トップページ > プレスリリース > 詳細

プレスリリース

ジュニア向け解説

このプレスリリースには、ジュニア向け解説ページがあります。

2014年 10月 20日
独立行政法人海洋研究開発機構

北極域の永久凍土域において
積雪が地温上昇に与える影響を解明

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)地球環境観測研究開発センターの朴昊澤(パク ホーテク)主任研究員は、近年進行する北極の永久凍土の地温変化に対して、積雪の影響が気温の影響より大きいことを、観測データの解析及び数値モデルにより明らかにしました。

近年、温暖化の影響により北極陸域の永久凍土の衰退及び地温上昇が急速に進行しています。地温上昇率は気温より高く、その要因として積雪の影響がこれまでにも指摘されてはいましたが、その詳細な寄与率については未解明の状態でした。そこで今回、数値モデルを用いて、降雪量と気温に変化を与える実験を行い、地温に対する気温と積雪の影響を広範囲かつ定量的に評価しました。その結果、永久凍土域(特に東シベリアとアラスカ)では地温に対する積雪による断熱効果の影響が50%以上と気温よりも大きいことが分かりました。

従来、気温は地温に影響する第一の要素であると言われていましたが、積雪の影響の方が高い地域がある、つまり北極域が地域によって異なる気候的特性を持っていることが示されたことは、まだ明らかにされていない北極域の気候変動の解明に繋がる極めて重要な知見と言えます。今後、温暖化によって凍土域の積雪の変化が予想されていますが、気温変化に加えて積雪の影響が加わることにより、その変化率がさらに増幅する可能性も示唆されます。今後の研究によりそのメカニズムが明らかになることが期待されます。

本成果は、10月14日に米科学誌Climate Dynamicsにオンライン掲載されました。

タイトル:
Effect of snow cover on pan-Arctic permafrost thermal regime
著者名:
朴 昊澤1、A.N. Fedorov2、M.N. Zheleznyak2、P.Y. Konstantinov2、J.E. Walsh3
所属:
1.独立行政法人 海洋研究開発機構 地球環境観測研究開発センター
2.ロシア科学アカデミーシベリア支部永久凍土研究所
3.国際北極圏研究センター アラスカ大学フェアバンクス校

2.背景

北極域は、気候変化の影響が顕著に現れる地域であり、近年の北極海の海氷の減少はその最たる現象です。海氷の減少は、海洋における太陽光の吸収量を増加させ、その熱や水蒸気が大気へと伝播して大気の流れを変え、その結果、北極域だけでなく、周辺の大陸、さらには日本を含む北東アジアの気候にも影響を及ぼすと考えられています。当機構では、地球規模の気候変化における北極域の役割を解明し、地球環境変動について予測精度の向上を図るため、この地域の海・陸・大気に関する総合的な観測研究を行っており、気候変動が北極域に与える影響を調べています。東シベリアのヤクーツク周辺の永久凍土地域では、ロシア科学アカデミーの北方圏生物問題研究所及び永久凍土研究所との共同研究協定に基づき、1998年から気温、降水量、地温・土壌水分等の総合的な観測を行っています。

これらの観測結果などから、近年、北極域の温暖化によって、北極域の永久凍土が急激に衰退していることが分かってきました(2008年01月18日既報)。またその影響により過剰な湿潤状態が作り出され、東シベリアの森林を枯死・荒廃が進んでいることも明らかになりました(2013年 2月 12日既報)。

2007年に発表された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次報告書」によると、北極地域の気温はここ25年で全球平均の2倍近く上昇したことが指摘されており、その結果シベリアを含む高緯度の陸域では地中の温度(地温)の上昇が起こり、凍土融解による地盤沈下が生じるなどの地表面状態の変化をもたらしています。

これら地温上昇を引き起こす直接の原因の一つが、北極域を覆う「積雪」であることはこれまでにも示唆されており、その影響を定量的に評価することが長らく求められてきました。

3.成果

そこで、研究チームでは、20世紀の北極陸域の観測データと陸域の諸プロセスを考慮した陸面過程モデル(※1)と観測データを用いて過去109年間(1901−2009年)、北緯45°以北の地域を対象に、地温に対して積雪の影響がどこで顕著であったのか、どのようなメカニズムでどのくらい影響していたのかを調べました。

まず、東シベリアと北米(アラスカ)のそれぞれにおいて、気温の経年変化に対して地温がどう変化しているかを調べました。東シベリアでは過去100年間で1.5°Cの気温上昇が見られますが、地温の上昇は1.87~2.50°Cと、気温よりもさらに高い上昇率となっています(図1「東シベリア」)。これは気温上昇に加えて1950年以降の深い積雪が地中に対して断熱効果(雪が地表を布団のように覆うことによって地中が暖まりやすくなる)を発揮したためと考えられます。

一方、北米では特に1990年以降において急激に気温が上昇しているにもかかわらず、地温の変化は横ばいか、下がっています(図1「北米」)。同時期の積雪深は急激に減少しており、この積雪深の減少が断熱効果を低下させ、地温の上昇を抑えたと研究チームは考えました。

このことを検証するため、研究チームは数値モデルを用いて、北極域の降雪量に異なるいくつかの条件を与え、地温がどう変動するかを確かめる数値実験(※2)を行いました。その結果、研究チームが考えた通り、北極域では積雪が増えると断熱効果のアップにより地温が上昇し、反対に積雪が減ると地温が明らかに低下していました(図2a、b)。この結果から、まず積雪が地温に影響する一つの要素として働いていたことを端的に現しています。特に、その影響が暖かい南より寒い北の方でより大きかったことが注目すべき点です。

 次に、気温が通常よりも寒冷で、かつ積雪が通常よりも多い場合(図2c)、あるいは気温が通常よりも温暖で、かつ積雪が通常よりも少ない場合(図2d)についても実験を行いました。気温と積雪の両者が競合する条件下では地温にどんな影響があるかを調べるためです。その結果、驚くべきことに、北極の凍土域では気温条件にかかわらず積雪の変化に連動して地温が上下することがわかりました。

さらに、これら積雪の地温に対する寄与率について過去40年間のデータを基に詳しく調べたところ、北極域でも特にアラスカや東シベリアの永久凍土域にその傾向が顕著に見られ、高いところでは寄与率が50%にものぼることがわかりました(図3c)。これは気温の寄与率(図3b)よりも高い結果となっています。また、その傾向は積雪の始まる秋季により顕著であり、その効果は冬季全体に匹敵するほどの大きさを持っていたことがわかりました。他方、アラスカ・東シベリア以外の地域においては気温の寄与率が高くなっており、同じ北極域でも地域によって異なる特性を示すことが明らかになりました。

近年東シベリアと北米の北極海の隣接陸域では、秋季の積雪深の増加傾向が見られています。このような積雪環境の変化が、温暖化による気温上昇とともに凍土域の地温上昇に影響していたことを本成果は示唆しています。

4.今後の展望

本研究では、20世紀に永久凍土域の地温は気温よりも積雪の影響をより強く受けていたことを明らかにしました。地球温暖化の影響に伴い、将来的に東シベリアと北米の凍土域において積雪の増加が予測されています。今回の研究結果から、積雪増加は地温上昇に大きく影響することが十分考えられます。凍土内には多量の炭素有機物と氷塊が存在しており、地温上昇はこれらの分解と融解を促進して、さらに温暖化を促進させる可能性が考えられ(図4)、今後の温暖化研究において積雪の役割が見直しされる可能性も示しています。

また、東シベリアでの積雪の増加はアルベド効果(※4)によって地表面付近の気温低下をもたらし、地域的な寒気形成にも影響を与えることが知られています。シベリアの寒気は大気大循環により、日本を含む東アジアで近年生じている寒波に影響を及ぼすともいわれており、今後さらに北極域の気候変動の研究が進むことにより、高緯度−中緯度間の相互作用の解明にも役立つことが期待されます。

※ 1 陸面過程モデル
陸域の大気−植生−土壌のシステム間で行われる水、熱、及びCO2の循環を物理的及び経験則に基づいて計算するものであり、本研究で用いたCHANGEモデルは、エネルギー収支、植生の生態・生理的プロセス、光合成、及び水文プロセスを統合することによって、プロセス、また要素の変化によって生じる陸域システム内の相互作用及びフィードバックを定量的に評価可能にする特徴を持っている。

※ 2 モデル数値実験
地温に対する気温と積雪の影響を定量的に評価するため、モデルの入力値である降雪量と気温に変化を与えてモデル計算を行った。

※ 3 永久凍土
2年以上連続して凍結した土壌を指す。永久凍土は、図3aで示しているように北半球の大陸の約20%に広がっていて、その面積は12.2–17.0×106 km2に及ぶ。近年温暖化の影響により凍土表層の融解が急速に進行して、湿地の拡大や地表面の変化が確認されており、これらは今後の温暖化によって急速に進行すると予測している。

※ 4 アルベド効果
入射する太陽光が雪によって反射するその比をアルベドと言う。黒い物体はアルベドが小さく光の吸収量が大きいため暖まりやすい。一方、雪は反射率が大きいため、表面の気温が低下する。積雪の面積が拡大する時、アルベドは大きくなり、気温が下がれば地表面の気温低下がさらに進行する。しかし、積雪のアルベドは、積雪自体の変化、すなわち時間経過による雪の構造の変化によってアルベドの低下が生じる。新雪が発生した時、新たにアルベドは高くなる。大気から流入するエアロゾルや不純物の吸着によりアルベドの低下も生じる。近年温暖化や人間活動の増大によって後者の影響が増加していることが報告されている。

図1

図1.観測データと数値モデルによる、東シベリアと北米における109年間(1901−2009)における気温、冬季(12−2月)の平均積雪深、及び地温(3.6mと20.5m)の経年変化。東シベリアにおいては過去100年間で1.5°Cの気温上昇が見られるのに対し、地温(地表面から深さ3.6mと20.5mの地点)の上昇は1.87~2.50°Cと、気温を上回る上昇率となっている。これは、1950年以降の深い積雪による高い断熱効果の影響が考えられる。一方、北米では100年間で1.33°Cの気温上昇に対し、地温は0.68~0.97°Cとそれほど高くない。1990年以降においては気温の急激な上昇にもかかわらず、地温の変化は横ばいか、下がっている。同時期に積雪深も激減しており、積雪による断熱効果が低下したことにより地温が下がったことが示唆される。

図2

図2.北極域の地表から深さ20.5mの地点における、地温に対する積雪変化の影響を評価した数値実験の結果。1981~2009年の平均気温ならびに降雪量を標準値とし、(a)は10~2月の降雪量を標準より30%多くした場合、(b)は30%少なくした場合、(c)は(a)の条件に1911~30年の寒冷条件を与えた場合、(d)は(b)の条件に1991~2009年の温暖条件を与えた場合に、地温について標準値からどの程度増減が見られるか示したもの。降雪量の増減のみの条件を与えた場合(a,b)は降雪量と地温が連動して上下するのはもちろんのこと、降雪量が多く気温が寒冷な条件(c)下でも北極域では地温が高くなる傾向が見られる。逆に降雪量が少なく気温が温暖な条件(d)下では地温が下がる結果となり、地温に強い影響を与えるのは気温ではなく降雪量であることがわかる。

図3

図3.北半球の凍土の分布図(a)、1971−2009年における3.6mの地温変動に対する気温(b)と積雪(c)の各寄与率を示したもの。北極域のうち、特に東シベリアとアラスカにおいて地温に対する積雪量の寄与率が気温を上回ることがわかる。

図4

図4.積雪変化による地温変化が北極気候システムに及ぼす影響の模式図。

表1.本研究で使用した数値実験の詳細
  気温 降雪量
CTRL 処理なし 処理なし
UPO_D 10−12月に30%アップ
UPD_F 12−2月に30%アップ
UPO_F 10−2月に30%アップ
UP_TL 1911−30年の寒冷条件を与える 10−2月に30%アップ
DNO_D 10−12月に30%ダウン
DND_F 12−2月に30%ダウン
DNO_F 10−2月に30%ダウン
DN_TH 1991−2009年の温暖条件を与える 10−2月に30%ダウン
独立行政法人海洋研究開発機構
(本研究について)
地球環境観測研究開発センター 北極域環境・気候研究グループ
主任研究員 朴 昊澤(パク ホーテク)
(報道担当)
広報部 報道課長 菊地 一成
お問い合わせフォーム