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2013年 3月 14日
独立行政法人海洋研究開発機構
日本海洋事業株式会社
1.概要
独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)の海洋工学センター 海洋技術開発部の浅川と渡邊らのグループは、小型・軽量化と運用効率の大幅な向上により観測体制の拡充を容易にする「大規模展開型海底地震計」、これまでその多くが地震観測空白域であった海溝軸付近の大水深海域での観測を可能とする「超深海型海底地震計」の2機種を新たに開発し、平成24年12月10日から平成25年1月18日まで実施した宮城県沖日本海溝海域における地震観測航海において、これらの海底地震計の設置・回収と観測データの取得を行い、所定の性能を満たすことを確認しました。
「大規模展開型海底地震計」は、日本海洋事業株式会社と共同で次世代型の海底地震計として開発し、小型化や非接触電力伝送技術など様々な新技術を取り入れることで、これまでと同等の航海日数、運用人員で、従来の4~5倍の台数の海底地震計を効率的に運用することが可能となり、高分解能観測を行うことができます。
「超深海型海底地震計」は、当機構が平成22年度までに京セラ株式会社と共同で開発したセラミックス製の耐圧容器を従来型の海底地震計に適用することで開発しました。これにより水深11,000mの海底最深部まで設置することが可能となり、地球上の全ての海域で海底地震計による観測を行うことができます。
今後、これまで充分な観測データが得られなかった海域での観測を実施し、さらに高度に拡充された観測体制の構築を行うことで、より詳細で正確な地震メカニズムの解明に資するデータを取得し、防災、減災への的確な対応に貢献して参ります。
2.背景
海底地震計とは、地震計を球型の耐圧容器に封入し、記録装置、電池、及び設置、回収に必要な周辺機器を装備した装置であり、海底下で発生する地震について、その震源位置の決定や発生メカニズムの解析に活用されます。また、母船のエアガン(圧縮空気を急激に開放して人工地震波を発振する装置)からの地震波を記録して海底下の地殻構造を観測するためにも使用されており、現在の地殻構造探査では、最大100台程度の海底地震計を5km程度の間隔でライン状に配置して行っています。(図2左)。
従来の地震計(従来品については、参考Aを参照)は、耐圧性能の問題から、水深6,000m以深での観測は不可能でした(図1)。また、観測データの回収・機器のメンテナンスは耐圧容器を開放して行う必要があるため、専用設備を有した陸上基地でしかできない等、運用上の制約があり、限られた船舶による限定された航海の中で、広範囲かつ密度の高い観測網を構築していくことは、極めて困難でした。
一方、東北地方太平洋沖地震では、従来プレート境界断層の固着が極めて小さく、地震動を発生させるほどの応力は蓄積しないと考えられてきた海溝軸付近で大きな滑りが生じており、このような現象の発生メカニズムの調査・研究を進めるためには、海溝軸付近の地震や地殻変動についての高度な観測が必要です。しかしながら、多くの海溝軸付近の海域は水深6,000mを超えており、既存の地震計では観測ができないため、新たな地震計の開発の必要性が高まっていました。また、近い将来発生が懸念されている東海・東南海・南海地震の震源域においても、地震動及び地殻変動の観測を高精度化するため、既存の地震計よりも効率的に運用することができ、大規模展開が可能な地震計が求められていました。(図2)
3.新たな海底地震計の開発
これら課題への対応として、耐圧性能の向上及び高密度・高精度観測体制の実現に取り組み、大規模展開型海底地震計と、超深海型海底地震計を開発しました。それぞれの概要は以下の通りです。
3-1.大規模展開型海底地震計(参考Bを参照)
日本海洋事業株式会社と共同で、大量展開を可能とする次世代型の海底地震計を開発しました(特許出願中)。当機構では運用に必要な周辺機器の新規開発と各機器及び海底地震計の試験の実施、評価を行い、日本海洋事業株式会社では高分解能の記録装置の開発と海底地震計のシステム設計及び製作を行いました。その結果、従来品よりも小型のガラス球耐圧容器(外径約33cm、小型化により耐圧7,000m相当)を適用して耐圧容器外に装備されていた周辺機器を内蔵することで、従来の約1/3の重量(従来98kg、本機35kg)、約1/4の専有面積(従来約1m×1m、本機約0.4m×0.4m)となりました。また、非接触電力伝送技術など様々な新技術を採用することで、設置・回収、メンテナンスに要する時間と作業工程の飛躍的な効率化に成功しました。
研究船への搭載可能数の増加と運用の効率化により、これまでと同じ設備、人員、時間を用いて、従来の4~5倍の台数の海底地震計を使った観測が可能となり、従来よりも高分解能な海底下地殻構造の観測ができるようになります。
3-2.超深海型海底地震計(参考Cを参照)
当機構は高圧に耐えうるセラミックス製の大型球型耐圧容器(特許出願中)を平成22年度までに京セラ株式会社と共同開発していましたが、これを従来型の海底地震計に適用し、水深6,000mを超える海域にも設置可能な「超深海型海底地震計」を日本海洋事業株式会社と共同で開発しました。セラミックス製の耐圧容器は圧縮強度が高く、従来海底設置型の観測機器に広く用いられてきたガラス製の耐圧容器(外径約43cm、対水圧6,000m相当)とほぼ同等の大きさ(外径約44cm)、重量(空中重量約21kg、浮力約25kg)で、11,000m相当の水圧に耐える事ができます。
これまで地震観測空白域であった海溝軸付近での地震観測ができるようになり、地球上の全ての海域で海底地震計の運用が可能となります。
3-3.調査観測
今回開発した新たな2種類の海底地震計による観測を、文部科学省からの受託研究「東北地方太平洋沖で発生する地震・津波の観測調査」並びに統合国際深海掘削計画(IODP)の 「東北地方太平洋沖地震調査掘削」に関連した構造調査の一環として実施しました。調査では、平成24年12月10日から1月 18日にかけて、深海調査研究船「かいれい」によって日本海溝の海溝軸付近に設置し(図3)、地震観測を行うとともに、地殻構造探査のために「かいれい」のエアガンからの発振信号を収録しました。その後海底地震計の回収を行った結果、データは問題なく収録できていることが確認され、新たに開発した海底地震計の実運用に成功しました。取得データについては、今後詳細な解析を行う予定です(図4)。
4.今後の展望
今回開発に成功した新たな海底地震計により、海溝軸付近を含む全ての海域での観測が可能となり、また、従来よりも高分解能な観測が可能となります。これまでの観測では見えてこなかった詳細な海底下の地殻構造が明らかになることが期待されます。
今後、セラミックス製耐圧容器を大規模展開型にも適用し、超深海対応の大規模展開型海底地震計の開発を行う方針です。7,000m以浅に低コストのガラス球、7,000m以深にセラミックス球を用いた海底地震計を設置して海溝軸周辺での緻密・高精度観測を行い、海溝型地震の発生メカニズムの解明に資するデータの入手・解析を進めていきたいと考えています。
参考
A. 従来の海底地震計の構成と運用
ガラス製球型耐圧容器(直径約43cm、耐水圧6,000m)の中に、3軸方向成分の地震計、記録装置、2次電池を封入しています。耐圧容器の外に、周辺機器として音響トランスポンダ(設置位置計測、シンカー切離し信号の受信用)、浮上時の回収に用いるラジオビーコン(電波を発信して浮上を知らせる装置)及びフラッシャー(発光して位置を知らせる装置)が装備されており、これらは1次電池で独立して動作します。
設置時はシンカー約50kg(合計重量98kg)により自由落下で海底に着底させ、回収時は音響信号によりシンカーを切離し、ガラス球の浮力により海上に浮上させます。回収した海底地震計は拠点に持ち帰り、ガラス球を開放して取得した地震データの取り出し、電池の充電を行い、周辺機器の電池交換等も含めてメンテナンスを行い次の観測に備えます。
B. 大規模展開型海底地震計の開発(図5)
従来品よりも小型の耐圧容器(直径約33cmガラス製、耐水圧7,000m)を採用し、これまで容器外に装備していた音響トランスポンダ、ラジオビーコン、フラッシャーを内蔵し、小型・軽量化を図りました。重量は約1/3(35kg)、専有面積は約1/4となりました。
非接触電力伝送技術を用い、充電とシンカー切離し用電力の伝送、ラジオビーコン信号の送信をガラス容器越しに行うことで、損傷の原因となりやすい貫通孔の数を削減しました(特許出願中)。また、無線LANにより複数台の海底地震計に対する計測設定や観測データの回収を自動で行い、GPSによる時刻同期を自動で行います。
細径樹脂ワイヤの加熱溶断による新しいシンカー切離し機構を考案し(特許出願中)、母船より切離し信号を送信してから浮上を開始するまでに、これまでの電蝕式では10分程度を要していたのに対し、3秒程度で済むようになりました。浮上時にはGPSにより位置計測を行い、位置情報をビーコン信号として送信します。
従来品の運用では、数十~百台の海底地震計を研究船に搭載し、観測現場で1台ずつに設定・時刻同期を行って海底に設置します。観測を終えた海底地震計を回収し、拠点に持ち帰って1台ずつガラス球容器を開放し、充電、観測データの回収を行います。さらに周辺機器は各々別途メンテナンスを要します。一方、「大規模展開型海底地震計」は、従来の4~5倍の台数を研究船に同時搭載することが可能で、これらの設定・同期をパソコン一台で全自動に行うことができます。周辺機器を含む全機器の充電、観測データの回収のため容器の開放を行う必要がないため、陸上拠点への持ち帰りが不要となります。さらに、海底地震計の回収作業では、新方式の切離し機構と位置送信機能による同時回収を行うことで、大幅に回収に要する時間を削減することができます。
また、低雑音かつ、より広いダイナミックレンジ(従来の75dB程度に対して135dB程度、最大入力レベルが同じ場合に約1/1000の微小信号を判別できる)をもつ記録装置の新規開発を行い、より精密な信号波形を記録できるようになりました。さらに、全体の構造を見直すことで、海底面から地震計に伝達される波動の歪みを低減することができました。
「大規模展開型海底地震計」は、日本海洋事業株式会社より、完成品として販売される
項目 | 従来品 | 超深海型 | 大規模展開型 |
---|---|---|---|
サイズ | 幅1m×奥行1m×高さ0.6m | 幅0.4m×奥行0.4m×高さ0.5m | |
重量 | 98kg | 35kg | |
耐圧容器 | ガラス製 外径約43cm (17in球) |
セラミックス製 外径約44cm |
ガラス製 外径約33cm(13in球) |
使用深度 | 6,000m | 11,000m | 7,000m |
観測設定・時刻同期 | 投入前に1台ずつ設定、同期 | 無線LANによる複数台の自動設定 GPSによる自動同期 |
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データ回収・充電 | 1台ずつガラス球を開放して作業 | 無線LANによる複数台の自動回収 非接触充電 |
|
周辺機器配置 | 耐圧容器外に配置 | 耐圧容器に内蔵 | |
切離しに要する時間 | 10分程度 | 3秒程度 |
C. セラミックス製球型耐圧容器の開発
窒化珪素(SN240)セラミックスを用い、大水深用の球型耐圧容器を開発しました。セラミックスは圧縮強度が高いという特徴を持っているため(図6左上)、高い水圧に耐える必要がある深海用の容器の材料として有用です。一方、海中観測機器に適用するには音響送受波器やシンカー切離し装置等の耐圧容器外部の機器と容器内部の電子回路を接続するために、耐圧容器に貫通孔を設ける必要があります。この貫通孔周辺には水圧による応力集中が生じるため、周辺形状のデザインに工夫が必要でした。本開発では、当機構において、これまでの海底地震計の運用経験からシステム設計に基づく球のサイズ決定、貫通孔デザインを含む形状の設計(図6右上、下)及び試験・評価を行い、京セラ株式会社において、素材選定、大水深に耐えうる均質な大型球型セラミックスの焼結方法の検討を行いました。その結果、高圧試験水槽による11,000m相当の耐水圧試験に成功しました。「超深海型海底地震計」は、本開発の海底地震計への適用となります。(図7)
D. 実用化展開促進プログラムについて
本開発は、企業と共同で当機構の研究開発成果の実用化を促す当機構内の競争的資金制度「実用化展開促進プログラム」(戦略的連携タイプ)で行った、京セラ株式会社と共同の「セラミックス製耐圧容器の開発」と、日本海洋事業株式会社と共同の「次世代海底地震計の開発」(大規模展開型海底地震計)の成果です。超深海型海底地震計は、「セラミックス製耐圧容器の開発」の成果を海底地震計に適用することで開発されました。