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プレスリリース

2016年 1月 29日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

全球海洋観測システム「アルゴ」で明らかになった海洋の変化
―Argoフロート観測網が15年の間にとらえた海洋環境の姿と拡張への取り組み―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)地球環境観測研究開発センター 須賀 利雄招聘上席研究員(本務:東北大学大学院理学研究科教授)をはじめとする国際アルゴ運営チームメンバーらは、自動昇降型漂流ブイ「Argo(アルゴ)フロート」(以下「Argoフロート」、図1)の全球海洋観測網(以下「全球Argoフロート観測網」、※1)により海面から水深2,000mまでの海洋の変化を捉えてきた「国際アルゴ計画」の主要な研究成果や今後の展望などを、計画開始から15年経った今年にまとめ、発表しました。

JAMSTECは、現在の地球環境観測研究開発センターを中心に、2000年の国際アルゴ計画発足時から主導的な立場でArgoフロートによる観測研究を行っています。30か国を超える海洋研究機関の代表からなる国際アルゴ運営チームへの参加を基盤とし、国内ではアルゴ計画推進委員会を通して関係省庁と連携し協力を得ながら、全世界の累計投入数約10,000台の約1割に相当するArgoフロートを投入、研究ニーズに耐えるデータ品質管理を施し、観測研究を行ってきました。

国際アルゴ計画は、15年の間に構築された全球Argoフロート観測網により過去に類を見ない程の膨大な海洋観測データを供給し、全球の海洋上層貯熱量や海面水位の変動の実態を明らかにする等多数の研究成果をもたらし、海洋環境変動研究の推進に大きく貢献しました。2014年に公表された気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書(以下「IPCC AR5」、※2)においても、海洋の変化の実態把握が全球Argoフロート観測網によって大きく進展した、と高い評価が得られています。

さらに国際アルゴ計画は、様々な領域への拡張に向けた準備も進めています。例えば、海洋酸性化、炭素循環、地球規模の生態系変化や生物多様性の実態解明にもつながると期待される生物・地球化学センサー搭載Argoフロートによる観測、気候変動に重要な領域にもかかわらず未だ恒常的なモニタリングの実現には遠く及ばない2,000mより深い海洋深層の観測、海氷域である北極・南極周辺等の観測について、観測網構築の検討が始められました。JAMSTECは、これらの新しい観測システムの構築に対し我が国の活動をリードしつつ、観測網デザインや技術開発などで大きな貢献をしています。

本レビュー論文は、Nature climate changeに1月27日付けで掲載されました。

タイトル:
Fifteen years of ocean observations with the global Argo array
著者:
Stephen C. Riser1, Howard J. Freeland2, Dean Roemmich3, Susan Wijffels4, Ariel Troisi5, Mathieu Belbeoch6, Denis Gilbert2, Jianping Xu7, Sylvie Pouliquen8, Ann Thresher4, Pierre-Yves Le Traon8, Guillaume Maze8, Birgit Klein9, M. Ravichandran10, Fiona Grant11, Pierre-Marie Poulain12, Toshio Suga13,14, Byunghwan Lim15, Andreas Sterl16, Philip Sutton17, Kjell-Arne Mork18, Pedro Joaquín Vélez-Belchí19, Isabelle Ansorge20, Brian King21, Jon Turton22, Molly Baringer23, and Steve Jayne24.
所属:
1 ワシントン大学(米国)、2 カナダ水産海洋省、3 米国スクリップス海洋研究所、 4 オーストラリア連邦科学産業研究機構 気象・気候研究センター、5 アルゼンチン海軍水路部、6 世界気象機関(WMO)/政府間海洋学委員会(IOC)合同海洋・海上気象専門委員会(JCOMM) 現場観測プログラム支援センター(フランス)、7 国家海洋局第二海洋研究所(中国)、8 フランス国立海洋開発研究所、9 ドイツ連邦海運・水路庁、10 インド国立海洋情報サービスセンター、11 アイルランド海洋研究所、12 イタリア国立海洋学・実験地球物理学研究所、13 海洋研究開発機構、14 東北大学、15 韓国国立気象研究所、16 オランダ王立気象研究所、17 ニュージーランド国立大気水圏研究所、18 ノルウェー国立海洋研究所、19 スペイン国立海洋研究所、20 ケープタウン大学(南アフリカ)、21 サザンプトン英国立海洋学研究所、22 英国気象庁、23 米国海洋大気庁大西洋海洋・気象研究所、24 米国ウッズホール海洋研究所
URL:
http://www.nature.com/nclimate/journal/v6/n2/full/nclimate2872.html

2.背景

地球温暖化をはじめとする気候変動のメカニズムの理解とその高精度の予測のためには、大気の約1,000倍もの熱容量を持つ海洋の環境変動を、均一の精度で万遍なく観測することが重要です。1870年代のイギリスのチャレンジャー号航海によって近代海洋学が始まって以来、船舶による観測データは多数蓄積されてきましたが、その空間分布や季節に大きな偏りがありました。また1980年代に始まった人工衛星による観測も海面の情報に限定されています。このような状況で熱望されていた、全球海洋内部を継続的かつリアルタイムに観測するシステムを実現するため、日本や米国、欧州各国が連携して国際アルゴ計画を2000年に立ち上げ、およそ300㎞四方に1台、海面から水深2,000mまで10日毎に自動で水温・塩分を計測可能なArgoフロートの展開が開始されました(図2)。

日本では、2000年から内閣府主導で開始されたミレニアム・プロジェクトとして、JAMSTECをはじめ関係省庁(外務省、文部科学省、水産庁、国土交通省、気象庁、海上保安庁)が連携してアルゴ計画推進委員会を組織し、Argoフロートの展開を開始しました。JAMSTECは国際アルゴ運営チームのメンバーとして国際アルゴ計画を主導し、現在までに全世界の投入数の1割に相当する累計1,000台以上のArgoフロートを展開(図3)、2016年3月にはJAMSTECが主催で国際アルゴ運営チームの会合を開催するなど、30か国以上が参加する国際アルゴ計画に大きく貢献しています。また、JAMSTECは他機関や高校・大学、民間企業と連携してボランティアによる投入を実施(2010年11月19日既報)し、Argoフロートの全球展開に努めています。

Argoフロートデータを全球的な気候変動研究で活用するために、全球データの品質を均一にする仕組みの導入も課題でした。国際アルゴ計画では、この課題を他の海洋観測システムでは見られない画期的なデータフロー(※3図4)の仕組みを導入し克服しました。各国の機関はその仕組みに従い、データ取得から品質管理、配信までスムーズに行っています。日本の各機関が投入したArgoフロートのデータも、その仕組みに沿って一旦国際アルゴデータセンター(GDAC)に集められた後インターネット上から即時公開され、誰でも自由に活用できる仕組みが整っています。さらに、各国のArgoフロートデータの品質を均一にするために、全球の海域を区切ってデータの品質を監視するアルゴ領域センターを設けています。JAMSTECは太平洋アルゴ領域センター(PARC)を担当し、全球の約半数に相当する太平洋で観測中のArgoフロートデータの品質を常時監視しています(図5)。

3.成果

JAMSTECをはじめ国内外の多数の研究者が、国際アルゴ計画による大規模で高精度なデータを活用した気候・海洋変動の研究を行い、IPCC AR5に採用された成果も含め、実に2,100を超える査読付き論文として公開されました。これらの主な成果をまとめると以下のようになります。

全球海洋の3次元的な水温分布とその時間変動に関する詳細な実態把握を可能にし、近年の貯熱量変化や海面水位変化などの気候変動シグナルを高い確度で診断(平成23年3月5日既報
Argoフロートの軌跡データによる水深1,000mの実測流速データと水温・塩分データから求めた密度分布に基づき、全球の2,000m以浅の海洋循環の動態を評価
全球の表層塩分分布とその変化の詳細な実態を把握し、気候変動に伴う長期変化および水循環変動を解明
データ同化技術を通した環境再現実験や、気候予測シミュレーションへの応用による、海洋変動メカニズムの理解や気候変動予測の精度向上への貢献(平成27年11月25日既報
空間スケール1,000km程度以上の変動現象の把握を主な目的とした国際アルゴ計画の開始当初には想定されていなかった、空間スケール100km程度の現象(中規模渦現象)などの研究領域でのデータ活用

国際アルゴ計画による15年間の継続的かつ時空間的に高密度なモニタリングは、気候・海洋環境変動研究のより詳細な実態把握や予測精度の向上など、多種多様な成果をもたらしました。また、こうした成果は、社会経済活動において漁業・農業といった産業や防災等の多分野の発展に貢献していくことが期待されます。このように、国際アルゴ計画は海洋学に革命をもたらす観測システムとして、海洋観測史上類を見ない程の成功を収め、現在も全球の海洋の状況を監視し続けています。

4.今後の展望

国際アルゴ計画は大規模な観測データを供給し続け15年経過しましたが、長い時間スケールを持つ気候変動現象のよりよい理解と予測精度向上のためには、さらに継続した観測が必要であることは言うまでもありません。国際アルゴ運営チームは、今や気候変動研究に不可欠であり、全球海洋観測システム(以下「GOOS」、※4)の主要なコンポーネントとして位置付けられている全球Argoフロート観測網を、係留系観測(OceanSITES)や船舶高精度観測(GO-SHIP)等、他のGOOSのコンポーネントと連携させつつ、今後も継続し推進することを考えています。

さらに、これまで以上に気候変動研究を進展させ、海洋環境の実態把握に迫ることも重要です。そのために国際アルゴ運営チームは、GOOS全体の展開を考慮しつつ、以下のような現状のArgoフロート観測網ではカバーできなかった領域や新規分野への観測網拡張に向けた計画の検討を始めています。

気候変動に伴う熱の吸収にとって重要な水深2,000mより深い海洋深層の実態把握のために、深海観測用Argoフロートを全球的に展開するDeep Argo計画
海洋酸性化、炭素循環、地球規模の生態系変化や生物多様性の実態解明にもつながると期待される、生物・地球化学センサー搭載Argoフロートを全球に展開するBio Argo計画
季節海氷域である高緯度域や北極、南極周辺の海氷下でも観測可能な、海氷域観測用Argoフロートを広域に展開する計画
黒潮などの強い暖流が流れる西岸境界域、エルニーニョ予報に重要な赤道域、大陸と大洋を結ぶ縁辺海の観測を時空間的に高密度化する計画

これらの計画の一部は既にパイロット研究として開始されています。例えば、Deep Argo計画について、JAMSTECでは、世界に先駆け民間企業と共同で水深4,000mまで観測可能な深海観測用アルゴフロート「Deep NINJA」の開発に着手、実用化に成功し(2013年1月22日既報)、南大洋や南極海周辺での観測を実施しています(2013年12月19日既報)。また、Bio Argo計画については、溶存酸素、栄養塩、クロロフィルa、pHなどの多様な生物・地球化学センサーが開発されつつあり、これらのセンサー搭載型フロートを展開する試験的な観測研究が、JAMSTECを含むいくつかの国際研究機関でも実施されています。このように、気候変動と海洋環境変動の実態の正確な把握や深い理解のために全球Argoフロート観測網の拡張が進められており、国際アルゴ計画のさらなる広がりが期待されます。JAMSTECは、国際アルゴ計画の下、各国と密に連携しながら、観測網デザインや技術開発など多方面で全球Argoフロート観測網の拡張に大きく貢献していきます。

[用語解説]

※1 全球Argoフロート観測網:国際アルゴ計画開始の際に、それまでの歴史的船舶データ等に基づき、Argoフロートの展開目標をおよそ300㎞四方に1台、全球3,000台に設定された。開始当初、日本や欧米8か国で始められたArgoフロートの展開は、参加国数の増加とともに展開数も急激に伸び、2007年10月に目標の3,000台に到達した。また、2011年11月には、過去の船舶観測データ数を凌駕する100万データも記録し、海洋研究のインフラストラクチャーとしてなくてはならないものとなった。観測網が全球に展開されるにつれて、気候・海洋変動をより正確に捉えるために必要な展開海域や観測密度などが明らかになりつつあり、全球Argoフロート観測網の拡張に向けた取り組みが進められている。

※2 気候変動に関する政府間パネル(IPCC):人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として、1988 年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立された組織。IPCCによって2013年から2014年にかけて発表された評価報告書が第5次評価報告書(AR5)で、2007年に発表された第4次評価報告書(AR4)は、ノーベル平和賞を受賞し話題となった。評価報告書は、第1作業部会の科学的根拠、第2作業部会の影響・適応・脆弱性、第3作業部会の緩和策のそれぞれの報告書と三つの報告書の知見を統合した統合報告書の4つの報告書から構成されており、全球Argoフロート観測網によって得られた科学的知見に関する貢献は、第1作業部会の報告書で述べられている。

※3 データフロー:Argoのデータフローは、データ取得から品質管理、配信までを世界中でシステマティックに行っており、これにより全球的な気候変動研究に活用可能な品質のデータになっています。具体的なフローとしては、まず、データ受信後、各国データ処理センター(DAC、日本では気象庁が担当)が取得したArgoデータに対し自動的な即時品質管理を行い24時間以内にArgoデータセンター(GDAC,米国及びフランスが担当)に送信、現業等に用いられます。その後、研究ニーズに耐える品質のArgoデータにするために、1年以内に遅延品質管理を実施しGDACに再び送信します。これは日本ではJAMSTECが担当しています。これら一連のデータ処理に加え、各海域でアルゴ領域センターが設置され、その状況を監視しています(JAMSTECは太平洋アルゴ領域センター(PARC)を担当)。以上のシステマティックな仕組みにより、Argoデータの品質が均一に整えられており、GDACからインターネットを通じてどこでも誰でも取得可能であり、無償で活用することができます。このような品質管理を含めたデータフローは、他の海洋観測データでは見られません。

※4 全球海洋観測システム(GOOS): UNESCO(国際連合教育科学文化機関)-IOC(政府間海洋学委員会)が、WMO(国際気象機関)、UNEP(国連環境計画)、ICSU(国際科学会議)と連携し、様々な観測ネットワークの協働により全球海洋を統合的・持続的にモニタリングするための全球海洋観測システム(GOOS)を推進している。GOOSには、全球アルゴ観測網をはじめ、人工衛星・船舶による観測等も含めた全球の物理・化学・生物に関する海洋観測コンポーネントが含まれる。GOOSは、国連の地域代表と各分野の専門家によって構成されるGOOS運営委員会の指導の下で中長期的な計画を策定し、全球アルゴ観測網などの各観測ネットワークや海洋観測の実施主体である各国の機関などの連携を強化・促進することによって海洋観測を推進している。(http://www.ioc-goos.org/

図1

図1.Argoフロート。アンテナを含めた全長は1.5~2メートル、重量は20~40kg。各国で国際アルゴ計画に準拠した仕様のフロートが製造されている。

図2

図2.Argoフロートの観測サイクル。Argoフロートは、船舶から投入後1,000mまで沈降し、10日に一度水深2,000mから海面までの水温と塩分、圧力を計測しながら浮上、観測データを通信衛星経由で陸上に送信する。この観測サイクルは、Argoフロートのバッテリーが持続する数年間繰り返し行うことができる。

図3

図3.2015年9月末時点のArgoフロート観測網(全3,918台)。各国で投入された稼働中のArgoフロートの位置を示している。JAMSTECが投入したArgoフロートは、太平洋を中心に1月28日現在で143台が観測中。

図4

図4.アルゴデータフロー。Argoフロートがデータを送信し、即時自動処理・遅延品質管理を経てGDACからインターネットを通じてデータが配信される。

図5

図5.全球のアルゴ領域センターの管轄図。JAMSTECは、太平洋アルゴ領域センター(PARC)として、米国国際太平洋研究センター(IPRC)やオーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)の協力のもとに南北太平洋と南大洋太平洋領域を担当している。その他に、北大西洋はフランス国立海洋研究所(Ifremer)、熱帯・南大西洋は米国大西洋海洋気象研究所(AOML)、南大洋大西洋領域は英国海洋データセンター(BODC)、東南アジア・オセアニアはオーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)、インド洋はインド国立海洋情報センター(INCOIS)、南大洋インド洋領域は米国ワシントン大(UW)が担当している。隣接するセンターは、全球のデータの品質が均一であるかどうか確認するために、各センターの境界付近のフロートについて相互比較などを行う。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境観測研究開発センター
招聘上席研究員  須賀 利雄
(報道担当)
広報部 報道課長 松井 宏泰
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