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2016年 10月 11日
国立研究開発法人海洋研究開発機構

大気と海洋の相互同時計算による気象・気候予測精度の向上へ
―高解像度大気・海洋結合モデルを用いてマッデン・ジュリアン振動を再現―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」という。)地球情報基盤センター先端情報研究開発部の佐々木亘研究技術専任スタッフらは、高解像度で全球大気と海洋の相互作用を取り入れた結合モデルを用いてJAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上でシミュレーションを実施し、大気と海洋の相互作用を考慮することによってマッデン・ジュリアン振動(MJO;※1)に伴う降水や風などを精度よく再現できることを実証しました。

本研究に用いた高解像度全球大気・海洋結合モデルは、雲の生成・消滅を従来の近似計算ではなく直接計算できる大気モデルと、気候変動に影響を及ぼすとされている海水温度や海流の変化などを計算できる海洋モデルとを高解像度でかつ同時に実行することが可能です。全地球の大気と海洋を水平方向に10kmという高解像度で分割して表現し、かつ、大気と海洋の相互作用を取り入れながら雲の生成・消滅を再現して、気象現象や気候変動を予測シミュレーションした例は他になく、世界初の試みです。

MJOは、最近の天気予報の解説などでも登場する熱帯域に特徴的な現象であり、世界各地の天気や気候さらには社会・経済活動へも影響を及ぼすエルニーニョや台風の引き金となることが指摘されているため、その適切な予測が求められています。今回の成果は、大気と海洋の相互作用を考慮した大気海洋結合モデルにより予測の精度向上が可能であることを示したものであり、海洋状態の影響が顕れる1週間よりも長い期間を対象とした気象と海象の予測や、月間の平均気温や降水量などの変化傾向予測の精度を高めた新たな季節予測を実現するための礎となります。

本成果は、米国科学誌「Geophysical Research Letters」オンライン版に9月29日付で掲載されました。

タイトル:MJO simulation in a cloud-system-resolving global ocean-atmosphere coupled model
著者:佐々木 亘、大西 領、渕上 弘光、後藤 浩二、西川 史朗、石川 洋一、高橋 桂子
所属:JAMSTEC 地球情報基盤センター

2.背景

マッデン・ジュリアン振動(MJO)は、熱帯域のインド洋上で発生した積乱雲群が水平スケール数千kmの大規模な集合体となり、太平洋(東)に向かって時速約18kmの速度で移動する現象です。MJOに伴う積乱雲は局地的に強雨をもたらし、熱帯における豪雨災害の原因となります。また、地球規模の視点では、MJOは台風(熱帯低気圧)の発生やエルニーニョ現象の発生・発達・衰退を通して、世界の気象・気候に多大な影響を及ぼすことが明らかになっています。

このようなことから、MJOの高精度な予測によって台風やエルニーニョの予測が改善され、地球全体の週間予報から季節予報の精度向上につながると期待されています。近年になって水平スケール数百kmの積乱雲群を解像できる全球大気モデルを用いてMJOの再現に成功した報告が出てきているものの、現実的な大気と海洋との間の相互作用、つまり、大気が海洋の状態を変え、その海洋が大気の状態を変えるという大気と海洋の双方向の影響を考慮し、かつ、MJOに伴う雲群を解像できる全球のMJOシミュレーションは、複雑かつ大規模なシミュレーションが必要で、これまでは行われていませんでした。

3.再現実験の概要

JAMSTEC地球情報基盤センターでは、地球全体、数百km四方の地域、さらには数百m四方の都市街区域といった、異なる空間スケールのいずれをも対象とすることが可能であるだけでなく、これら異なる空間スケールの現象を切れ目なく連続的につなげたシミュレーションを可能とする、非常に応用範囲の広い大気海洋結合シミュレーションコード(Multi-Scale Simulator for Geoenvironment; MSSG)(※2)を開発してきました。地球全体の大気と海洋を高分解能で同時にシミュレーションするには莫大な計算機資源を必要とします。そこで、このMSSGを「地球シミュレータ」で動かし、平成18年12月にインド洋上で発生し、平成19年1月にかけて太平洋上へ移動したMJOに伴う積乱雲の東進を再現するシミュレーション実験(大気海洋結合実験)を行いました。

大気海洋結合実験では、積乱雲群のインド洋上から太平洋上への移動を再現するため、地球の大気と海洋を水平方向に10km四方の格子(メッシュ)に区切り、平成18年12月15日0時(協定世界時)から平成19年1月10日0時までの26日間を対象とした大気と海洋の同時計算(結合計算)を行い、実際の観測との比較を行いました。また、大気と海洋を結合した計算の有効性を確認するため、大気のみの単体計算も行いました。

4.再現実験の結果

大気海洋結合実験により、MJOに伴う雲の分布を、現実の観測に近い姿で再現することができました(図1)。水平スケール数百kmの積乱雲の塊がいくつも存在し、全体として東南アジア島嶼部を広く覆っていることがわかります。また、この大規模な雲群がインド洋上から太平洋上へ移動する様子を再現することもできました(図2)。大気のみを計算した場合にも、組織化した雲群の再現と、雲群が移動する様子の再現に成功しています(平成19年12月11日既報においても、同様な結果が得られています)。しかしながら、大気のみを計算した場合では、東南アジア島嶼部の降水量を現実よりも約20%過少に予測しています(図3,4)。一方、大気と海洋を同時に予測する大気海洋結合実験では、東南アジア島嶼部の降水量を誤差4%で再現することができました(図4)。さらに、大気のみの実験では、MJOが西太平洋上を移動するときに対流による降水が増えていましたが、大気海洋結合実験では降水が減少して行く様子も、観測事実と整合的です。これは、大気のシミュレーションと海洋のシミュレーションを結合することで、MJOの移動に伴って時々刻々と変化する海面水温をより適切に計算に取り入れることに成功したためと考えられます(図5)。

5.今後の展望

本成果では大気海洋結合モデルを用いて計算することで、MJOに伴う積乱雲の動きと海洋の変化を、少なくとも1カ月先まで予測できる可能性を示しました。全球の大気と海洋を10kmの解像度で同時に予測するモデルは他に例がなく、良好な予測を実現したのは今回が初めてです。

大気海洋結合モデルは初期条件を与えるだけで、大気と海洋を同時に予測することができます。今回の大気海洋結合実験は、大気だけでなく海洋の変化も同時に予測できたことで、今後、MJOを引き金としたエルニーニョの発生や衰退をこれまでよりも適切に予測できる高精度な季節予測への発展が期待できます。また、MJOの活発な対流から発生する台風を、海水温の低下を考慮して予測するような台風予測も可能になります(※4)。

※1 マッデン・ジュリアン振動(MJO):
Roland MaddenとPaul Julianが1971年に発見した熱帯の大規模な対流活動。主にインド洋で積乱雲群が発生して大規模な雲群を形成し、時速約18kmで東進する。30〜60日周期で繰り返して現れる。MJOに伴い、赤道付近では強い西風が吹き、西太平洋の暖かい海水を東に吹き寄せることでエルニーニョの発生につながることがある。また、MJOの活発な対流から熱帯低気圧が発生し、台風へと成長することが報告されている。エルニーニョや台風は、世界各地の社会・経済活動に影響を及ぼすため、それらの引き金となるMJOを適切に予測することが求められている。

※2 MSSG (Multi-Scale Simulator for the Geoenvironment):
地球全体、特定の地域、さらに特定の都市や街区など、様々なスケールの大気現象と海洋現象を計算することのできるマルチスケール大気海洋結合数値モデル。一般的な気象・海洋モデルでは、全球スケール(地球全体)、メソスケール(特定の地域)、都市スケールについて、それぞれに異なるモデルが使用されている。MSSGは、これらのスケールを単一の数値モデルで取り扱うことにより、異なるスケールの間の相互作用を再現することが可能なモデルとして開発が進められている。従来、大気と海洋の結合計算を行う場合には、カプラー(結合子※3)と呼ばれる補助モデルが必要とされる。大気と海洋との間の相互作用をシミュレーションするには、多大なデータ通信を必要とするため、本成果のような大規模なシミュレーションには向かないという欠点がある。また、その複雑さのために、プログラムコードの開発が困難であるという欠点もある。今回、大気モデルと海洋モデルで同じ格子系、同じ水平解像度を用いることにより、カプラーを排することができたことで、大規模な大気―海洋結合シミュレーションが実現された。

※3 カプラー(結合子):
一般的には、大気、海洋、陸面、河川などの異なる数値モデル同士をつなげるための補助モデル。ここでは、大気と海洋の結合計算をするための補助モデルを指す。カプラーは、大気モデルで予測された熱、降水量、運動量を海洋モデルに渡し、海洋モデルは水温、塩分、流れなどを予測する。次に、カプラーは、海洋モデルで予測された海面水温を大気モデルに渡し、大気モデルは気温、水蒸気量、風などを予測する。このように、カプラーは大気と海洋の計算で得られたデータの受け渡しを担当する。大気モデルと海洋モデルの空間解像度が異なる場合には、カプラーはその違いの補正も行う。

※4 :台風の風によって海洋の下層の冷たい海水が混ざることで海面水温が低下し、それが 台風の強度を弱めるという現実的なプロセスが実現される。

図1

図1 気象衛星ひまわり6号による衛星雲画像(左)とMSSGによって再現された外向き長波放射(対流活動の強さを表す指標の一つ。白いほど発達した雲があることを示す。;右)。

図2

図2 モデルで再現された外向き長波放射(白の陰影)と、海面水温の日変化(日最高海水温と日最低海水温の差;カラー)。左から平成18年12月18日、12月27日、平成19年1月5日。大規模な雲がインド洋から太平洋に移動していく様子が分かる。また、雲の下では日射の影響が弱くなるため、海面水温の日変化は小さくなる。

図3

図3 MJOに伴う降水量の時間変化。濃い緑色ほど強い降水を示す。単位はmm/h。(a)衛星観測値、(b)大気海洋結合実験、(c)大気単体実験。縦軸は時間を表し、下に向かって時間が進む。横軸は経度を表し、右が東。時間の経過に伴い強い降水が東に移動して行く様子がモデルで再現されている。黄色い直線は平均的なMJOの移動速度(18km/h)。衛星観測によれば、MJOによる降水は西太平洋で弱まっているが、大気単体実験では過剰な降水を予測している。一方、大気海洋結合実験では過剰な降水が現れることなく、実際の観測に近い降水を再現することができた。

図4

図4 衛星観測データ(左)と実験で得られた降水量(中央:大気海洋結合実験、右:大気単体の実験)との比較。大気と海洋を同時計算することで東南アジア島嶼部の降水量を誤差21%から4%に改善できた。

図5

図5 MJOの通過による海面水温の変化(上:衛星観測データ、下:モデル)。積乱雲群によって日射が遮られ、東南アジア島嶼部の海面水温が低下したことが分かる。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球情報基盤センター 先端情報研究開発部 地球シミュレーション総合研究開発グループ
研究技術専任スタッフ 佐々木 亘
(報道担当)
広報部 報道課長 野口 剛
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