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2014年 12月 17日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人山口大学
国立大学法人高知大学

東北地方太平洋沖地震と津波による下北沖底層生態系への影響を報告
―海底に生息する微小生物の予期せぬ多様性変動―

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という)海洋生物多様性研究分野の豊福高志主任研究員と山口大学の川村喜一郎准教授、高知大学の村山雅史教授らは、フランス、オランダ、フィンランドの研究者らと共同で、東北地方太平洋沖地震から5か月後の2011年8月末、中程度の津波におそわれた下北半島沖(以下「下北沖」)の堆積構造や化学環境、底生生物群集の分布を震災後初めて調査しました。その結果、海底における新しいタイプの擾乱が見つかり、過去の津波の復元に役立つことが期待されます。

調査では、通常の海底とは砂粒の大きさや揃い具合が異なり、短時間に溜まったと考えられる堆積構造が見られました。また、堆積物中に存在する有孔虫の群集を調べると、大陸棚付近においては通常よりも多くの種類が見つかり、高い多様性が確認された一方、大陸棚から深海に差し掛かる斜面部分では様相が一変し、単一種の有孔虫が寡占する、多様性の極めて低い状態が見られました。

さらに、計算機シミュレーションによって今回の津波による潮流速度を再現したところ、押し波が最大78cm/秒の流速が見られ、下北沖で地震後の5月に観測された大型台風によるものよりも格段に速い潮の流れが引き起こされていたことが分かりました。以上の結果から、研究チームは、観察された堆積物は「津波堆積物」であり、東北地方太平洋沖地震による津波が下北沖の生態系を激しく擾乱させたと結論付けました。

本成果は、下北沖において地震・津波が海底へ及ぼした影響をまとめた最初の報告であり、過去の津波堆積物における供給源推定の精度を高め、今後の歴史地震の調査に重要な知見をもたらすものと期待されます。

なお、本研究は日本学術振興会の科研費22684027、20740301、12F02765、23510022、21244079、25247085の助成を受けて実施したものです。本成果は、Scientific Reports(ネイチャー出版会のオンラインジャーナル)に12月17日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Unexpected biotic resilience on the Japanese seafloor caused by the 2011 Tōhoku-Oki tsunami

著者:豊福高志1,*, ポーリン=デュロス1, クリストフ=フォンタニエ2,3,4, ブライニー=マモ1, サブリナ=ビション3, ロザリン=ブスカイル5, ジェラルド=シャボー3, ブルノ=デフランドレ3, サラ=グーベ3, アントアネ=グレメア3, クリストフ=メニティ5, 藤井美南6, 川村喜一郎6, カロリナ=A=コーホー7,8, 野田篤9, 行谷佑一9, 小栗一将1, オリバー=ラダコビッチ10, 村山雅史11, レナート=ド・ノーイエ12, 倉沢篤史1, 大河原にい菜1, 奥谷喬司1, 坂口有人1,6, フランツ=ヨリセン2, ゲルトヤン=ライヒャルト7,12 北里 洋1

1海洋研究開発機構 (JAMSTEC)
2 フランスアンジェ大学
3 フランスボルドー大学
4フランス国立海洋研究所(Ifremer)
5フランスペルピニャン大学
6山口大学
7オランダユトレヒト大学
8フィンランドヘルシンキ大学
9産業技術総合研究所
10フランス環境地球化学研究教育センター(CEREGE)
11高知大学
12オランダ王立海洋研究所(NIOZ)

2.背景

下北沖は、親潮などの影響で海洋表層の生産性が高く、植物プランクトンがよく繁茂する海域です。表層で生産された大量の有機物は、最終的に海の底に沈んでいきます。沈降している間、多くのバクテリア等が有機物を分解するために酸素を消費し、深海では貧酸素水塊が発達します。つまり海水中に残っている酸素量(溶存酸素)を調べると、有機物がどれだけ存在したか、つまり生物生産量の指標にもなります。

この溶存酸素を調べるため、研究チームは溶存酸素濃度によって住み分けている底生有孔虫という小さな生き物に着目しました(図1)。底生有孔虫は単細胞生物で炭酸カルシウムや砂粒をセメント物質で固めた殻を持ちます。この殻は1ミリメートルにも満たない大きさで、種類によって様々な形をしています。殻は比較的丈夫なので、有孔虫が死んだ後も化石となって地層に残ります。有孔虫は種類によって様々な環境に住み分けています。したがって、地層に含まれる有孔虫を調べれば、どんな環境だったかを推定できます。当初の計画では、海底の溶存酸素量を計りながら、海底に生息する有孔虫を集め、環境と有孔虫を見比べて、これまでよりも正確な溶存酸素指標を提案することを目的としていました。

しかし2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により、大規模な津波が東北地方太平洋沿岸各地に到来しました。下北半島も例外ではなく、高さ10mを超える津波が記録されました。そこで、本来の目的の他に、津波の影響調査を追加して研究を行い、取りまとめたのが今回の研究報告です。

3.成果

研究チームは、2011年8月、JAMSTEC所有の学術研究船「淡青丸」を用い、下北沖の海底の様子を観察し、堆積物を採取しました(図2)。下北沖はゆるやかな傾斜を伴った遠浅の海底地形で、大陸斜面を経て深海につながっています。この大陸棚部分の水深55m、81m、105mの3点と、深海に差し掛かる斜面部分の水深211m地点において採取した堆積物を分析したところ、いずれの地点でも堆積物中の深さ数cmから10cm程度までの間に不連続面がありました。上部には貝殻などが混じっており、大きさがバラバラで粗粒なものを多く含む堆積物でした(図3)。中には「上方粗粒化」と呼ばれる、海底面の上部に向かって粒度の粗い堆積構造を示す地点もありました。これは一般に、津波の引き潮によって形成されると考えられています。

この堆積構造が通常の海流や地震後の2011年5月に起きた大型台風(台風2号)によるものでなく、東北地方太平洋沖地震による津波によるものであることを証明するため、計算機によるシミュレーションを実施し、津波で引き起こされた海底の各地点における押し波・引き波の速度および台風によって引き起こされる水流の強さを推定し、定常的な海流の影響と比較しました(図4)。シミュレーションの結果、水深105mの地点では最大78cm/秒の押し波があったことが推定されました。平時の下北沖における海底の流速は、津軽暖流によるもので0.05-26cm/秒程度です。また、台風2号であっても、水深80mの流速を計算すると約17cm/秒であり、津波による流れには遠く及ばないことがわかりました。

また、今回確認された大きさの砂粒が移動する流速についてもシミュレーションしたところ、少なくとも大型台風程度の流速では砂粒を移動させられないことがわかりました。

以上のことから、研究チームは今回観察された堆積構造が一連の津波による流れで形成されたと結論付け、この特徴的な堆積構造を「津波堆積物」と認定しました。

さらに、水深81mの海底面に残された二枚貝や巻き貝を同定したところ、ツキヒガイ(生息深度10-50m、Amusium japonicum)、コベルトフネガイ(生息深度0-20m、Arca boureardi)ムシボタル(生息深度0-20m,Olivella fulgurata)など、浅い場所に生息する種類が見つかりました。同様に底生有孔虫類についても調べたところ、大陸棚付近の水深55mで59種、水深81mで63種、水深105mで49種の有孔虫が見つかり、通常よりも高い多様性を示しました。これは様々な生息環境にいた有孔虫が、強い流れによって運ばれてきて「ごちゃまぜ状態」になったために、様々な地点の有孔虫が同所的に見つかったためと考えられます。これらの有孔虫の多くは生きた状態で採取されており、予想していた乱泥流や有機物流入等による大量死などは観察されませんでした。一方で本来海底面に生息している種類が、堆積物の深い部分に生きた状態で発見されました(図5)。これは、津波起源の強い流れによって表面に生息している種類が、再堆積時に深いところに巻き込まれてしまったために起きた現象であると考えられます。通常、有孔虫は種類によって生息深度がある程度決まっているため、異なる生息深度に有孔虫が生息していることは大変珍しい現象です。中でも有孔虫ブッセラ マキヤマエ(Buccella makiayamae)は、通常は水深10m前後にしか生息していませんが、今回調査を行った水深55m、81m、105mのいずれの地点でも多く見られました。ブッセラ マキヤマエは円盤型の殻を持っており、この形が流れの影響をもっともよく受けたものと考えられます。

これに対し、大陸棚から深海に差し掛かる斜面部分では水深211m地点では様相が一変し、有孔虫はわずか21種しか見つからず、しかもそのうち86%が単一種プサモスフェラ フスカ(Psammosphaera fusca)が寡占する多様性の低い群集でした。この種類は流れや擾乱などのエネルギーが高い場所に先駆的に加入することが知られています。このことから、この地点では元々いた有孔虫の生息環境が津波によって洗い流され、その後でプサモスフェラ フスカが先駆的に加入した、つまり、調査当時は海底の生態系が再度構築される最初の過程を捉えたものと考えられます。

以上の結果から、下北沖の海底では津波による激しい潮の流れや擾乱が沖合の生態系に複雑な影響を及ぼしており、またその影響は海底地形や生物の種類によってそれぞれ異なり、必ずしも一様でなかったことが明らかになりました。これは下北沖において地震・津波が海底へ及ぼした影響をまとめた最初の報告であり、津波が海底に残した痕跡が残っているうちに海底の様子をとらえた貴重な研究例と言えます。

4.今後の展望

本成果により、津波によって底層の生態系が必ずしも壊滅的な破壊を受けるばかりではなく、様々な地点の生物群集が生息したまま大きく混ぜられるというタイプの擾乱がありうることが示唆されました。これらの知見は歴史地震を調査する上で重要となる津波堆積物の分析を行うための指標となり得るもので、特に津波堆積物の元となった砂や泥がどこから運ばれてきたのかを推定し、過去の津波規模や当時の海底環境などの復元に役立つことが期待されます。

また、今回調査を行った下北沖はリアス式の急峻な地形を示す三陸沿岸とは大きく異なっており、両者の津波の影響を比較する上でも良い対照となることが期待されます。

一方で、本調査は地震発生から5ヶ月後に行われましたが、今回観察された事象が、どれくらいの時間を経て元の様子に回復するのかは生態学的観点から興味深いところです。一般的に、環境がごく短時間のうちに大きく変化した場合、生態系は一時的に大きなダメージを受けても徐々に元通りに近づいていくと考えられていますが、たとえ元の環境に近づいても類似の生態を持つ、別の顔ぶれの種類に入れ替わる可能性もあります。研究チームでは今後経過観察を行っていくことにより、長期的な視点から地震・津波が海洋生態系に及ぼす影響を明らかにしていく予定です。

図1

図1 今回見られた主な有孔虫。

図2

図2 試料採取地点(上)および断面図(下)。水深55m(St1)、81m(St2)、105m(St3)、211m(St4)のうち、St2では粗粒な堆積物の存在がはっきりと認められた。

図3

図3 水深81mの海底の様子の拡大写真(上)と、採取されたコア(下)。海底面に貝殻の破片のようなものが沢山見つかった。コアも海底面から深さ5cm付近で粒子の大きさに変化が見られ、また上部ほど粗い粒が溜まっている。

図4

図4 シミュレーションによって産出された、各地点の押し波および引き波の最大流速と向き。

図5

図5 各地点(上から水深55m、81m、105m、211m)で得られた有孔虫群集の深度分布。横軸は個体数、縦軸は堆積物中の深さ、色は種類の違いを示す。水深55m、81m、105mでは、本来表層にしか生息しない種類が海底の数cmまで巻き込まれていることがわかる(赤枠の種類)。また水深211m地点では表面で単一種の寡占状態になっている(青の棒グラフ)。更地となった海底に新たに生物が加入してきた最初の過程にあると考えられる。

(本研究について)
海洋生物多様性研究分野 主任研究員 豊福 高志
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
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