2017年 8月 1日
2017年 8月 31日 変更
国立研究開発法人海洋研究開発機構
有限会社エヌエスデザイン
1.概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)と有限会社エヌエスデザイン(代表取締役 根岸 弘、以下「エヌエスデザイン」)は共同で、ナノエマルション(※1)を10秒以内で効率よく製造できるプロセスMAGIQ(Monodisperse nAnodroplet Generation In Quenched hydrothermal solution、2013年5月14日既報)を利用した超小型乳化装置「MAGIQ on a Chip」の開発に向けて、共同研究契約を締結し、試作機の製作に向けた共同開発を本格的に開始いたします。
中小企業庁「平成28年度補正革新的ものづくり・商業・サービス開発支援補助金事業」に採択されたことを受けて行う本プロジェクトでは、半導体製造に用いられる最先端の微細加工技術によって深海熱水噴出孔(図1)の高温・高圧環境を手のひらサイズの金属チップ内に再現することで、大幅な小型化を図ったMAGIQ装置の実用化をめざして共同開発を行うものです。今後、試作機の製作・性能評価を進め、2019年4月をめどに製品化する予定です。
2.背景
意見の食い違う二人を「水と油の関係」と呼ぶように、水と油は互いに混ざり合わない物質の典型です。しかしながら、一方を微細な液滴として他方に分散させることにより、両者を混合(乳化)させて使用することが可能になります。こうしてできた液体は「エマルション」と呼ばれ、乳脂肪を直径数マイクロメートルの油滴として水に分散させた牛乳をはじめ、食品、医薬品、化粧品、化学、農業、印刷、塗料、インク、石油などの多様な産業分野で広く使用されています。このエマルションに含まれる油滴の大きさをナノメートルサイズにまで小さくしたものが「ナノエマルション」です(図2)。油滴を極限まで小さくすることにより、化粧品の肌への浸透性を高める、医薬品の効果をより的確なものにする等、新たな機能を生み出すことが期待されています。
通常、ナノエマルションは外部から加えたエネルギーによって大きな油滴を繰り返し微細化し、ナノサイズにまで小さくしていく「トップダウン方式」(図3上)で製造されます。しかしながら、油滴のサイズを順次小さく砕いていくトップダウン方式で100ナノメートルよりも小さい油滴を作るには熟練した技術や知識が必要となることから、ナノエマルションをベースにした製品開発にはノウハウの蓄積や膨大な試行錯誤が必須でした。
3.深海熱水噴出孔にヒントを得たナノ乳化技術「MAGIQ」
こうした状況を変えたのが、JAMSTEC海洋生命理工学研究開発センターの出口茂研究開発センター長らが、深海熱水噴出孔にヒントを得て開発したナノ乳化技術MAGIQです。深海熱水噴出孔のような高温・高圧の極限環境では、水の性質すらも大きく変化し、油と自由に混ざり合うようになります(超臨界水※2)。MAGIQは、こうした超臨界水の持つ特異な性質を利用し、水と油が均一に混ざり合った高温・高圧溶液を室温まで一気に急冷することで油分子を集合させて液滴化する「ボトムアップ方式」(図3下)によってナノエマルションを製造することに世界で初めて成功しました。JAMSTECが独自に開発したこの画期的なプロセスでは、油滴サイズが100ナノメートル以下の透明度の高いナノエマルションを、水と油を混ぜてからわずか10秒で製造可能です。
4.熱水噴出孔を手のひらサイズで実現した「MAGIQ on a Chip」
JAMSTEC海洋生命理工学研究開発センターでは、MAGIQ技術の普及に向けたオープンイノベーションプラットフォームの整備に力を注いできました。2016年3月には、高温・高圧装置の設計・製作メーカーとして国内トップクラスの技術力を誇る株式会社AKICO(代表取締役社長 相澤 智)と共同で、特別な専門知識がなくても安全に取り扱えるように設計された、毎時1 ~ 3 L程度の製造能力を持つ高温・高圧ナノエマルション製造装置「SFW-E40S」を上市しました(図4、2016年1月19日既報)。また科学技術振興機構の支援を受けて、2016年10月からは機能性食品素材の商業生産に向けて製造能力を10倍に引き上げることを目指したスケールアップ実証を進めています(2016年10月3日既報)。
研究開発現場の最先端ニーズを捉えた試作機器、試験機、測定機などの設計・制作・販売を行っているエヌエスデザインと共同で開発を進める手のひらサイズの超小型乳化装置「MAGIQ on a Chip」は、製造能力を従来装置の1/100程度に抑える一方で、少量のサンプルを厳密に制御されたプロセス条件(温度や圧力)で処理することにより、超高品質なナノエマルション製造の実現を目指します。「MAGIQ on a Chip」によって、MAGIQを利用した研究開発段階での条件検討や試作品製造が大幅に効率化されるだけでなく、生物由来材料等の希少原料を用いたバイオ・メディカル用途に向けた機能性ナノ材料の開発への応用が実現されるなど、MAGIQの普及が飛躍的に進むことが見込まれます。
4.今後の展望
JAMSTECとエヌエスデザインは、現在、装置の基本設計や特殊加工技術の選定を進めています。今後は試作機の製造と性能評価、さらなる性能向上に向けた設計・装置改良、製造プロセスの見直しなどを経て、2019年4月をめどに製品化する予定です。
本共同開発に関する知財情報は以下の通りです。
特許第5943455号、「乳化物の製造方法」
登録日:2016年6月3日
発明者:出口 茂、伊福菜穂
特許権者:JAMSTEC
特許第6124485号、「乳化物の製造装置」
登録日:2017年4月14日
発明者:出口 茂、伊福菜穂
特許権者:JAMSTEC
商標登録番号第5876623号、「MAGIQ」
登録日:2016年8月26日
権利者:JAMSTEC
商願2017-72336号、「MAGIQ on a chip」
出願日:2017年5月30日
出願人:JAMSTEC
※1 ナノエマルション
直径が20~200ナノメートルの油滴を水に分散(あるいは水を微細な水滴として油に分散)させたもの。エマルションとは「乳を搾る」を意味するラテン語を語源とする。1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1。
※2 超臨界水
218気圧、374 °Cよりも高温高圧状態の水。水は地上(1気圧)では100 °Cで沸騰するが、水深100m(10気圧)では180 °C、水深1000mでは312 °Cにまで高くなる。ところが218気圧(水深約2200メートル)、374 °Cに達すると液体と気体の区別がつかない状態となり、水はいくら温度を上げても沸騰しなくなる。このような水の状態を「超臨界水」と呼び、本来水には溶けない油が超臨界水には溶けるなど、常温・常圧の水とは異なる性質を示す。深海の熱水噴出孔のような高温高圧環境では超臨界状態の水が天然に存在している。
図1 深海の熱水噴出孔から吹き出す熱水。場所によっては熱水の温度が400°Cを超える。
図2 (写真左)MAGIQで得られた透明度の高いナノエマルション。透明または半透明。
(写真右)直径数マイクロメートルの油滴からなる通常のエマルション。白濁している。
図3「トップダウン」と「ボトムアップ」によるエマルションの生成プロセス
図4 株式会社AKICOより販売中のナノエマルション製造装置「SFW-E40S」。