北極ゲーム(正式名称は「The Arctic – Arctic Challenge for Sustainability – 」)のメインボードに氷タイルを配置した状態を撮影した。タイルを取り払うとボードに描かれた北極の地図が現れる。実際の北極海の海氷は、ロシア側が比較的薄く、カナダ側が厚い。ゲームでもそれを模しており、最も厚い6mmのタイルはカナダ側に偏って置くようになっている。

がっつり深める

ボードゲームで北極研究をアウトリーチ

記事

(文・岡本典明/ブックブライト)

北極は現在、急速に海氷が減少するなど、かつてないスピードで変化しつつある。
JAMSTECが参画するArCS(北極域研究推進プロジェクト)では、研究成果発信の取り組みの1つとして、日本科学未来館と協働で、北極の「今」と「未来」を考えてもらうボードゲームを制作した。
一般公開などで体験会を実施し、幅広い年齢層の体験者から好評を博している。
「北極ゲーム」はどのようにしてつくられたのか。
このボードゲームを通じて研究者が伝えたいこととは?
JAMSTECでボードゲームの制作に携わった木村元さんと渡邉英嗣さんの2人に話を聞いた。

取材協力
地球環境部門 北極環境変動総合研究センター
木村 元 北極海洋生態系研究グループ 特任技術副主任
渡邉 英嗣 北極環境・気候研究グループ 研究員

北極で起きていることを考えるきっかけに

ゲームのメインボードを広げると、そこには北極の地図が描かれている。日本では普段あまり目にすることのない、北極を真上から見た地図だ。その地図上に、海氷を模した合計33枚のタイルを置いてゲームをスタートする。

海氷タイルの厚さは6mm、4mm、2mmと3種類ある。最も薄い2mmのタイルからめくっていき、薄いタイルを一定枚数めくり終えたら、順々に厚いタイルをめくっていく。タイルの裏にはゲームのイベントの番号とタイトルが書かれており、「イベントブック」という冊子の中の対応ページを見て、そこに書かれている指示に従いながらゲームを進めていく。

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北極ゲームでは、メインボード(写真上部)とサブボード(写真下部)を使用する。メインボードでめくった氷タイルをサブボード上の所定の位置に置いていく。サブボード上部には、選択イベントや投票イベントに対応した対策が並んでいる。プレイヤーは予算との兼ね合いで対策を実行するかどうかを決めていく。

北極では近年、急速に海氷減少が進んでいる。そのような北極の自然環境の変化は、生態系に影響を与えるだけでなく、北極に暮らす人々の生活を脅かしている。一方、海氷が溶けたことで、ヨーロッパとアジアの間の海上輸送の距離を大幅に短縮できる北極海航路の利用や、北極域に眠る石油や天然ガスなどの資源の開発に関心が集まっている。現在、さまざまなことが絡み合いながら、北極の社会は変化しつつある。

このゲームでは、タイルをめくることで、海氷が減少していく様子を体験できる。イベントブックには、海氷が減ったときに何が起きるのかなどが書かれている。「このゲームを通じて、北極で進む海氷減少と、それに伴う北極の社会の変化を体感し、北極について考えるきっかけにしてほしい」。そう語るのは、JAMSTECで国際法を研究している木村元さんだ。

研究成果を継続的に発信する手段として

2018年1月、ArCSと日本科学未来館とが共催で、北極に関するイベントを日本科学未来館で開催した。

ArCSは国立極地研究所、JAMSTEC、北海道大学の3機関が中心となって進めてきた研究プロジェクトで、自然科学の研究と人文・社会科学の研究を融合させて、政策決定者の意思決定をサポートするような研究成果を出していくことを目指している。

日本科学未来館のイベントでは、自然科学研究と人文・社会科学研究の双方の観点から、北極の生態系の変化と人間社会の関わりをテーマとする講演が行われた。また、海洋地球研究船「みらい」の北極航海の際に採取した海氷(特大サイズ!)やプランクトン、北極先住民の道具なども展示された。「講演会にはたくさんの小学生が参加してくれて、研究者にたくさんの質問が投げ掛けられました」と、このイベントを企画した木村さん。

研究成果を発信する手段としては講演会が一般的だが、講演会では来場者にしか内容を伝えられない。また、平日の昼間など中高生が来場できない日時に開かれることが多い。「イベントの好評を受け、講演会に来られない若い年齢層の人たちにも情報発信したい、また自然科学研究と人文・社会科学研究の連携による研究成果の発信を継続していきたいと考えて、ArCSの研究者の一部と日本科学未来館とで話し合い、ゲーム形式の学習ツールを制作してみてはどうかということになりました」

ArCS側では木村さんが中心となり、日本科学未来館の科学コミュニケーター(以下、SC)と検討を進めた。「最初はサイコロを振って駒を進めるすごろくのようなゲームをつくってみましたが、研究と社会のつながりをなかなかうまく表現できませんでした。そこで、まずは市販されているボードゲームについて調査してみることにしました」

ボードゲームカフェに足を運んだり、国内の研究プロジェクトが作成したゲームを体験したり、海外の研究機関が作成したボードゲームについて調べたりした結果、いくつかの大事なポイントがあることに気付いたという。「今回のボードゲームでは、北極について知るという教育的な要素が非常に大事です。そうはいってもゲームは楽しくなければ遊んでもらえません。もう一つ大事なのが利便性です。例えば駒や紙幣などのパーツが増えると準備が煩雑になり、プレイするのに時間もかかります。教育性とゲーム性に加えて利便性の3つのポイントを満たすことが必要だと分かりました」

日本科学未来館のSCと検討を重ね、その検討結果を持ち帰り、ArCSの研究者から意見を聴取する。そして、また日本科学未来館のSCと検討する。それを何度も繰り返した、と木村さんは振り返る。

ボードゲーム制作メンバーは、ArCSのさまざまな分野の研究者8人で構成されている。JAMSTECでは木村さんと渡邉さんを含め、4人の研究者がゲーム制作に関わった。会議では、各研究者の研究内容や、それらの研究が互いにどのような接点があるのか、といったことについて全員で話し合った。「その結果を私と日本科学未来館のSCとで整理し、ゲーム会社のアドバイスも得ながら、ゲームのコンテンツを調整していきました」と木村さん。

「各研究者の専門が細かく分かれており、盛り込みたい内容はたくさんありました。ただ全てを入れるわけにはいきません。取捨選択するのが研究者としては悩ましかったですね」と渡邉さん。渡邉さんはJAMSTECで数値モデルによる北極海のシミュレーションなどを行う研究者だ。
「完成したゲームは、自然科学の研究と人文・社会科学の研究とがうまく盛り込まれたものになっています」

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制作メンバーのArCS研究者と日本科学未来館の担当者とで、テレビ会議システムも利用し、何度も会合を行った。写真は2019年2月に日本科学未来館で行われた会合の様子である。北極で起きている現象や、各研究者の研究テーマなどをホワイトボードに貼り出しながら、丸1日かけて打ち合わせを行った。

役割に成り切って北極を考える

ゲームのプレイヤーは、海洋学者、文化人類学者、漁業者(水産業者)、先住民、開発業者、外交官という6つの役割のいずれかに成り切ってゲームに参加する。ゲームでは「環境」「文化」「経済」という3つのパラメーターが設定されており、ゲームが進行する=海氷が減少するのに伴って、パラメーターの数値が変動する。プレイヤーが最初に受け取る役割カードには、プレイヤーがゲーム終了時に達成すべきパラメーターの数値が載っている。

海氷タイルをめくったときに出るイベントには、「発生」「選択」「投票」という3種類がある。「発生」は、例えば海洋酸性化のような強制的に起こるイベント、「選択」はタイルをめくったプレイヤーが対策を採用するかどうかを決めるイベント、「投票」は全員の投票によって対策を採用するかどうかを決めるイベントだ。対策を採用するかどうかを決めるには、プレイヤー間の議論が重要になる。

なぜ役割に成り切る=ロールプレイングを導入したのか?「例えば北極で情報インフラを整備するかどうかについて決定するように言われても、子どもたちが自分で判断し、自分の意見を言うことは難しいと思います。そこで、役割に成り切ることで発言しやすくなるだろうと考えて『役割』を導入しました」と木村さん。

投票イベントが出たときには、各プレイヤーがそれぞれの役割に成り切って、議論をした上で多数決によって採用するかどうかを決める。「互いに膝を突き合わせて議論できるのが、ボードゲームの良いところです。正解はありません。各プレイヤーには、それぞれの立場で、どう行動するかを考えてもらいます」

ただし全体の予算が設定されており、全ての対策を採用することはできないようになっている。ゲームの途中で予算が尽きてしまうと、投票イベントや選択イベントで、対策を採用することができなくなる。プレイヤーは予算との兼ね合いを考えながら、対策を採用するかどうかを判断していくことになる。

「実は自分の勝利だけを目指していると、なかなかクリアできない設定になっています」と渡邉さん。「相手の立場も考えつつ、意見を交換しながらみんなで一緒に対策を取らないとクリアできないことが、ゲームを進めるうちに分かるようになっています」

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「海洋学者」の役割カード。裏面(右)には達成条件となるパラメーターの数値が書かれている。北極ゲームは4~6人で行う。④⑤⑥と3行あるのは、参加人数によって達成条件が異なるためだ。数値の設定は役割によって異なるが、役割によって有利不利が出ないように設定されている。
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イベントブックの内容の例。投票イベントや選択イベントでは、「Q」の項目があり、取り決めづくりや調査などの対策を行うかどうかが書かれている。対策を取るかどうか、投票イベントではみんなで議論して決め、選択イベントでは自分で考えて決めていく。

ゲームの体験者からは大好評

このボードゲームは、日本科学未来館では一般向けのほか、学校などの団体向けに活用されている。JAMSTEC、北海道大学、国立極地研究所の3機関では、一般公開や大学の講義、出前授業などで活用することが予定されている。

研究者がファシリテーターを務めるときは、イベントブックの内容を研究者が説明する。「私たちが伝えたいのは、イベントブックの内容です。ただその内容を伝えたくても、冊子を渡しただけでは読んでくれる人は少ないでしょう。ゲームを進める中で読んでもらい、例えば海氷が減ると生態系にどのような影響を与えるのか、といったことを知ってもらいたいのです」と渡邉さん。

JAMSTECではこれまで主に、施設一般公開のときに体験会を実施してきた。ゲームを体験したのは小学生が多かった。「中高生を想定してつくったゲームなので、小学生では途中で飽きてしまうのではないかと心配でした。ところがゲームを始めると、とても楽しんでプレイしてくれました。ゲームを通じて北極について新しい見方ができたという人も多いです。北極の研究をするにはどうしたらいいかと質問する人もいました。予想以上の反響がありましたね」と渡邉さんは言う。

現在のイベントブックは中高生向けにつくられているため、これとは別に文章表現を小学生向けに変えたイベントブックを制作中とのことだ。

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2019年11月2日、JAMSTEC横須賀本部施設一般公開で行われた「北極ボードゲーム体験会」の様子。

「持続可能な北極」について考えてほしい

最も薄い2mmのタイルを一定枚数めくると、次に4mmの中間の厚さのタイルをめくっていく。これはより厚い海氷が溶けていくことを表現しており、より海氷が溶けたときに起こり得ること(イベント)が、4mmのタイルの裏には書かれている。そして最も厚い6mmのタイルの裏には、これから起こるかもしれない非常に重大な事態(イベント)が書かれており、パラメーターに大きく作用する。

ただ本当に重大な事態が起きるかどうかは、実はそれ以前により薄い氷タイルをめくってきた中で、どのような対策をしてきたかによって異なってくる。「ゲームが終わってから、あのとき対策をしておけばこれは防げたのに、というような議論をしてほしい」と木村さんは語る。最後に暗いイベントが出てくるのはプレイヤーにとって楽しくないのではないかという意見も、制作段階では出たという。「しかし、対策をしておけば、ほぼ回避できるようにつくってあります。
研究や政策などで対策しておくことで、重大な事態を防ぐことができるということを感じてほしいのです」

「このゲームにはどのような対策をすればよいかについて正解はありませんし、勝ち負けも重要ではありません」と木村さん。「現在、北極の環境は急激に変化しています。環境の変化は、北極に暮らす人々の生活に大きな影響を与えています。一方、環境の変化は、例えば航路を利用したい人や資源を開発したい人にとってはチャンスになります。北極では、現在、さまざまな立場や事情が複雑に絡み合っていることを理解してもらいたいですし、そこからさらに、持続可能な北極とはどういうものだろうということを考えてほしいのです」

高校の授業などで国連のSDGs(持続可能な開発目標)を取り上げる際にも利用できる素材になっているという。研究者が学校などに出向く出前授業での利用や、ゲームの貸し出しも可能なので、興味を持たれた方はぜひ連絡していただきたい。

 

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