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プレスリリース

2013年 2月 12日
独立行政法人海洋研究開発機構

東シベリア永久凍土地域の湿潤化で森林が衰退

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)地球環境変動領域の飯島慈裕主任研究員らは、地球温暖化の影響による北極域の気候変化に伴い、冬季の降雪量と夏季の降雨量が増加し、東シベリアの地表付近の永久凍土の融解が促され、さらにその過剰な湿潤状態が森林の枯死を進行させていることを明らかにしました。

従来、東シベリアでは、乾燥年に生じる森林火災によって森林が荒廃し、その直下の永久凍土が融解することは知られていました。しかし、最近の北極海の海氷の顕著な減少に伴う気候変化によって、2004年以降のシベリアの降雪量・降雨量が増加して永久凍土が融解するとともに、森林の生育に適さないほど過剰な湿潤状態が拡大したことで、森林の枯死・荒廃が進むことが分かりました。この一連の変化を観測データから科学的に解明したのは本成果が初めてです。これは、地球温暖化の影響が北極域の気候変化を通して海洋から大気・陸へと連鎖的に進行している現象を解明した画期的な成果です。

森林の枯死をもたらした永久凍土の融解と地表の湿潤化が進むと、湖沼の拡大とともに地表からの二酸化炭素やメタン等の温室効果ガスの放出につながり、地球温暖化をより進行させる懸念があります。また、大規模な森林の変化は、東シベリアにおける大気と陸の間の熱や水蒸気のやり取りを変化させ、日本を含む北東アジア周辺の気候を変える要因ともなります。今後は、体系的な観測体制を整備するとともに、温暖化がもたらす陸域の連鎖的な現象の影響評価及び予測研究の進展に寄与して参ります。

本成果は、国際学術誌Ecohydrologyに2月11日付けで掲載予定です。

タイトル:
Sap flow changes in relation to permafrost degradation under increasing precipitation in an eastern Siberian larch forest
著者名:
飯島 慈裕1・太田岳史2・小谷亜由美2・Alexsander N. Fedorov3・兒玉 裕二1,4・Trofim C. Maximov5
所属:
1.独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境変動領域
  北半球寒冷圏研究プログラム 陸域環境変動研究チーム
2.名古屋大学大学院 生命農学研究科
3.ロシア科学アカデミー・シベリア支部 永久凍土研究所
4.国立極地研究所 北極観測センター
5.ロシア科学アカデミー・シベリア支部 北方圏生物問題研究所

2.経緯

北極域は、気候変化の影響が顕著に現れる地域であり、近年の北極海の海氷の減少はその最たる現象です。海氷の減少は、海洋における太陽光の吸収量を増加させ、その熱や水蒸気が大気へと伝播して大気の流れを変え、その結果、北極域だけでなく、周辺の大陸、さらには日本を含む北東アジアの気候にも影響を及ぼすと考えられています。

当機構では、地球規模の気候変化における北極域の役割を解明し、地球環境変動について予測精度の向上を図るため、この地域の海・陸・大気に関する総合的な観測研究を行っており、東シベリアのヤクーツク周辺の永久凍土地域(図1)では、ロシア科学アカデミーの北方圏生物問題研究所及び永久凍土研究所との共同研究協定に基づき、1998年から気温、降水量、地温・土壌水分等の総合的な観測を行っています。その観測結果から、近年温暖化に伴う北極域の気候変化の影響で、永久凍土の融解、河川流出量の増加等が生じるなど、大陸上での環境変化が生じていることを明らかにしました(*1 2008年1月18日既報)。

さらに最近では、永久凍土の融解した地域で森林の枯死が進行し始めており、本研究では、その原因究明のため、2006年、2009年に永久凍土融解と森林の生育環境についての現地調査を行い、森林が枯死する要因の科学的検証を行いました。

3.成果

1998年以降の気温、降水量、地温・土壌水分等の気象観測データと森林の枯死の状態を経時的に比較検討したところ、2004年以降に冬の積雪量と夏の降雨量が共に増加する年が3年間続いたことで(図2)、地表付近の永久凍土の融解が進み、表層の土壌中(*2活動層)の水分が過剰な状態が続いていること(図3)、そして森林の枯死も2007年以降から顕著になっていることが分かりました。

森林の枯死が進行している地点での調査の結果、森林の地下にある永久凍土が周囲よりも深く融け、地下で水が集まりやすくなっている場所(図4)で、枯死や、蒸散能が低下した樹木が多く認められたことから(図5)、永久凍土の融解が進み、 その土壌が過剰に湿潤状態となった場所では、根の生育環境が悪化するため、枯死が進行していると考えられます(図6)。

従来、北極域の永久凍土の融解及び森林の枯死の要因としては、森林火災が注目されており、森林火災による大規模な森林の荒廃が、火災が起きやすい乾燥年に発生することは知られていました。しかし、地球温暖化の影響による降雪量・降雨量の増加に連鎖して、森林の枯死・荒廃が進むことを観測・調査データによって解明したのは、本成果が初めてです。

4.今後の展望

本研究で見出された東シベリアでの降水増加(湿潤化)による凍土融解と森林の荒廃という一連のプロセスは、北極域の温暖化のもう一つの側面である「水循環の変化」(雨・雪の増加による、土壌水分・森林蒸発散・河川流出の変化)の影響が、陸上植物に現れた現象であると考えることができます。この現象が大規模に広がると、大気との熱や水蒸気の交換過程を通じて、大陸上での気候変化をもたらし、さらには日本を含む北東アジアへ影響を与える可能性もあります。また、湿潤化による凍土融解は、森林の衰退による炭素収支変化をもたらすと同時に、湿潤域及び水域の増大にもつながり、永久凍土地域からの二酸化炭素やメタン等の温室効果ガスの放出にも影響を与えるため、高緯度地域の温暖化増幅効果として今後新たに注視しなければならない現象といえます。

今後は、海洋・大気・陸の連動する現象をより詳細に捉えるため、これらをつなぐ体系的な観測体制を整備するとともに、これらの現象のプロセスとその影響を正しく評価した予測研究に貢献して参ります。

【注記】

※1:東シベリアの永久凍土融解

当機構プレスリリース「シベリアの凍土融解が急激に進行」を参照。

http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20080118/index.html

※2:活動層

永久凍土帯では毎年夏季の加熱によって地面の表層が融け、シベリアなどでは地表面から1~3メートルほどの深さが融解する。その融解する層を「活動層」と呼び、融解層の深さを「活動層の厚さ」という。通常、9月下旬ごろ「活動層の厚さ」は年最大となり、その年の融解の大きさの指標となる。

図1

図1:陸域の集中観測地点(左図の)及びヤクーツク・観測サイトでの2007年、2008年夏の森林の変化(右写真)

左図の青い領域は、永久凍土の分布範囲を示す。2007年からカラマツの葉が黄変しはじめ、翌年には枯死の木が広がっている。

図2

図2: ヤクーツクにおける地温、夏季降水量、冬季最大積雪深の長期変化(1950-2008)(a) ヤクーツク近郊(ポコロフスク)の最低月平均地温(太線)、年間平均地温(細線)(b) 夏季降水量(7~9月積算値、点線は期間平均106mm)、(c) 最大積雪深(点線は期間平均34cm)。

図中の赤丸は、2005~2007年の湿潤年を示す。2004-05年の冬季(図cの最初の赤丸)から連続して、冬の積雪深と夏の降水量が平年を大きく上回っている。

図3

図3:ヤクーツク・観測サイトにおける2008年~2009年の土壌水分(表層土壌中に過剰な水分が蓄えられている様子)と地温(凍土の融解が進んでいる様子)の鉛直構造

上図は土壌水分の変化を示す。2008年秋の時点でも土壌水分が十分残っており、地表付近の水分は翌2009年夏に植物の蒸散で利用されていくが、深い土壌中には依然として土壌水分が残っている。下図は、地温の変化を示す。青い線は0℃(凍結・融解)の境界を示し、2009年には2m以上融解が進んだことがわかる。

図4

図4: 2009年の永久凍土面の地形とカラマツ分布(50×50m)

:枯死木、○の大きさは樹高15m以上・以下の木、+:樹液流(樹木が水を根から吸って葉から蒸散するときに生ずる、樹幹を上昇する水の流れ)の測定木)

色は、永久凍土面(活動層と永久凍土層の境界面)の空間平均値からの高さを示す。南西から北東にかけて、永久凍土面が傾いており、特に枯死木が分布している場所は水が集まりやすい谷状になっている。

図5

図5:カラマツ個体の気孔コンダクタンス(蒸散能力の指標)変化

樹液流を測定したカラマツ15個体(図4)における樹木の上端部の気孔コンダクタンスの値。2006、2009年夏季の観測に基づく。2006年に比べて、-20%以上と大きく低下した個体()は過湿によりダメージを受け、葉面積を減らしているため、蒸散の能力が大きく落ちたことを意味している(写真参照)。

図6

図6:湿潤化による永久凍土融解とカラマツ枯死(模式図)。

地形的に高まった場所では、永久凍土の融解も小さく、土壌水分も流下するため、カラマツは健全な状態にある。一方、地形的に低い場所では、水分が流入して永久凍土の融解がさらに進み、土壌は過剰に湿潤な状態が長期間維持される。そのため、カラマツの根がダメージを受け、枯死に至る。

お問い合わせ先:

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境変動領域 北半球寒冷圏研究プログラム
陸域環境変動研究チーム 主任研究員 飯島 慈裕 電話:046-867-9274
(報道担当)
経営企画部 報道室長 菊地 一成 電話:046-867-9198