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プレスリリース

2016年 1月 7日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

ダカール・ニーニョ/ニーニャ現象を世界で初めて発見
~沿岸ニーニョ研究が切り拓く季節予測の新展開~

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)アプリケーションラボのパスカル・オエットリ(Pascal Oettli)特任研究員、森岡優志研究員、山形俊男上席研究員は、西アフリカのダカール沿岸に発生する地域的な大気海洋結合現象を世界で初めて発見し、「ダカール・ニーニョ/ニーニャ」と命名しました。

西アフリカのダカール沿岸では、一年を通して北東から吹く貿易風と地球の自転の影響を受け、海水が沖合に運ばれ、それを補うように海洋内部から冷たい海水が湧昇しています(沿岸湧昇)。この付近は海洋内部から栄養塩が運ばれ、豊かな漁場として知られる一方、時にこの海面水温が大きく変動し、海洋生態系に大きな影響を及ぼす年があることが報告されています。しかしながら、その変動の原因はこれまで調べられてきませんでした。

研究グループでは、1982年から2011年までの過去30年間の観測データと再解析データを用いてこの変動を詳しく解析したところ、ダカール沿岸の海面水温が温かくなるダカール・ニーニョ現象が6回、冷たくなるダカール・ニーニャ現象が5回、発生していることを明らかにしました。さらに、ダカール・ニーニョ/ニーニャに伴う海面水温の変化が直上の大気を暖めたり冷やしたりすることで陸側の気圧との圧力差を生み、それと釣り合って生じる沿岸風が海洋表層の水温に影響を及ぼし、さらにその結果が沿岸風に影響するという大気海洋相互作用(沿岸ビヤークネス・フィードバック)が生じていることを突き止めました。

ダカール・ニーニョ/ニーニャは、ダカール沿岸域の海洋生態系や、それを活用する漁業、西アフリカの気候などに影響を及ぼします。JAMSTECアプリケーションラボではこれまでにも、ニンガルー・ニーニョ/ニーニャ(2013年 10月 8日既報)やカリフォルニア・ニーニョ/ニーニャ(2014年 4月 25日既報)等、同様の大気海洋結合現象を発見してきました。これらの「沿岸ニーニョ現象」が季節予測の可能性を切り拓きつつあります。エル・ニーニョやダイポールモード現象等の大規模な現象に加え、これらの沿岸ニーニョ現象のメカニズムを明らかにし、予測モデルに組み込むことで、異常気象をもたらす気候変動予測の高精度化に繋がることが期待されます。

本成果は、英科学誌「Scientific Reports」に1月7日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル: A Regional Climate Mode Discovered in the North Atlantic: Dakar Niño/Niña
著者:OETTLI Pascal1、森岡優志1、山形俊男1
1 JAMSTECアプリケーションラボ

2.背景

海面水温が気候変動に大きな影響を及ぼす大気海洋結合現象は、赤道太平洋に数千キロメートル規模で発生するエル・ニーニョ/ラ・ニーニャ現象が良く知られています。特に今年は、「スーパーエルニーニョ」と呼ばれる過去最大級のエル・ニーニョが発生し、世界各地に異常気象をもたらしています。

こうした大気海洋結合現象は、エル・ニーニョ/ラ・ニーニャのような大規模な現象が発生するだけでなく、特に大陸の西岸に地域レベルでも発生し、付近の気象や農業に多大な影響を与えていることが近年の研究により明らかになってきました(沿岸ニーニョ現象)。JAMSTECアプリケーションラボではこれまでにも、北西オーストラリア沿岸のニンガルー・ニーニョ/ニーニャ(2013年 10月 8日既報)やカリフォルニア沿岸のカリフォルニア・ニーニョ/ニーニャ(2014年 4月 25日既報)などの沿岸ニーニョ現象を発見してきました。

これらの知見を踏まえ、研究チームは、西アフリカのダカール沿岸で報告されている海面水温の変動現象が、ニンガルー・ニーニョ/ニーニャやカリフォルニア・ニーニョ/ニーニャと同様、まだメカニズムが明らかにされていない沿岸ニーニョ現象に起因するのではないかと予想しました。

西アフリカのダカール沿岸では、一年を通して北東から吹く貿易風と地球の自転の影響を受け、海水が沖合に運ばれ、海洋内部から冷たい海水が湧昇しています。このため、周辺域よりも海面水温が低くなっています(図1a)。ここでは、海洋内部から栄養塩が運ばれることから、豊かな漁場となっています。一方で、この海域の海面水温は時に大きく変動し、海洋生態系に大きな影響を及ぼすことが先行研究で報告されていましたが、その変動の原因は不明のままでした。

そこで、研究グループは、ダカール沿岸の海面水温に見られる年々変動を「ダカール・ニーニョ/ニーニャ」と命名し、その物理メカニズムの解明に取り組みました。

3.成果

研究グループでは、1982年から2011年までの過去30年間の観測データと再解析データを解析し、ダカール沿岸で海面水温が最も大きく変動する海域を特定するとともに、領域平均した海面水温と南北風の標準偏差(平年値からのずれ)を月ごとに調べました(図1b)。海面水温の年々変動は3月に最も大きく、南北風の変動は2月に最も大きいことがわかります。海面水温の変動も南北風の変動も同じ季節にあらわれるため、両者が関係している可能性があります。そこで、3月にダカール沿岸で領域平均した海面水温の偏差をダカール・ニーニョ/ニーニャ指数と定義し、各年の変動について調べました(図1c)。その結果、30年間でダカール沿岸の海面水温が温かくなるダカール・ニーニョ現象が6回、冷たくなるダカール・ニーニャ現象が5回、それぞれ発生していることがわかりました。

次に、ダカール・ニーニョ/ニーニャのそれぞれの現象について季節による振る舞いの違いに着目し、海面水温と直上の沿岸風の偏差(平年値からのずれ)を調べました(図2)。ダカール・ニーニョは、2月に北東風が弱まっており(南西風の偏差)、3月に海面水温が最も温かくなっています。同様に、ダカール・ニーニャは、2月に北東風が強まっており、3月に海面水温が最も低くなっています。

さらに、ダカール・ニーニョ/ニーニャの発達メカニズムを調べるため、ダカール・ニーニョについて、海洋表層の混合層の熱収支を調べました(図3)。その結果、ダカール・ニーニョに伴う温かい混合層水温(海面水温に対応)の偏差は、大気から海洋により多くの熱が移動すること(正の海面熱フラックスの偏差)で生じていることが分かりました(図3a)。特に、この海面熱フラックスの偏差は、日射の影響によることが分かりました(図3b)。北東から吹く沿岸風が弱まって(南西風の偏差)、海面付近の海水混合が弱まることで、海洋混合層は薄くなります。その結果、薄い海洋混合層が日射によって効率的に温められたことを意味しています。

一方、ダカール・ニーニョに伴う温かい海面水温は、直上の大気にも影響を与えていることが分かりました。図4は、3月のダカール・ニーニョ/ニーニャ指数と2-4月の気温、鉛直風、高度場の相関係数を表しています。ダカール・ニーニョ/ニーニャが発達する2月と3月に、対流圏下部で気温と鉛直風に正の相関が、高度場に負の相関が見られます。このことは、ダカール・ニーニョに伴う温かい海面水温が、対流圏下部の大気を暖めることで低気圧性の循環を生じていることを示唆しています。これによって、大陸との圧力勾配が弱まり、地衡風の釣り合いにある北東沿岸風を弱める(南西風の偏差を強める)「沿岸ビヤークネス・フィードバック」が働いていることを意味しています。

以上のように、ニンガルー・ニーニョ/ニーニャやカリフォルニア・ニーニョ/ニーニャと同様、西アフリカのダカール沿岸においても、大気海洋相互作用「沿岸ビヤークネス・フィードバック」が海面水温の年々変動に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

4.今後の展望

JAMSTECアプリケーションラボでは、「SINTEX-F季節予測システム」(※1)を用いて異常気象をもたらす気候変動現象の季節予測を実験的に実施しています。本システムによる季節予測のさらなる高精度化のためには、エル・ニーニョ現象やダイポールモード現象など大規模な気候変動現象の予測だけでなく、本研究で明らかになったダカール・ニーニョ/ニーニャ現象等、沿岸域における中規模の気候変動現象も再現していくことが重要です。

JAMSTECでは今後、こうした沿岸域の気候変動現象も予測できる高解像度な大気海洋結合モデルの開発に取り組んでいくとともに、これまで課題とされてきた中緯度における季節予測の研究に貢献していく予定です。

※1 SINTEX-F季節予測システム
エル・ニーニョ現象の発生やインド洋ダイポールモード現象の発生、およびそれに伴う世界各地の季節の異常値(平年値からのずれ)を、数ヶ月前から最大で2年先まで、コンピュータで事前予測するためのシステム。大気-海洋-陸面の物理に関する方程式群(モデル)で構成されており、地球を3次元的な格子状に分割し、それぞれの格子に対して方程式を時間方向に数値積分するアルゴリズム。観測から得られた現在の状況(初期状態)が、その後どのように時間発展するのかを計算する。日欧協力によって開発された大気海洋大循環モデルSINTEX-Fを基にしており、 JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」で計算している。本システムは2005年に開発され、その後モデルの高度化を図りながら、準リアルタイムに実験的に運用してきた。エル・ニーニョ現象やインド洋ダイポールモード現象の予測において世界最先端の実績がある(参考:Jin et al. 2008 Climate Dynamics)。
毎月準リアルタイムに季節予測実験の結果を下記ウェブサイトで世界に配信している。
URL: http://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/d1/iod/seasonal/outlook.html

図1

図1  (a)3月の海面水温(コンター)と海上風(矢印)の平均値および海面水温の標準偏差(カラー) (b)ダカール沿岸のボックス(aの緑)で月ごとに領域平均した海面水温と南北風の標準偏差。値は標準偏差で規格化している。解釈のため、南北風は正の値が北風に対応する。(c)3月のダカール・ニーニョ/ニーニャ指数。値は標準偏差で規格化している。実線は0.8標準偏差を示し、この線を越えた年をダカール・ニーニョ/ニーニャと定義した。

図2

図2  (a)ダカール・ニーニョに伴う海面水温(カラー)および海上風(矢印)の偏差(平年値からのずれ)。95%の信頼区間で統計的に有意な値のみ示している。(b) (a)と同様に、ダカール・ニーニャの場合。

図3

図3  (a)ダカール・ニーニョに伴う海洋混合層(表層に存在する水温と密度の一様な層)の熱収支。黒丸が90%、白丸が80%の信頼区間で統計的に有意な値を示す。(b)(a)の海面熱フラックスの各成分。

図4

図4 3月のダカールニーニョ/ニーニャ指数と2-4月の気温(カラー)、鉛直風(矢印)および高度場(コンター)の相関係数。黒色の棒はダカール沿岸、灰色の棒は大陸に対応する。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
アプリケーションラボ 気候変動予測応用グループ
特任研究員 パスカル・オエットリ
研究員 森岡 優志
(報道担当)
広報部 報道課長 松井 宏泰
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