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2014年 5月 16日
独立行政法人海洋研究開発機構

生命の進化を支える「窒素固定」はいつ始まったのか?
~35億年前の深海熱水環境に窒素固定微生物が存在していた可能性を発見~

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)海洋地球生命史研究分野の西澤学研究員と東京農工大学ならびに東京工業大学の研究チームは、初期生命がどのように進化し、生態系を拡大させていったのかを解明するために、窒素固定(※1)代謝の起源について研究を進めてきました。窒素固定代謝は、生命の維持に不可欠なタンパク質などの窒素化合物を生み出す役割を持っており、海洋における生物生産量(※2)を決定する重要な要因と考えられています。このたび、初期生命が誕生した環境として最も有力視される深海熱水環境に生息するメタン生成古細菌(以下、「メタン菌」という。図1)について、窒素固定代謝の発現条件などを実験により決定することに成功しました。

その知見をもとにこれまでの地質記録を解析したところ、35億年前の深海熱水環境には窒素固定を行う超好熱性(※3)のメタン菌に支えられた微生物生態系がすでに存在した可能性が高いことが明らかになりました。

本成果は、地球初期の深海熱水環境で誕生した化学合成生態系(※4)から、光合成生態系が窒素固定代謝を受け継いで分離し、海洋表層での窒素化合物の供給を担うことで、生命の進化に大きな役割を果たしたことを示唆しています。

なお、本成果は、国際地球化学会が発行する科学誌のGeochimica Cosmochimica Actaのオンライン版に5月16日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:
Physiological and isotopic characteristics of nitrogen fixation by hyperthermophilic methanogens: Key insights into nitrogen anabolism of the microbial communities in Archean hydrothermal systems.
著者:
西澤学1、宮崎淳一1, 2、眞壁明子3、木庭啓介3、高井研1, 2,4

1. 海洋研究開発機構 海洋地球生命史研究分野、2. 海洋研究開発機構 深海・地殻内生物圏研究分野、3. 東京農工大学大学院農学研究院、4. 東京工業大学地球生命研究所

2.背景

窒素は、生物にとってタンパク質やDNAの材料になる重要な元素ですが、窒素分子が極めて安定な化合物であるため、多くの生物は、大気の主成分である窒素分子から直接タンパク質やDNAを合成することができません。このため、生物が窒素を体内に取り込むには、窒素分子をアンモニアに変換する「窒素固定」反応により、窒素化合物を生成する必要があります。

自然界においては、窒素固定は一部のシアノバクテリア(最初の酸素発生型光合成生物と言われる光合成細菌)やメタン菌(化学合成古細菌)などの限られた微生物がニトロゲナーゼという酵素を使って行われています。ここで、海洋における生物生産量は、結合態窒素(※5)の存在量に制限されており、この70%は微生物の窒素固定代謝によって供給されているという計算を踏まえると、一部の微生物が行う窒素固定代謝により、地球上の生命が支えられてきたと考えることも出来ます。

地球上に生命が誕生した後、その生態系の維持と進化にはアミノ酸やDNAの材料となる窒素化合物が継続的に供給される必要があります。このため、その供給を担う窒素固定代謝は、地球初期の光合成生態系の拡大と密接に関わっており、生命の初期進化に大きな役割を果たしてきたと考えられていますが、いつどこで窒素固定が始まったのかは、これまでわかっていませんでした。一方で、これまでの研究から、地球で最初に窒素固定を行った生物は、深海熱水環境で生息していた生命の共通祖先もしくはメタン菌であることが進化系統学の観点から提案されていますが、地球初期の深海熱水環境でメタン菌が本当に窒素固定できるのかは実験的に調べられていませんでした。また、35億年前の深海熱水活動でできた熱水沈殿物(石英脈)の中から地球最古のメタン菌に由来する有機物がこれまでに発見されていましたが、このメタン菌が窒素固定していたのかどうかはわかっていませんでした(図2)。

3.成果

「窒素固定代謝は地球初期の深海熱水環境で始まった」という仮説を検証するため、研究グループは窒素固定能をもつ超好熱性のメタン菌(Methanocaldococcus sp. kairei 1-85N)と好熱性(※6)のメタン菌 (Methanothermococcus sp. kairei 5-55N)の2株を使った培養実験を行いました。これらのメタン菌は、地球初期の熱水生態系の特徴を色濃く残す中央インド洋海嶺かいれい熱水フィールドの潜航調査によって2006年に採取されたもので(図3)、リボソームRNA遺伝子の系統解析から、世界各地の深海熱水環境で検出される代表的なメタン菌の系統に属することがわかりました。

培養実験では、35億年前の熱水環境下で窒素固定ができるのかを確認するために当時の熱水域で想定される様々な条件で実験を行い、それぞれの微生物が窒素固定するための熱水化学組成、増殖収率、窒素固定速度ならびに同位体分別値(※7)を決定しました。その結果、一細胞あたりの窒素固定速度は2株とも(窒素固定できる条件では)熱水化学組成によらず一定で、窒素固定能をもつ海洋光合成細菌の代表種(※8)に比べて約10倍も高いことが分かりました。また、超好熱性メタン菌については、窒素固定の際に必要となりうる鉄やモリブデンについて幅広い濃度条件で窒素固定できることが分かりました。大気酸素に乏しい初期地球の海水はモリブデンに乏しく鉄に富んでいたと考えられていることから、本実験結果により超好熱性メタン菌が初期の熱水環境でも活発に窒素固定していたことが示唆されました。

さらに35億年前の地質記録の解読するため窒素固定の同位体分別値を測定すると、その値は2株とも温度や熱水の化学組成によらず一定値を示しました(図4)。この結果は、初期の熱水環境でメタン菌が窒素固定をした場合、その分別値は今回得た実験値と同じであることを示唆しています。そこで実験値を使って、35億年前の深海熱水性の石英脈に保存された窒素分子と(最古のメタン菌由来と考えられている)有機物の窒素同位体組成の関係を調べたところ、当時の深海熱水環境に生息したメタン菌が窒素固定して増殖していた可能性が高いことが分かりました(図5)。以上から、自然界での窒素固定は35億年前にはすでに起きていた可能性が高いことが明らかになりました。

4.今後の展望

今回の研究で窒素固定の基本的な代謝システムは35億年前の深海熱水環境においてすでに完成していた可能性が高いことがわかりました。このシステムが、化学合成微生物のみならず光合成細菌にも備わることで、海洋表層部でも生物によって窒素化合物が供給されるようになったと考えられていますが、光合成細菌が窒素固定能力を獲得したプロセスは未だ明らかにはなっておりません。

これまでの研究で、窒素固定遺伝子は生命の共通祖先もしくはメタン菌から直接もしくは間接的に光合成細菌へ伝播したと推定されていますが、深海熱水域と海洋表層部という物理的に隔離された二つの環境に生息する生物間で遺伝子伝播が行われる可能性は極めて低いと予想されます。その一方で、光合成生態系が誕生したのは34億年以降と推定されているため、その時には既に窒素固定システムが完成していた可能性が高いことが今回新たにわかりました。このことは、窒素固定遺伝子の大規模な伝播は地球初期の深海熱水環境で起き、生命の共通祖先もしくはメタン菌から(当時の深海熱水環境に生息していた)光合成細菌の祖先に伝播したことを示唆しています。

さらにこの場合には、シアノバクテリアを基底とする光合成生態系は、地球の大気に酸素を供給するとともに、誕生当初から窒素固定の代謝能力を持ち、窒素化合物を供給することにより、海洋における生態系の形や規模を決定するなど、地球上の生命進化に大きな役割を果していたという、生物の進化プロセスに関する新たな仮説が浮かび上がってきます。この仮説を検証するため今後は、初期の海洋表層を模擬した環境で始源的な光合成細菌が窒素固定するための物理化学条件や窒素固定速度・同位体分別値を明らかにするとともに当時の浅海堆積岩の分析を行い、浅海環境で窒素固定が開始された年代を決定することが重要です。海洋地球生命史研究分野ではこれらの研究を通して、生命が海洋に満ち溢れていった経緯や環境要因の特定にさらに迫っていく予定です。

※1 窒素固定

窒素分子をアンモニアに変換するプロセスのことで、自然界では一部の微生物によって行われている。生物にとって、タンパク質やDNAの原材料となる窒素は重要な元素であるが、ほとんどの生物はアンモニア等の化合物にならないと、窒素を体内に取り込むことができない。

※2 生物生産量

一定時間に一定空間内で生物により形成される有機物の総量。

※3 超好熱性

70°C以上の環境で増殖できる生物学的特徴。

※4 化学合成生態系

光の届かない深海環境などで、熱水噴出孔やメタン冷湧水から噴出する水素、メタンならびに硫化水素などの化学物質をエネルギー源に利用して生命活動を維持する生態系。地球表層で光エネルギーを利用する光合成生態系と対をなす存在。

※5 結合態窒素

タンパク質やDNAを合成する原材料として多くの生物が利用できる窒素化合物の総称でその中には硝酸塩、アンモニウム塩、有機窒素化合物が含まれる。

※6 好熱性

40°C以上70°C以下の環境で増殖できる生物学的特徴。

※7 同位体分別値

窒素原子には質量数14の窒素原子と質量数15の窒素原子が存在する。この二つの窒素原子の比率(15N/14N)を窒素同位体存在比と呼ぶが、その比は窒素化合物によって異なる。窒素固定において窒素分子からアンモニアが合成されるとき、生成物(窒素分子)と反応物(アンモニア)の窒素同位体存在比が変化する度合いを窒素固定の同位体分別値と呼ぶ。

※8 窒素固定能をもつ海洋光合成細菌の代表種

Crocosphaera watsonii strain WH8501(シアノバクテリア)。この細菌の窒素固定速度はTuit et al., 2004 Limnol. Oceanogr. 49, 978-990によって報告されている。
図1
図1
(上)本研究に用いた超好熱性メタン菌Methanocaldococcus sp. kairei 1-85N。試薬により細胞内のDNAを染色した蛍光像。
(下)生命進化の系統樹。
図2

図2 西オーストラリアのノースポール地域に産する35億年前の海底熱水活動でできた石英脈(海底下の熱水流路を埋めた熱水沈殿物)。石英脈は35億年前の玄武岩質緑色岩(海洋地殻を構成する岩石)に多数貫入している(A, B, C)。石英脈中央の白色部には35億年前の熱水を保持した流体包有物が多数存在する(C, D)。その一方で、石英脈外縁の黒色部には当時の熱水流路に生息したメタン菌を主体とした化学合成微生物群集の遺骸と解釈される有機物が保存されている(C)。写真提供:東京工業大学上野雄一郎准教授。

図3

図3 中央インド洋海嶺かいれいフィールドのKaliベントサイトから超好熱性メタン菌が分離された。この菌は海洋研究開発機構の有人潜水調査船「しんかい6500」およびに支援母船「よこすか」を用いて2006年2月の研究航海YK05-16 Leg2で採取された。A. 黒色の高温熱水(約360°C)を噴出するKaliベントサイトのチムニー。B. 中央インド洋海嶺の海底地形図。C. 超好熱性メタン菌Methanocaldococcus sp. kairei 1-85NのDAPI染色像。

図4

図4 アミノ酸配列に基づくニトロゲナーゼの系統分類と各分類群のニトロゲナーゼによる窒素固定の同位体分別値。系統樹はMcGlynn et al., 2013 Frontiers Microbiol. 3. doi: 10.3389/fmicb.2012.00419を引用。ニトロゲナーゼは活性部位の金属組成から鉄・モリブデンタイプ、鉄・バナジウムタイプ、鉄単独タイプの3種がこれまで知られている。系統樹下部の黒い枝とオレンジ色の枝は鉄・モリブデンタイプのニトロゲナーゼ、黄緑色の枝は鉄・バナジウムタイプのニトロゲナーゼ、赤色の枝は鉄単独タイプのニトロゲナーゼでそれぞれ占められている。本研究で用いたMethanocaldococcus属とMethanothermococcus属のもつニトロゲナーゼは生化学的特徴や活性部位の金属組成が未知のピンク色の枝に分類される。Methanothermococcus属のもつこの正体不明のニトロゲナーゼは活性部位にモリブデンを含む可能性が高いことが本研究によって初めて明らかとなった。

図5

図5 35億年前の深海熱水環境でできた石英脈(熱水沈殿物)に保存された窒素同位体組成とその解釈。この石英脈は西オーストラリアのノースポール地域に産する(図1)。石英脈中に含まれる(最古のメタン菌に由来すると考えられている)有機物の窒素同位体比はUeno et al., 2004 Geochim. Cosmochim. Acta 68, 573-589から引用。35億年前の熱水を保持した流体包有物に溶存する窒素分子の同位体比はNishizawa et al., 2007 Earth Planet. Sci. Letters 254, 332-344から引用。超好熱性メタン菌がこの窒素分子を使って窒素固定した場合に予想される菌体の窒素同位体組成の範囲と石英脈形成時の有機物の窒素同位体組成の推定範囲(二次的な変質の影響を補正した値)は互いによく一致している。このことから、当時の熱水環境に生息した超好熱性メタン菌は窒素固定して増殖していたと推定された。

独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
海洋地球生命史研究分野 研究員 西澤 学
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
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