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「しんかい6500」1000回潜航達成

4人が語る「しんかい6500」

世界最深まで潜る潜水船をつくる意義は
それを可能にする技術を持つことにもある

今井義司司令は1983年に有人潜水調査船「しんかい2000」の整備要員として入所。その後、「しんかい2000」で副司令までを務め、1999年4月に有人潜水調査船「しんかい6500」の3代目司令となった。以来、運航チームの長として、パイロット、コ・パイロット、整備班や航法管制班をまとめ、支援母船「よこすか」の船上から、さまざまな天候条件を見極めながら、安全かつ効率的な潜航のために細心の注意をはらってきた。

最も気を遣う、潜航前後の作業

記念すべき「しんかい6500」の第1,000回目の潜航予定は、沖縄の南西諸島、鳩間海丘周辺。2007年3月中頃の予定だ。定期的に行われる「しんかい6500」の点検整備の直後ということで、潜航目的はスタッフのための訓練潜航となる。しばらく乗船していなかったパイロットの腕慣らしや新人の教育が目的だ。「特に、大きなイベントという感じではありませんね。1,000回という潜航数より、やはりそれまでの航海や潜航を順調にやってこれたことが一番です」
「しんかい6500」2006年最後の航海は、長期の外航だった。8月の中旬に出航し、帰ってきたのが11月中旬。パラオからマリアナ諸島周辺をまわり、最後に立ち寄ったのがタヒチ周辺だ。この時も、悪天候には苦労したという。南半球はちょうど春から夏への季節の変わり目で、風が強く、うねりが高い時期が続いた。「その航海は地質系の研究者の潜航で、溶岩の採取が目的でした。研究者の希望で3,000mくらいの水深を狙っていたんですが、毎日、3mから4mのうねりがあって、なかなか希望のポイントまで行けない。結局、調査海域の島々の周辺でうねりのない場所を探して1,500m程度のところで潜航するなどして、何とか予定の潜航回数だけはクリアしました」。深海調査というと、私たちは深いところへ潜る危険をまず想像するが、実際に一番トラブルが起きやすいのは潜水船の着水、揚収といった海上での作業時だという。「潜水船は一度海面下に潜ってしまえば、少しくらい海上が荒れていても静かなんです。むしろ、天候に左右されるのは、船体を吊して着水するまでなんですね。それに作業班のボートによる仕事もありますから。ですから、理想をいえば、海面下で潜水船を揚収できる母船があればいいんですけどね」。ロシアの潜水調査船「ミール」の母船などは、大きな船体で風をさえぎり揚収作業をしやすいよう工夫してあるというが、母船が大きすぎると、今度は小回りが利かなくなる。そのバランスはなかなか難しいようだ。

次世代の潜水船に望むこと

現在、有人潜水調査船としては世界で最も深くまで潜れる「しんかい6500」だが、建造から17年を経過した現在、老朽化の問題も気になるところだ。「老朽化という意味では、船体よりも電子部品などのパーツの方が問題です。ものによっては、古くてメーカーの在庫がないものもありますから、今後、そういう部分は考えていかなければなりません。でも、船体の方はまだ十分使えますよ」。今年度の整備でも、いくつかの機器が新規搭載される予定だといい、今後も深海から、よりリアルな情報を届けてくれると期待してよさそうだ。
では、さらに次世代の潜水船が目指すべきものは何なのだろう。さらなる展望を伺ってみた。「できれば“ ful ldepth”、海底の最深部まで到達できる11,000m級の船をつくってほしいと思います。やはり、一番深くまで行ってみたいという欲望はあります。ただ、それ以上に、そこで技術が鍛えられるということが重要なんです。前人未踏の海底へ潜る技術は、ほかにはないわけですから。そういう意味でも、ぜひ挑戦してほしいですね」。世界一深く潜れるということは、それを成し遂げるための技術を持つということ。「しんかい6500」がこれまで果たしてきたその功績は、単に未知の世界の見聞を広めたことだけではないのだ。
海の現場が大好きだという今井司令だが、そこで積み上げてきた経験を、後進に伝えていくことも大事な役割のひとつだ。しかし、自分たちの経験を押しつけることだけはしたくないという。「若い人の視点から行ったことで、私たちと違った結果が出てくることもある。そして、それがいい場合もあるんです。もちろん、伝えなければいけない技術は、きちんと伝えていきますけどね」。海の研究は、地球環境問題などにも非常に深く関わる大事な分野だ。だからこそ、若い人たちはもっと海に目を向けてほしいと今井司令はいう。そして、そうした問題を解明するデータは、現場に出なければ手に入れることはできない。「そういう意味で、海洋科学の研究者ばかりでなく、技術者の方にも、もっと海に関心を持ってもらいたいと思うんですよ」


いまい・よしじ

●1947年 新潟県生まれ。1983年海洋科学技術センター(現、海洋研究開発機構)へ入所。「しんかい2000」運航チーム配属。以来、潜水船業務に関わり、現在に至る。1994年「しんかい6500」運航チーム配属。1999年より「しんかい6500」運航チーム司令