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研究概要

北極域研究船を活用して取り組むことができる主な研究テーマについてご紹介します。

  • 北極海では、地球温暖化に伴って急速な環境変化が進んでいます。その影響は生態系や人間社会、その生活にも及ぶことが知られるようになってきました。環境変化の実態とそこで起きている過程を理解し、将来の環境変化を予測することが急務ですが、そのために必要なデータは、海氷が存在するために著しく不足しています。
  • 北極域研究船「みらいⅡ」は、海氷が存在する海域でも観測データが取得でき、新たな知見を得ることができる研究船です。以下に示すような研究課題に着目した国際共同観測研究を推進するとともに、国際プロジェクトの中心的役割を担いそのデータベース構築に貢献するなど、“国際研究プラットフォーム”として運用していきます。

1. 海洋内部(熱・水・物質循環)の実態解明

北極海では、温暖化と海氷減少に伴って、海洋に蓄えられる熱量・淡水量が変化し、海洋循環の変動や水塊特性の変質がすでに観測されています。また北極海は陸域と太平洋・大西洋の間に位置することから全球物質循環の要所でもあります。

北極海を横断・広くカバーする高精度・多項目の海洋観測を実施することで、急速に変化する北極海内部の熱・水・物質循環を明らかにし、その生態系や気候変化への影響評価に資することは、北極海観測の基礎でもあり、日本そして北極域研究船に求められている観測とも言えます。

JCAR北極域研究船利用計画WG作成

2. 大気-海氷-海洋相互作用の解明

海氷を介する相互作用の解明は、北極海の環境変化を理解するためには不可欠ですが、そのプロセスは複雑で、かつ観測が難しいために、理解が進んでいません。

海氷上の現場観測や漂流ブイを用いた自動観測、氷縁域でのドローンやブイなどを用いた海氷・波浪・海洋観測を行うことで、大気-海氷-海洋間の熱・物質輸送や海氷・海氷下の生物活動の実態、波浪に伴う海氷変動や海洋混合過程の理解が進み、海氷が関係する環境変化の予測の高度化に繫がります。

海氷上の渦相関大気−海氷間CO2フラックス装置設置の様子(ArCSIIホームページより) https://www.nipr.ac.jp/arcs2/project-report/2022-chars/
氷縁域での氷盤設置波浪計の設置の様子
JCAR北極域研究船利用計画WG作成資料より

3. 生物生産・生態系の変化の理解

温暖化に伴う海氷減少により海氷の生成・融解に大きく左右される北極海の生物生産および生態系は大きな変化が起きています。変化を明らかにし、環境変化および人間活動に対する脆弱性に関する知見を蓄積することが、生態系の理解・管理にとって急務です。
これらの目的を達成するために、海氷がない海域(開放水面域)から海氷域までをカバーする現場観測・試料採取を行います。採取した試料の分析や実験を通じて、生態系(多様性と脆弱性)の解明を目指します。

上) 北極海を流れる海氷  下) アイスアルジーを含む海氷
海氷・海洋生態系と物質循環に関する模式図 JCAR北極域研究船利用計画WG作成

4. 気象・気候・大気物質輸送の観測研究

北極域の気象・気候の変化の影響は、北極域にとどまらず日本を含む中・低緯度にも及ぶことが知られるようになってきました。また中低緯度での人間活動や森林火災などにより大気中に放出されたススや化学物質が北極域にまで達し、環境変化に影響を及ぼしていることが危惧されています。しかし海上の観測は限られており、知見が少ない状況です。詳細かつ高精度な気象・大気化学観測を行い、その知見を早く広く公開・共有することが求められています。

上) みらい北極航海中に 観測した ブラックカーボン (Taketani et al. 2016)、下) 電子顕微鏡で観察したBCの混合状態(北極海上で採取)

5. 海氷下観測のための機器開発

さまざまな手段で観測が進む北極海域ですが、海氷直下の情報をその状態を乱すことなく得ることは、今なお困難です。海氷下面の氷の状態や、海氷-海洋間の相互作用、海氷下の生物活動などは未知の問題として残されています。

海氷下の観測を可能とするために、海氷下を自律的に航行しデータや試料を取得できる観測システムの開発や、これに関係する基礎研究を進めます。開発された観測システムは、北極域研究船「みらいⅡ」に搭載し、北極海の海氷下での観測に使用することを目指します。

(上)ドローンを用いた海氷観測システムの模式図、(右下)北極海での試験の様子

6. 北極域の古環境復元と気候への役割の理解

全球気候における北極域の大気・海洋・雪氷が果たす役割を理解するには、現在の環境を調べるとともに、過去の環境を復元しその役割を明らかにすることも有益です。例えば、温暖化・寒冷化に伴う雪氷変動と海水面変動の関係性の理解や海洋循環の変化の解明は、過去の人類の活動の理解や将来気候予測の精密化につながります。

海底堆積物コアを取得し、過去の北極海の海氷・氷床分布や海流系を復元します。これにより北極海における海氷分布の規制因子を明らかにしたり、北極海やその周辺域の地史を明らかにします。

約2万年前の最終氷期最盛期の北極海周辺における氷床分布の推測図。Spielhagen (2001)より
「みらい」での海底堆積物サンプリング

7. 氷海航行の安全性と経済性の向上

氷海航行の実績は(氷のない)通常海域より少なく、船舶の設計・建造、運用・維持管理のもととなるデータが圧倒的に不足しています。また、航行には低温や海氷による危険が伴うとともに、脆弱な環境への配慮が求められるうえ、海氷の状況に対する航路選択によって運航コストも大きく変わります。 

北極域研究船「みらいⅡ」では、不足している氷海航行のデータ及び知見をより多く蓄積し、氷海域での船舶航行における安全性・経済性の向上、専門知識を備えた⼈材の育成などに貢献していきます。

参考文献

  1. 北極環境研究コンソーシアム『「北極域研究船利用計画書」の策定と公表について 』
  2. 川合美千代、田村岳史、渡邉英嗣、西岡純、野村大樹、真壁竜介、溝端浩平、安中さやか(2021)、海洋学の10 年展望2021:極域、海の研究(Oceanography in Japan),30(5),159-178, 2021, doi:10.5928/kaiyou.30.5_159
  3. Arctic Data Archive System (ADS) VISHOP (Satellite data & image data viewer))
  4. ArCS II 北極域研究加速プロジェクト website,プロジェクト報告・成果『極北カナダ・ケンブリッジベイでの国際海氷相互比較研究観測』(2022年6月15日)
  5. Taketani, F., T. Miyakawa, H. Takashima, Y. Komazaki, X. Pan, Y. Kanaya, and J. Inoue (2016), Shipborne observations of atmospheric black carbon aerosol particles over the Arctic Ocean, Bering Sea, and North Pacific Ocean during September 2014, J. Geophys. Res. -Atmosphere, 121, 4, 1914-1921, https://doi.org/10.1002/2015JD023648
  6. Robert Spielhagen (2001), Enigmatic Arctic ice sheets, Nature, 410, 427–428

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