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「しんかい6500」1000回潜航達成

4人が語る「しんかい6500」

有人の深海調査を続けるためにも
「しんかい6500」による優れた研究成果を

高井プログラムディレクター(PD)は、有人潜水調査船「しんかい6500」初乗船となった2002年のインド洋調査潜航で、熱水活動域に地球最古の生態系と非常によく似たハイパースライムを発見。さらに鉄の鱗を持つ巻貝、スケーリーフットを捕獲した。その後も積極的に「しんかい6500」を活用しており、公募後最多の15回潜航で、多くの研究成果をあげている。その背景には、有人潜水船ならではの、人間の目で深海を見る貴重な機会を守ろうとする、高井PDの強い思いがあったのである。

有人潜航ならではの発見秘話

高井PDは、1998年の沖縄トラフ潜航以来、水深2,000mまでの潜航能力を持つ有人潜水調査船「しんかい2000」との縁が深かった。「もともと生物・微生物系の研究者は、熱水活動域や冷湧水域のある日本近海の比較的浅い海域をターゲットに『しんかい2000』で調査を進め、『しんかい6500』はもっと深いところ、もしくは海外の調査という棲み分けができていました」
高井PDが初めて「しんかい6500」に乗船したのは、2002年のインド洋調査潜航に首席研究員として参加したときだ。同年11月「しんかい2000」が活動を休止。高井PDも2003年から、「しんかい6500」をフル活用し、多くの成果をあげてきた。
特に印象的だったのは、2004年、南太平洋での「NIRAI KANAI(ニライカナイ)太平洋大航海※」中の出来事であるという。高井PDたちはラウ海盆の熱水活動域を調査し、新たに2つの熱水活動域を発見した。「ある日『しんかい6500』のパイロットが北と南を間違えて走ったときに偶然、真っ黒な煙に遭遇して熱水活動域を見つけることができました。パイロットは『自分の嗅覚で見つけた』といっていますが(笑)、ともかく、人間が潜ったからこそ見つかったというのは事実ですね。そのときハワイ大学も同じ場所をAUV(自律型無人潜水機)で探査していました。ハワイ大学のAUV『ABE(エイブ)』は高性能で、目覚しい業績をあげていますが、ラウ海盆の同じ場所ではついに新しい発見が出ませんでした」。最新型のコンピュータ制御AUVに、有人潜水船が勝利した例となった。

研究を左右するパイロットの職人芸

「しんかい6500」は生物・微生物の研究者にとってはベストマッチではないと高井PDはいう。窓の配置が離れすぎていてパイロットと研究者の視野がずれるし、居住スペースが狭い。一方、「しんかい6500」が優れているのは、使用できる総電力が大きいこと、マニピュレータが2本あり、サンプルバスケットが大きいことだ。これはサンプリングのときに威力を発揮する。
「しんかい2000」の運航中、「しんかい6500」は地質など観察中心の研究者が乗船し、マニピュレータやサンプルバスケットでのサンプリングはそれほど多くなかった。しかし生物・微生物の研究者が乗船するようになると、パイロットには非常に細かい作業が要求されるようになった。「たとえば熱水孔の特定の場所に、サンプリング用の道具をこの角度で挿してほしいなど細かい要求をしますが、そんな要求にも対応してくれるし、それこそマニピュレータで箸が持てるくらい、パイロットの腕がよいのです。そして研究者とパイロットの息が合わないと研究はうまく行かないということがよくわかりました。修練されたパイロットがやると作業効率が非常によく、研究が進みます」。高井PDは、ぜひこの優れた操作技術を伝承していってほしいという。

有人、無人、AUVの組み合わせで効率的な運用を

世界的には無人化の流れが進むなか、「しんかい6500」は稼働率が最も高い有人潜水船である。「有人潜水にはお金がかかるし、無人探査機にはよいところも多いです。ただ、実際に潜って見る海底の風景と、カメラが送ってきた風景はぜんぜん違います。狭いし、寒いし、緊張するし、たいへんですが、自分の目で見ることにはそれだけの価値があります」。その数値化できない価値を守るために、高井P D はあえて、「しんかい6500」を使って業績をあげることにこだわっている。
また、AUVや無人探査機と有人潜水船が連携して、それぞれの得意分野を生かすべきだと高井PDはいう。「カメラで見ると遠近感が分かりませんが、人間の目は3次元で把握しますから、一瞬見ただけでモノの位置がわかります。まずは24時間働くAUVで探査して、なにか見つけたら人の目で確かめたほうがいい。大量にサンプルを捕獲するのは無人探査機がやればいいのです。有人も含めて効率的な運用をすればよいのではないでしょうか」
特に最近の海洋研究は、研究分野を超えて共同でひとつのターゲットを解明するという形になっている。それだけに、潜水船や母船の組み合わせ方や使い方もより多様になってきた。「しんかい6500」も、母船や無人探査機、AUVと最も研究効率の良い組み合わせで、フレキシブルに運用することが求められてきているのである。


たかい・けん

●1969年京都府生まれ。農学博士。1994年米国ワシントン大学客員研究員、1997年日本学術振興会、科学技術振興事業団研究員、1999年米国パシフィックノースウエスト国立研究所博士研究員を経て、2000年海洋科学技術センター(現、海洋研究開発機構)へ入所。その後、地殻内微生物研究領域グループリーダーを経て現職。2002年第1回極限環境微生物学会学会奨励賞、2004年第1回JAMSTEC分野横断研究アウォード受賞