2020年11月12日
松岡大祐副主任研究員(付加価値情報創生部門情報エンジニアリングプログラム/国立研究開発法人科学技術振興機構さきがけ研究者)、渡辺真吾センター長代理(地球環境部門環境変動予測研究センター)、佐藤 薫教授(東京大学大学院理学系研究科)らによる論文「Application of Deep Learning to Estimate Atmospheric Gravity Wave Parameters in Reanalysis Data Sets」が、アメリカ地球物理学連合(AGU)のResearch Spotlightに選ばれ、機関誌Eosに取り上げられました。Research Spotlightは、AGUの学術誌22誌において出版された全論文から毎月10件程度が選ばれる注目研究です。
対象となった論文は、画像認識で用いられる人工知能(AI)技術によって、下部成層圏の細かいスケールの大気重力波に関するパラメータを、より下層の対流圏中層における粗いスケールの風や温度、湿度等から精度良く推定することに成功したという内容で、Geophysical Research Lettersに9月23日付けで掲載されたものです。
論文の紹介記事:Modeling Gravity Waves with Machine Learning
大気の重力波は、高い山岳やジェット気流、前線、対流等を起源とし、浮力を復元力とすることで対流圏から高度100km以上にまで伝搬する比較的小さいスケールの波です。運動量を主に鉛直方向に運び、中層大気大循環の維持や赤道大規模振動現象の駆動において重要な役割を担っていることで知られています。1980年代以降、高分解能の大型大気レーダーや衛星観測、重力波解像大気大循環モデルなどを用いた研究により重力波の実態が明らかになるにつれて、その気象予測における重要性が認識されてきました。
重力波の空間スケールは、一般的な気象予測モデルの空間解像度と比べて小さいため、重力波の作用をパラメータ化して取り込む必要があります。これはパラメタリゼーションと呼ばれる手法であり、現在ではほぼ全ての気象予測モデルにおいて用いられています。しかし、重力波起源は同時に複数存在することが多く、また発生メカニズムも非線形で複雑なため、パラメタリゼーションの重力波ソースとして与える運動量フラックスに任意性が高いのが大きな問題となっていました。また、ほとんどのパラメタリゼーションでは、鉛直方向の伝搬のみを仮定しており、背景風等による斜め方向の伝搬が考慮されていないという問題がありました。
松岡副主任研究員らは、画像認識用AIに使用されるディープラーニング技術である深層畳み込みニューラルネットワークを用い、対流圏中層における低解像度(60km)の東西・南北風、温度、比湿データ等から、下部成層圏における高解像度(5km)の重力波フラックスの分布を推定する手法を開発しました(図1)。用いた深層畳み込みニューラルネットワークはU-Netと呼ばれるアーキテクチャをベースとしており、入力データから適切な出力データへ変換するための各種パラメータを、29年分の大気再解析データ(JRA-55およびDSJRA-55)を用いた学習によって最適化しています。
学習に用いていない期間のデータを使用して性能を検証したところ、地形性重力波による細かいスケールの重力波フラックスの分布を精度良く推定することに成功しました(図2)。特に、重力波が強くなる冬季においては、運動量フラックスの最大振幅や東西・南北方向の卓越波数等のパラメータが、真値と推定値とで良く一致することが示されました。今後、ジェット気流や前線、対流等を起源とする非地形性重力波のパラメータ推定への発展や、気候モデルへの組み込みを行うことによって、中層大気の理解に応用されることが期待されます。
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業さきがけ・CRESTの支援を受け、情報計測(計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用)領域の平成29年度さきがけ採択課題「気象ビッグデータからの極端現象発生予測~台風のタマゴ発見から豪雨予測まで~(代表者:松岡大祐)」、平成28年度CREST採択課題「大型大気レーダー国際共同観測データと高解像大気大循環モデルの融合による大気階層構造の解明(代表者:佐藤薫)」、および国際強化支援策によるトロント大学との共同研究において行われました。