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アプリケーションラボ(APL)

オーストラリアの冬小麦収量を左右するのはインド洋のダイポールモード現象

2015/12/03

1.概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦、以下「JAMSTEC」)アプリケーションラボの袁潮霞外来研究員(南京信息工程大学)と山形俊男上席研究員は最近30年間のオーストラリアの冬小麦収量の年々変動を調べ、インド洋ダイポールモード(IOD)がエルニーニョ現象(ENSO)やエルニーニョモドキ現象(ENSO Modoki)(※1)よりも収量に強い影響を及ぼすことを世界で初めて明らかにしました。正のIODが発生した年には、収量は平均的に28.4%減少し、逆に負のIODが発生した年には収量は平均的に12.8%を増加していました。IODの指標(※2)だけを用いて、収量の年々変動の約40%を説明できることがわかりました。大気海洋結合大循環モデルSINTEX-Fを用いた「季節予測システム」(※3)は衛星による海面水温観測データなどを初期値としてIODの指標を事前に予測していますが、現在の予測水準でも4月1日の時点でその年の収量の年々変動の約15%を予測できることを示しました。季節予測モデルが食糧安全保障において重要な役割を担えることを実証したことになります。

本成果はNature Scientific Reports誌に11月30日付け(日本時間)で掲載されました。

題名:
Impacts of IOD, ENSO and ENSO Modoki on the Australian Winter Wheat Yields in Recent Decades
著者名:
袁潮霞1,2、山形俊男2
所属:
1 南京信息工程大学、大気科学学院
2 JAMSTEC、アプリケーションラボ

2.背景
オーストラリアは世界の主要な小麦輸出国の一つであり、世界の小麦取引の10〜15%を占めます。日本の小麦輸入の五分の一はオーストラリアからですから、日本の食糧安全保障の視点からも重要な穀物ともいえます。オーストラリアの小麦は主に冬小麦であり、4月頃に播種され、11月頃に収穫されますが、その収量は大きな年々変動をします。この変動は、主に小麦栽培時期の気象、特に降水量と地上気温によって支配されます。したがって、この気象要素を数季節前に大気海洋結合モデルにより予測し、それを用いて年々の冬小麦収量変動が予測できれば、季節予測が世界の食料管理や安全保障に重要な役割を果たすことを実証することになります。

これまで熱帯太平洋におけるENSO 現象がオーストラリアの気温と降水に強い影響を与えることから、冬小麦の収量にも大きな影響を及ぼすものと考えられてきました。エル・ニーニョ現象の発生時にはオーストラリアに大規模な干ばつが起きることが多いために小麦の収量が減り、逆にラ・ニーニャ現象の発生時にはオーストラリアの東部の降水量が増えることが多いために、小麦の収量も増えると信じられてきたのです。そのためENSO現象の指標を使って、収量の年々変動を推定する研究が多くなされてきました。しかしENSOの影響は安定せず、「ビッグドライ」と呼ばれる1995以降のオーストラリアの深刻な干ばつはENSO現象によるものではなく、インド洋の正のIOD現象に関わることが最近の研究で明らかになりました。さらに、最近は地球温暖化に伴う海洋温暖化により典型的なENSO現象が少なくなる一方で新たに発見されたENSO Modoki現象が増加し、インド洋では正のIOD現象がより起きやすくなっています。

そこで、熱帯海洋に発生する3つの主要な気候現象がオーストラリアの冬小麦の収量にどのような影響を与えているのかについて正確に知る必要があります。気候変動現象がどのように穀物の収量に影響を与えるのかは農業に関わる人たちだけでなく、食糧安全保障の視点からも重要です。本研究では、気候と小麦の収量の観測データに基づいて、線形相関や線形回帰などの分析方法を使って、IOD、ENSO、ENSOモドキのなかでどの現象が最もオーストラリアの冬小麦に影響を与えているのかを調べました。更にSINTEX-F季節予測システムを利用して、この影響を事前に予測することが可能であるかどうかを調べました。

3.成果
図1aは1980年から2012年まで33年間のオーストラリアの冬小麦の収量を示します。農業技術の発展に伴って、収量は徐々に増加していますが、一方で年ごとに大きな変動もしています。気候変動による収量変動を取り出すために、以下では5年の移動平均からのずれを収量の年々変動と定義します。5年程度では農業技術は大幅には変化しませんから、5年移動平均からのずれはほとんど気候変動によるものと考えてよいためです。こうして得た収量の年々変動とIOD、ENSO、ENSO Modokiの指標(※2)との線形相関係数はそれぞれ-0.64、-0.49、-0.39となります(図1b)。正のIOD現象が発生する年に、冬小麦の収量は平均して28.4%減少し、逆に負のIOD 現象が発生する年に平均して12.8%増加します。エル・ニーニョの場合は20.8%が減少しますが、ラ・ニーニャの場合は6.5%増加します。エル・ニーニョモドキの場合は18.7%減少しますが、ラ・ニーニャモドキの場合は6.9%増加します(図2)。これはIOD、ENSO、ENSO Modoki現象の全てがオーストラリアの冬小麦収量に影響することを示唆しますが、太平洋の気候変動とインド洋の気候変動現象は同じ年に発生することがありますので、それぞれが冬小麦の収量に及ぼす影響は独立ではないと考えられます。例えば、過去の30年間、正のIOD現象は7回発生し、そのうち6回がエル・ニーニョ現象と同じ年、4回がエル・ニーニョモドキと同じ年に発生しました。IOD指標からENSO指標との共同変動部分を除くと、収量の年々変動との線形相関係数は-0.41になります(有意性99%)。一方、ENSO指標からIOD指標との共同変動部分を除くと収量の年々変動との線形相関係数は-0.08まで下がりますから、ENSO指標は収量変動とほとんど線形相関関係を持たないといえます。これはこれまで一般に想定されてきたことを完全に覆す結果です。IODの指標からENSOモドキの指標との共同変動を除いた場合、収量の年々変動との線形相関係数は-0.56になります(有意性は99%)。ENSOモドキの指標からIOD指標との共同変動部分を除くと収量の年々変動との線形相関係数は-0.18に下がります。ENSOモドキの指標との線形相関関係は極めて弱くなることがわかりました。

さらにこの三つの気候変動現象の指標を用いて多重線形回帰分析を行った結果では収量の年々変動の約44%を説明できますが、IODの指標だけを使用しても収量の年々変動の約39%を説明できます。従って、IOD指標はENSOとENSO Modoki指標に比べて、オーストラリアの冬小麦収量に圧倒的に大きな影響を及ぼすことが明らかになりました。

大気海洋結合大循環モデルSINTEX-Fを用いた「SINTEX-F季節予測システム」は国際比較によりIOD指標を予測する最高のシステムの一つであることが認められています。この季節予測システムが過去30年において毎年4月1日に予測したIOD指標を用いて、オーストラリアの冬小麦の収量の年々変動をどの程度事前に予測されていたかを調べたところ、約15%を予測できていたことがわかりました。SINTEX-F季節予測システムは負のダイポールモード現象の予測精度が正のダイポールモード現象よりも低いことから、冬小麦の収量の予測精度を更に上げるには、特に負のダイポールモード現象の予測精度向上に努める必要があることもわかりました。

4.今後の展望
本研究では、過去約30年間の熱帯インド洋と熱帯太平洋に起きる著しい気候変動現象とオーストラリアの冬小麦の収量変動関係を調べました。その結果、インド洋のダイポールモード現象がエルニーニョ現象やや新たに発見されたエルニーニョモドキ現象よりも、オーストラリアの冬小麦の収量に圧倒的に大きな影響を及ぼすことを初めて明らかにしました。更にSINTEX-F季節予測システムにより、IOD指標をはじめとする気候変動指標を種まき前に予測できることから、穀物収量を事前にある程度予測可能であることも示しました。今後は特に負のダイポールモード現象の予測精度向上に注力する必要があることが明らかになりました。

オーストラリアの気候は熱帯海洋に発生する気候変動現象だけではなく、中高緯度の気候変動や南極振動などにも影響されます。今後は、こうした中高緯度の気候変動からの影響を検討する必要があります。

本研究はオーストラリアの冬小麦収量と熱帯の気候変動現象との関係を明らかにしたものですが、より一般的に気候変動現象の予測可能性の視点から食糧安全保障戦略に新たな光を当てたものと言えます。国際連合による持続可能な開発のための2030アジェンダが2016年から新たに実施されますが、その基盤技術として地球観測データに基づく季節変動予測とその予測情報の農業をはじめとする産業応用が極めて重要になっているといえるでしょう。

本研究は、環境省の環境研究総合推進費(2-1405)の支援を受けて行われました。

※ 1
ENSOモドキ現象は山形俊男上席研究員らが発見し、2007年に米国地球物理学連合の学術ジャーナルに発表した熱帯太平洋における大気海洋相互作用現象であり、その時空間特性とテレコンネクションは従来のENSOと違います。詳しくはJAMSTECのENSOモドキのHPを参考してください。
※ 2
本研究でIOD指標は熱帯インド洋における西側の極(東経50-70度、南緯10度-北緯10度)と東側の極(東経90−110度、南緯10度-赤道)の9−11月季節平均の海面水温の平年値からのずれの差で定義しています。なお、このIODは山形俊男上席研究員ら発見し1999年にNature誌に発表した現象です。ENSO指標は熱帯太平洋におけるNiño3海域(西経90−150度、南緯5度—北緯5度)の12—2月季節平均の海面水温の平年値からのずれで定義されています。ENSO Modoki指標は熱帯太平洋に三つの極A(東経165度―西経140度、南緯10度−北緯10度)、B(西経110−70度、南緯15度−北緯5度)、C(東経125−145度、南緯10度−北緯20度)の6−8月季節平均の海面水温の平年値からのずれを式「A-0.5B-0.5C」に代入して計算します。
※ 3
SINTEX-F季節予測システムはSINTEX-F大気海洋結合モデルを用いて、世界の大気海洋の季節状態の異常を1、2年前に予測するシステムであり、その予測はウェブページで毎月更新し掲示しています。

図1(a)過去33年のオーストラリアの冬小麦の収量(オレンジ色の棒グラフ)とその5年移動平均(黒線)。(b)オーストラリアの冬小麦の収量の年々変動のパーセンテージ (オレンジ色の棒グラフ)とIOD(赤線)、ENSO(青線)、ENSO Modoki(灰色線)の指標。比較を見やすくするために、図ではIOD(赤線)、ENSO(青線)、ENSO Modoki(灰線)の指標値は15倍にしている。

図2(a)IOD、(b)ENSO、(c)ENSOモドキ現象が発生した年のオーストラリアの冬小麦の収量変動の確率分布。赤いバー:正のIOD、エル・ニーニョ、エル・ニーニョモドキ年の収量の年々変動。青いバー:負のIOD、ラ・ニーニャ、ラ・ニーニャモドキ年の収量の年々変動。