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プレスリリース

2017年 3月 31日
国立研究開発法人海洋研究開発機構
気象庁気象研究所

全球高解像度シミュレーションにより台風予測精度が向上
―複数のモデルと多数の事例で高解像度化の効果を定量的に確認―

1.概要

国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)ビッグデータ活用予測プロジェクトチームの中野満寿男特任技術研究員、地球情報基盤センターの大西領グループリーダー、気象庁気象研究所予報研究部の吉村裕正主任研究官らの共同研究グループは、3つの全球7kmメッシュモデル(以下「7kmモデル」)と気象庁の全球予報モデルと同等の仕様を持つ全球20kmメッシュモデル(以下「20kmモデル」)を用いて、JAMSTECのスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上で137ケースの台風進路・強度の予測を行い、解析値との誤差を比較しました。進路予測の誤差は予測時間とともに大きくなりますが、全ての7kmモデルで、20kmモデルに比べて進路予測誤差が5-20%小さくなり、3つの7kmモデルの予測結果を平均すると、5日予測の進路予測誤差は20㎞モデルに比べ26%小さくなりました。これは20kmモデルの4日予測の進路予測誤差と同程度まで小さくできたことになります。また、2つの7kmモデルでは進路だけではなく、台風強度予測についても改善がみられました。

全球10㎞以下のメッシュサイズの高解像度数値モデルを用いた台風予測の改善への取り組みは、世界でも少なく、本研究の成果は、将来の全球数値モデルによる台風予測改善への貢献が期待されます。今後、共同研究で得られた結果の詳細な解析や、ひまわり8・9号などの最先端の「観測ビッグデータ」との比較により、本研究グループは台風予測の更なる精度向上を目指した研究を推進していきます。本成果のNICAMモデルを実行して得られた知見は、今後ポスト「京」重点課題4「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」の研究にも大きく役立てられます。

本成果は、欧州地球科学連合の専門誌「Geoscientific Model Development」に3月31日付け(日本時間)で掲載される予定です。

タイトル:Global 7-km mesh nonhydrostatic Model Intercomparison Project for improving TYphoon forecast (TYMIP-G7): Experimental design and preliminary results
著者:中野満寿男1、和田章義2、沢田雅洋2、吉村裕正2、大西領1、川原慎太郎1、佐々木亘1、那須野智江1、山口宗彦2、入口武史2、杉正人2、竹内義明2
1. JAMSTEC、2.気象庁気象研究所
http://www.geosci-model-dev.net/10/1363/2017/

2.背景

日本には台風が毎年のように襲来し、甚大な災害をしばしば引き起こすため、台風の進路・強度をできるだけ早い段階から高精度に予測することが求められています。計算領域を事前に設定する必要のない全球数値予報モデル(コンピュータ上で気象をシミュレーションするプログラム)は、台風予測の強力なツールであり、世界各国の気象機関では、台風など気象予測の精度向上を目指して、全球数値予報モデルの高度化を進めています。昨今のスーパーコンピュータの高速化により、モデルの高解像度化(メッシュサイズを細かくすること)が進んだことなどで、台風の進路予測の誤差は小さくなってきています(※1)。その一方で強度予測はほとんど改善が見られません。これは、台風の中心付近の細かいスケールの雲の振る舞いなどが適切に表現できていないからとされており、改善のためには数kmメッシュより高解像度のモデルが必要とされています。

現在、世界で運用されている全球数値予報モデルの中では9kmメッシュが最も高解像度ですが、従来型のモデルでは、様々な問題(※2)によりこれ以上解像度を上げることが難しいことが知られており、世界中でさまざまな研究が進められています。JAMSTECでは、「地球シミュレータ」(※3)を利用して、正20面体格子を用いるNICAM(※4)と、陰陽(いんやん)格子を用いるMSSG(※5)という2つの次世代型高解像度全球モデルを開発して、研究に用いてきました。一方、気象研究所では、気象庁の全球数値予報モデルをベースにしたDFSM(※6)とよばれる次世代型高解像度全球モデルの開発を進めています(図1)。

私たちの研究グループでは、3つの次世代型高解像度全球モデルの解像度を7kmに揃え、統計的に十分な数の台風事例についてシミュレーションを行うことにより、高解像度化による予測精度向上を定量的に評価することを考えました。複数のモデルを用いて、多数の台風事例に関して数値シミュレーションを行うことにより、モデル固有の特性や、個々の事例の特殊性による系統的な誤差を把握することができます。また、モデル間の相互比較を行うことにより、精度向上の鍵となる要因を抽出することができます。今回の共同研究では、3つの7kmメッシュの次世代型全球モデルNICAM、MSSG、DFSMと20kmメッシュの従来型全球モデルGSMを用いて、24個の台風についての5日先までの予測計算を、初期値を変えることによってトータルで137ケース行い、予測結果を気象庁の解析値(ベストトラックデータ)と比較しました。このような、複数の次世代型高解像度全球モデルを用いた数値シミュレーションはたいへん規模が大きいため、「地球シミュレータ」のような高速なスーパーコンピュータを用いて初めて可能となるものです。

3.成果

進路予測誤差は、どのモデルでも予測時間が長くなるほど大きくなりますが、全ての7kmモデル(DFSM、MSSG、NICAM)で20kmモデル(GSM)と比べて誤差が小さくなりました。120時間(5日)予測における20kmモデルの誤差は600kmですが、3つの7kmモデルによる予測の誤差は20kmモデルの誤差よりも30-120km(5-20%)小さくなっています。このことはモデルの高解像度化によって進路予測が改善することを示しています。さらに、3つのモデルの進路予測の平均を取ると、最も予測誤差が小さく、120時間(5日)予測において20㎞モデルの誤差よりも155km(26%)小さくなりました。つまり、複数のモデルを用いることでさらに進路予測誤差を低減できることを示しています。このときの5日予測誤差の大きさは、20kmモデルの4日予測誤差と同程度です(図2)。

強度予測については、20kmモデルは観測よりも中心気圧を高く(台風の強度を弱く)予測する傾向があります。これはモデルの解像度が粗いため、台風の強度に大きな影響を及ぼす細かいスケールの雲などの振る舞いが適切にシミュレートできていないからと考えられます。3つの7kmモデルのうちの2つ(NICAM、MSSG)では、中心気圧の予測が20kmモデル(GSM)よりも改善することがわかりました。MSSGでは20kmモデルに比べて中心気圧を高くする傾向が弱くなり、誤差が小さくなっています。NICAMは、予測時間後半にやや中心気圧を低く(台風強度を強く)予測する傾向がありましたが、20kmモデルよりは誤差が小さくなっています。もう1つの7㎞モデル(DFSM)では、中心気圧を低く(台風強度を強く)予測しすぎ、20kmモデルよりも誤差が大きくなってしまいました(図3)。このように、同じ解像度でも予測傾向に差が出ることは、今後のモデル改良にとって非常に有益な情報となります。

暴風域(25m毎秒以上の風の領域)の大きさの予測については、計算開始の時点で暴風域の半径が80-90km小さい誤差があり、初期値の改良が必要であることがわかりました。GSMは初期時刻に存在する誤差をほとんど小さくできない一方で、3つの7kmモデルはいずれも誤差を小さくする傾向がありました。(図4)。一方、各モデルで表現されている台風の構造をみると、 GSMに比べて7㎞モデルでは強い降水が予測されており、暴風域も予測されていましたが、強い雨の分布や暴風域の分布がモデル間で大きく異なることが分かりました(図5)。このような構造の違いが何によってもたらされるのかを理解することは、今後のモデル改良につながります。

4.今後の展望

台風強度の予測精度には、台風中心付近のスケールの小さい雲のふるまいなどが影響するため、モデルの高解像度化により台風強度の予測精度が改善することが期待され、実際今回の実験結果で、そのことを確かめることができました。一方で、台風の進路には大きなスケールの風の流れが影響を与えることから、さらなる高解像度化によって台風進路の予測精度が改善するかどうかは自明ではありません。今回の実験結果は高解像度化により進路予測が大幅に改善しており、この原因やプロセスを今後明らかにすることにより、さらに予測精度を高めることにつながる可能性があります。また、3つの7kmモデルで表現される台風の構造の違いは予想を大きく上回るものでした。モデルの台風の構造には、雲や、海面との熱交換、接地境界層(地表面から高度約1km)などの物理過程のモデルにおける扱いの違いが大きく影響します。例えば、DFSMでは、雲の表現方法を変更することで、図3で見られた台風強度を強く予測しすぎる傾向が改善することが分かってきました。今後も研究グループでは、今回得られたシミュレーションデータを、ひまわり8・9号などの「観測ビッグデータ」と比較するなど詳しい解析を行うとともに、「地球シミュレータ」を十分に活用することで、台風予測の精度向上に資する高解像度全球モデルの研究を推進します。

なお、本研究は平成27年度地球シミュレータ特別推進課題ならびに平成28年度地球シミュレータ公募課題「複数の次世代非静力学全球モデルを用いた高解像度台風予測実験」(課題責任者:竹内義明・気象研究所)のもと行われたものです。また、文部科学省によるHPCI戦略プログラム分野3「防災・減災に資する地球変動予測」、ポスト「京」重点課題 4「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」、JSPS科学研究費補助金の基盤研究B「台風進路予測の変動メカニズムの解明」(研究代表者:榎本剛・京都大学、連携研究者:中野満寿男、課題番号26282111)、基盤研究C「西太平洋における台風初期渦の実態と発達条件の明確化」(研究代表者:那須野智江・JAMSTEC、課題番号26400475)、および基盤研究C「台風強度予測精度向上のための台風強化停止プロセスの解明」(研究代表者:和田章義・気象研究所、課題番号15K05292)の支援を受けて行われました。

※1 台風の進路予測の誤差は小さくなってきています:

たとえば気象庁では1997年には全球60kmメッシュのモデルを運用しており、30時間後の進路予測誤差は約200kmだった。2014年には全球20kmメッシュのモデルを運用しており,30時間後の誤差は約120kmまで小さくなっている。誤差が小さくなった理由については、モデルの高解像度化だけでなく、衛星観測データなど「観測ビッグデータ」の活用による、初期値の改善も大きく寄与している。

※2 様々な問題:

鉛直方向の大気の運動スケール(対流圏では約10km)に比べて水平方向のスケールが十分大きい仮定(静力学平衡近似)が成り立たなくなるため、この近似を使わないようにする必要があることなどが挙げられる。これらの問題を解決したモデルを次世代型モデルと本発表では記したが、専門用語では非静力学モデルという。

※3 地球シミュレータ:

JAMSTEC横浜研究所に設置されているスーパーコンピュータ。2002年に運用を開始し、現在のシステムは2015年6月から運用を開始した第三世代目のもの。

※4 NICAM(Nonhydroscatic ICosahedral Atmospheric Model):

地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することにより高精度の計算を実現した全球気象・気候モデル。従来の全球モデルでは、高気圧・低気圧のような大規模な大気循環と雲システムの関係について、なんらかの仮定をおいて計算しており、不確実性の大きな要因となっていた。NICAMは主に水平解像度870 m から 14 kmの範囲で運用されており、870 m ~ 3.5 km の超高解像度を用いる場合は全球雲解像モデル、7 km ~ 14 kmの解像度を用いる場合は全球雲システム解像モデルと呼ばれる。
参考成果:
平成27年1月20日既報:「台風発生の2週間予測が実現可能であることを実証
―台風発生予測の実用化に向けた第一歩―」
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20150120/

※5 MSSG(Multi-Scale Simulator for the Geoenvironment):

地球全体、特定の地域、さらに特定の都市や街区など、様々なスケールの大気現象と海洋現象を計算することのできるマルチスケール大気海洋結合モデル。一般的な気象・海洋モデルでは、全球スケール(地球全体)、メソスケール(特定の地域)、都市スケールについて、それぞれに異なるモデルが使用されている。MSSGは、これらのスケールを単一の数値モデルで取り扱うことにより、異なるスケールの間の相互作用を再現することが可能なモデルとして開発が進められている。NICAMと同様、地球全体で雲の発生・挙動を直接計算することができる。本研究では大気モデルだけを用いた。
参考成果:
平成28年 10月 11日既報:「大気と海洋の相互同時計算による気象・気候予測精度の向上へ
―高解像度大気・海洋結合モデルを用いてマッデン・ジュリアン振動を再現―」
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20161011/

※6 DFSM(Double Fourier Series Model):

気象庁全球数値予報モデルGSMを元に、高解像度にした時の実行時間を大幅に短縮するために、スペクトル法で波に変換する際にルジャンドル変換の代わりに高速フーリエ変換を用いるよう変更を行ったモデル。GSM同様、現業気象予報を目的としているため、計算の高速性、安定性、全球的な予報精度を重視して開発されている。例えば、より大きな時間ステップをとって効率的に計算を行う手法が使われている。さらに、DFSMでは静力学平衡近似をやめる変更も行っている。

研究で用いた3つの7km全球大気モデル
図1

図1:本研究で用いた3つの次世代型高解像度全球モデル。それぞれメッシュの切り方に特徴がある。

予測時間ごとの中心位置の予測誤差
図2

図2:従来型全球20㎞モデル(黒線)と3つの次世代型全球7㎞モデル(赤、緑、青線)による、予測時間(横軸、単位:時間)に対する進路予測誤差(縦軸、単位:km)。灰色の棒グラフは事例数(右縦軸)。進路予測誤差は予報時間が大きくなるとともに大きくなるが、20kmモデルGSMに比べて3つの7kmモデル(DFSM, MSSG, NICAM)は誤差が小さくなっている。さらに、3つの7kmモデルの予測を平均した場合(MME:水色線)は最も誤差が小さい。

予測時間ごとの中心気圧の予測誤差
図3

図3:従来型全球20㎞モデル(黒線)と3つの次世代型全球7㎞モデル(赤、緑、青線)による、予測時間(横軸、単位:時間)に対する中心気圧予測誤差(縦軸、単位:hPa)。水色線(MME)は3つの7kmモデルの予測を平均した場合。色の棒グラフは事例数(右縦軸)。GSMは中心気圧を大きめに(台風強度を弱めに)予測する傾向がある。MSSGとNICAMも誤差はあるがGSMよりは小さい(0に近い)。DFSMは予測時間とともに中心気圧を小さめに(台風強度を強めに)予測する傾向がある。

予測時間ごとの暴風域半径の予測誤差
図4

図4:従来型全球20㎞モデル(黒線)と3つの次世代型全球7㎞モデル(赤、緑、青線)による、予測時間(横軸、単位:時間)に対する25m毎秒以上の風の領域(暴風域)の半径の予測誤差(縦軸、単位:km)。水色線(MME)は3つの7kmモデルの予測を平均した場合。灰色の棒グラフは事例数(右縦軸)。初期時刻(予測時間0時間)においてすでに暴風域半径を80-90km過小評価しており、初期値の改善が必要である。GSMは初期の誤差を小さくすることはないが、7㎞モデルは初期の誤差を小さくする傾向がある。

海面気圧、降水量、暴風域の96時間予測の各モデルごとの例
図5

図5:2013年10月10日6時(協定世界時)初期値の台風第26号の海面気圧(黒線)、降水量(色)、25m毎秒以上の風の領域(暴風域:赤線)の96時間(4日)予測。気象庁ベストトラックデータによると、この時(2013年10月14日6時(協定世界時))の台風第26号の中心気圧は940hPa、最大風速40m毎秒、暴風域の半径220km。GSMに比べて7㎞モデルでは強い降水が予測されており、暴風域も予測されているが強い雨の分布や暴風域の予測がモデル間で大きく異なることが分かる。

(本研究について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 ビッグデータ活用予測プロジェクトチーム
特任技術研究員 中野 満寿男
国立研究開発法人海洋研究開発機構 地球情報基盤センター 先端情報研究開発部
地球シミュレーション総合研究開発グループ
グループリーダー 大西 領
気象庁気象研究所 予報研究部第一研究室
主任研究官 吉村 裕正
(報道担当)
国立研究開発法人海洋研究開発機構
広報部 報道課長 野口 剛
気象庁気象研究所
企画室(広報担当)
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