアンモニア濃度と核酸塩基合成の相関関係は、これまでの室内実験では報告されておらず、地球外核酸塩基の生成メカニズムを理解する上で、重要な指標となります。
図3 小惑星リュウグウとその他の地球外物質試料中の核酸塩基分布の比較
(A)リュウグウ、小惑星ベヌー、オルゲイユ隕石、マーチソン隕石中のプリン塩基、ピリミジン塩基、全核酸塩基の濃度を示した棒グラフ。リュウグウの核酸塩基濃度は他試料よりも小さいことがわかる。(B)それぞれの試料におけるプリン/ピリミジン比を示したプロット図。過去に実施された室内実験での値も参考として記載している。(C)リュウグウ、べヌー、オルゲイユにおいて観察されたプリン/ピリミジン比とアンモニア濃度の負の相関。
リュウグウ、ベヌー、オルゲイユの母天体環境において進行した核酸塩基合成反応の概念図を図4に示しています。一般に、ピリミジン塩基はCHO分子と含窒素分子との反応から生成し、プリン塩基はシアン化物と含窒素分子との反応、すなわちシアン化水素重合反応によって生成されると考えられています。このことから、プリン/ピリミジン比は、出発物質であるCHO分子とシアン化物の相対的な存在量を反映している可能性があります。
図4 リュウグウ、ベヌー、オルゲイユの母天体で起きていた核酸塩基合成経路の概念
ピリミジン塩基はCHO分子と含窒素分子の反応で、プリン塩基はシアン化物と含窒素分子反応で生成されることが知られている。そのため、CHO分子とシアン化物の相対存在量の違いがプリン/ピリミジン比として反映されている可能性がある。
国際的なサンプルリターンミッションを通して地球帰還した試料(2022年2月11日既報:2024年6月26日既報)は、太陽系物質科学と非生命的な分子進化を探求する上で極めて重要な機会であると考えています。著者らが参画するオシリス・レックスプロジェクトの代表的な研究成果(2025年1月30日既報:2025年12月3日既報など)は、2025年の物理分野の十大トピック【Physics World Top 10:Breakthroughs of the Year 2025】(2025年12月11日既報)に選出されていることから、基礎領域を横断し、初生的な化学進化を探究する重要性と世界的な関心の高さが理解されます。
これからは、リュウグウやベヌーに加えて、他の太陽系物質について、高精度な分析を進め、核酸塩基組成とアンモニア濃度との関係性をより体系的に明らかにしていく予定です。現在、JAXA主導の火星衛星サンプルリターン計画「MMX」※3 をはじめとする新たな国際プロジェクトが進行しています。本研究の鍵の一つは、元素・分子レベルの先鋭的な分析技術と先進的な物質科学の相乗効果にあります。このような技術基盤は、学術分野にとどまらず、性状未知試料の品質評価や新たな研究開発を支える知識の社会還元にも貢献すると期待されます。本研究グループは、リュウグウ分析やベヌー分析で培われた先鋭的な方法論の高度化を含め、物質科学的な計測法の国際的な標準化に向けて、さらなる研鑽を進めて参ります。
本研究の一部は、海洋研究開発機構、慶應義塾大学、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社の共同研究であるバイオジオメタボローム(BioGeoMetabolome:BGM)プロジェクト(2025年5月23日既報)の一環として行われました。
火星衛星サンプルリターン計画「MMX(Martian Moons eXploration mission)」
日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)が主導する国際共同ミッションで、火星の衛星(フォボス)の探査と試料回収を目的としています。詳しくは、2020年4月28日既報:2021年6月1日既報:2024年1月11日既報の通りです。
お問い合わせ先
(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構(報道担当)
海洋研究開発機構