赤道域を、白い雲の塊が、形を様々に変えながらまるで生き物のように移動していきます。
迫力あふれるこの映像は、「大気海洋結合モデル」を使って計算で生み出されたマッデン・ジュリアン振動(MJO;Madden-Julian Oscillation)です。今回はこちらを紹介します。
大気と海洋の相互同時計算による気象・気候予測精度の向上へ
―高解像度大気・海洋結合モデルを用いてマッデン・ジュリアン振動を再現―
論文タイトル
MJO simulation in a cloud-system-resolving global ocean-atmosphere coupled model
ココがポイント
●MJOは、熱帯気象だけではなく、エルニーニョ現象や台風など様々な現象と密接な関係がある。
●大気と海洋を同時に計算する「大気海洋結合モデル」を使って「地球シミュレータ」でMJOのシミュレーションを試みたところ、再現に成功した。
●再現の成功は、地球全体の気象・気候予測精度の向上に役立つと期待される。
この論文を米国科学誌「Geophysical Research Letters」オンライン版に発表した、佐々木亘研究技術専任スタッフにお話を聞きました。
地球全体の気象に影響を及ぼすMJO
――MJOの再現成功おめでとうございます! まずは、MJOがどんな現象なのか教えていただけますか?
こんにちは(写真1)。
MJO(図1)は、主にインド洋上で発生した長さ数千kmにもなる巨大雲群が東に向かって赤道域を時速18km程のスピードで移動し、インドネシアの島々を抜けて太平洋の日付変更線付近で消滅する現象です。ただ、雲群が消滅した後も上空では影響が残り、今度は大気の振動として毎秒10~30mというスピードで赤道域を1周してインド洋に戻ってきます。
一連の現象は30~60日の周期で発生します(写真2)。MJOは熱帯の気象だけではなく、地球規模の現象に影響を与えるため、世界中の研究者から注目されています。
――どうしてマッデン・ジュリアンというのですか?
名称は、この現象を1970年代に発見した米国の研究者ローランド・マッデン氏とポール・ジュリアン氏にちなんだものです。彼らは、観測データから熱帯域の上空で風や気圧が周期的に変化していることを見つけ、その原因が雲にあると予測しました。その後、人工衛星の観測から実際に積乱雲の群れの動きが存在することが確認されました。
――佐々木さんは、なぜMJOの再現をしようと考えたのですか?
実は私の専門はMJOではなく、数値モデルを使ったエルニーニョ現象の解明です。そのエルニーニョ現象の発生のトリガーとなるのがMJOではないかと指摘されているため、その再現を試みました。
――MJOがエルニーニョ現象発生のトリガーに?
ふだん太平洋赤道域では、貿易風によって暖かい海水が、西へ吹き寄せられています(図2左)。しかし数年に一度、貿易風が弱まることによって、西に吹き寄せられていた温かい海水が、つっかえ棒が外れたように東へ広がっていき、エルニーニョ現象が発生します。その貿易風を弱める働きをするのが、MJOの巨大雲群が東へ進む際にしばしば海面付近に伴う強い西風「西風バースト」だと言われているのです(図2)。
他にも、MJOは赤道をはさんで南北に雲の渦をつくり、台風の種にもなります。
――そうなのですね。
しかし、そうした現象におけるMJOの役割は詳しくわかっていません。なぜならMJOがこれまでに現場で観測されたのはたった数例で、そもそも発生メカニズムも挙動も謎に包まれているからです。
だから私はまず、シミュレーションでMJOを再現しようと研究を始めました。
大気も海洋も表現するモデルMSSG
――シミュレーションは、どのようにするのですか?
シミュレーションでは、まずコンピュータ上に仮想の地球と大気をつくります(図3)。その大気を細かな格子に区切り、それぞれの格子点に、初期値としてある時点での気温、湿度、気圧、風向き、風速などの値を割り当てます。
それらの値がどのように変化するのかを、物理法則に基づき計算していきます。そして計算結果を専用のアプリケーションで可視化します。
こうしたシミュレーションをできる限り現実に近く再現するには、いかに正確に大気や海を計算できるか、つまりモデルがカギを握ります。
――モデルが根本的に重要なのですね。
様々なモデルを使った研究が進む中、2007年には大気モデルを使ったシミュレーションでMJOが再現されました。ただ、その大気モデルに組み込まれているのは、名の通り、大気の流れや水蒸気量、気温など“大気のみ”の変化。大気と海洋との相互作用は組み込まれていませんでした。
――大気と海洋の相互作用とは、何ですか?
現実の地球上では、大気は海洋に、海洋は大気に影響を与え、大気と海洋の境界では熱エネルギーや運動エネルギーなどが常に交換されています。たとえば海面水温が高ければ海が大気をあたため、風が吹けば海面の水が動きます。雨が降れば海水の塩分が変わります。
そうした相互作用を組みこんだモデルを使えば、MJOの再現精度はさらに上がるはず。そこで私が注目したのが、「大気海洋結合モデル」(MSSG;Multi-Scale Simulator for the Geoenvironment;通称メッセージ)です。JAMSTECが独自に開発した気候モデルで、大気と海洋の相互作用が組み込まれています。
――大気海洋の相互作用を組み込むとは、どのようにするのでしょうか。
大気モデルで少し先の大気の気温や湿度、風向風速、降水量などを予測して、その予測情報を海洋モデルに渡します。海洋モデルは受け取った条件のもと少し先の海面水温、温度、流向流速などを予測して、その予測情報を大気モデルに渡します。これを繰り返して大気と海洋の状態を予測します(図4)。
――順繰りに計算をこなしていくのですね!複雑な計算が大量にありそうです。
確かに計算は複雑ですし莫大な量になりますが、MSSGは、横浜研究所にあるスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」(写真2)上で計算の性能を最大限に発揮するように設計されているので大丈夫です。
――そのMSSGを使って、どんなシミュレーションをしたのですか?
2006年から2007年に発生したMJOの再現を試みました。初期値には、アメリカの国立環境予測センターで公開されている大気の同化データと、JAMSTECの海洋の同化データを使いました。同化データとは、観測データを数値モデルの中に混ぜ込んで再計算したデータです。格子は10km間隔で区切り、数秒ごとに計算しました。
――シミュレーションに伴う作業は、どこで行うのですか?
「地球シミュレータ」が設置されている横浜研究所の「地球シミュレータ棟」の、隣の建屋にある自分のデスクで行います。「地球シミュレータ」を利用するプロジェクトに携わる研究者は自分のPCからネットを経由して「地球シミュレータ」にアクセスできます。(図5)
準備からシミュレーションの実行、結果が出るまでにかかる日数は、1週間程でしょうか。結果がでては試行錯誤を繰り返します。
どれくらい正確? 比べてみよう
――そうして再現したMJOが、シミュレーション1なのですね。
はい。MJOが再現できているか確認するときには、まず“積乱雲の塊が東へ進んでいるか”に注目します。今回は、インド洋でたっぷりと蓄えられた水蒸気が水平に数百kmの積乱雲の塊となり、そして巨大雲群が東へ移動していく様子が再現できています(図6)。
――しっかり東へ進んでいますね。
実際の衛星画像に対して、大気モデルとMSSGの結果を並べてみましょう(図7)。
――素人目には、大気モデルもMSSGもMJOをよく再現できているように見えます…。
そう、全体的な様子は、MSSGも大気モデルも大差がないように見受けられます。最初にこれを見たとき、私は正直がっかりしました。「大気モデルと海洋モデルを結合させるメリットはあるのかな」と。
ところが詳細な解析を進めていくと、大気モデルとMSSGでは、明らかな差が見えてきたのです。
――どんな差ですか?
特に顕著な差が見られたのが、インドネシアの島々の周辺における1時間あたりの降水量です。衛星観測データ、MSSG、そして大気モデルで比べた図8を見てください。
――MSSGの方が、衛星観測データに近いようです。
はい、衛星観測データと比較すると、大気単体モデルは約20%低かったのですが、大気海洋結合モデルでは4%の誤差に改善しています。
また、MJOの積乱雲に伴う西風バーストも、大気モデルよりMSSGの方がよく再現できました。
――MSSGは細部までしっかり再現できた、ということですね。
MSSGは大気・海洋の相互作用を考慮してきちんと計算したことで、海面水温の変化がうまく再現でき、したがって降水量も再現できたのだと思います。
MJOの解明と予測精度向上へ
――今後はどのような研究をされる予定ですか?
今回の成功は、MSSGを使えばMJOに伴う積乱雲の動きと海洋の変化を1ヶ月先まで予測できる可能性を示しました。こうしたシミュレーションを積み重ね、エルニーニョ現象を始め気候変動にMJOがどのような役割を果たすのかを明らかにしていきたいと思います。そうすることで、気候変動予測の精度が必然的に向上していくものと考えています。
――人々の生活、そして社会に役立つ重要な研究ですね。ありがとうございました。