2022年1月、南半球のトンガにある海底火山、フンガトンガ・フンガハアパイ火山が大規模な噴火を起こしました。その影響で発生した津波が遠く離れた日本にも到達したことは記憶に新しいと思います。
実は日本近海に、それを大きく超える規模の巨大噴火を起こした海底火山があります。鹿児島市から南へ約100kmの海底にある鬼界カルデラです。
JAMSTEC 海域地震火山部門では2019年度から神戸大学と共同で、鬼界カルデラの総合調査を続けています。
火山・地球内部研究センターの3名の研究者に、これまでの調査で見えてきた鬼界カルデラの過去と現在を聞きました。
取材協力:
![]() 羽生 毅
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![]() 上木賢太
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![]() 伊藤亜妃
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鬼界カルデラとは?
――鬼界カルデラとはどのような場所ですか。
上木:カルデラとは、火山噴火によってできた陥没地形のことです。地下に大量のマグマがたまり、それが一気に地表に噴き出すと、マグマのあったところが空洞になります。その上の地面が落ち込んで、カルデラができるのです。
鬼界カルデラでは、東西約20km、南北約17kmの楕円形状に海底が陥没しています。カルデラの最深部は水深約600mです。カルデラの縁を外輪山と呼び、鬼界カルデラの外輪山は一部が海面から出ています。それが、薩摩硫黄島と竹島です。薩摩硫黄島は現在も活動している活火山で、主峰の硫黄岳からはいつも噴煙が上がっています。


過去1万年で世界最大の噴火が起きた場所
――なぜ、鬼界カルデラに注目しているのですか。
上木:カルデラをつくるような超巨大噴火は、日本では過去15万年間に少なくとも14回起きたことが知られています。日本列島の歴史の中で最も規模が大きかったと考えられているのは9万年前に起きた噴火で、九州の中央部に位置する阿蘇カルデラが形成されました。そして最も新しい超巨大噴火が7300年前に鬼界カルデラで起きました。しかも、日本だけでなく世界的に見ても最も新しいカルデラ噴火で、過去1万年で世界最大規模の噴火です。
そのため、鬼界カルデラは以前から注目されていました。しかし海底にあるため、調査が遅れていました。そこで海域を調べる技術を持つ私たちJAMSTECが、鬼界カルデラの調査に加わることにしたのです。
――調査を始める前まで、鬼界カルデラについて、どのようなことが知られていたのですか。
上木:陸上調査により、9万5000年前と14万年前にも超巨大噴火が起きたことが分かっていました。
7300年前の噴火では、火砕流が海をわたり、鹿児島県南部の薩摩半島や大隅半島を襲い、600〜900年間、照葉樹林が回復しなかったという調査報告があります。大きな津波が発生した痕跡もあります。7300年前というと、縄文時代に当たります。九州南部の広範囲にわたって縄文人たちの生活を壊滅させたと考えられます。さらに火山灰が成層圏に達し、偏西風に運ばれて東北地方南部にもセンチメートル単位で降り積もったことが確認されています。

かつて鬼界カルデラには、富士山のような火山があった?
――JAMSTECは、いつから調査を始めたのですか。
羽生:2016年から神戸大学が調査を始め、2019年からは私たちJAMSTECも加わりました。
上木:主に陸上に降り積もった火山灰の調査から、7300年前の鬼界カルデラの噴出物の体積は、マグマ量に換算すると80立方キロメートルと推定されています。これは、20世紀最大級のフィリピン・ピナツボ山の噴火(5立方キロメートル)の16倍です。ただし、海底に降り積もった噴出物をきちんと調査すると、鬼界カルデラの噴火規模は現在の推定よりも何倍も大きくなる可能性があります。
羽生:そこで神戸大学では、神戸大学所有の「深江丸」から発した音波が海底下の地層で反射して戻ってくる様子を捉えることにより、海底に降り積もった火砕流堆積物の厚さや分布を調べました。それにより、7300年前のカルデラ噴火の規模を高い精度で推定し直そうとしています。
――JAMSTECではどのような調査を行ってきたのですか。
羽生:2019〜20年度に深海調査研究船「かいれい」を用いて、鬼界カルデラ周辺の海底から岩石や火砕流堆積物を採取し、分析する研究を続けてきました。するとカルデラの内側からは流紋岩が多く見つかりました。
上木:流紋岩をつくるマグマ(流紋岩質マグマ)は二酸化ケイ素を多く含み粘性が高くねばねばしているため、水分やガスをたくさん閉じ込めることができます。強炭酸水が入ったボトルを振ってふたを抜くと、一気に噴出しますね。それと同じような仕組みで流紋岩質マグマは大爆発を起こしてカルデラ噴火を引き起こすことがあるのです。
羽生:一方、カルデラ壁の近くから、かたい安山岩が見つかりました。現在、その年代を測定中ですが、見た目にはとても古いものだと思われます。安山岩をつくるのは粘性が低い安山岩質マグマです。安山岩質や玄武岩質のさらさらしたマグマが噴出して降り積もると、富士山のような円すい形の成層火山ができます。

――しかし今、海底には富士山のような火山はありませんね。
羽生:鬼界カルデラの海域にはかつて富士山を小ぶりにしたような成層火山があり、それを吹き飛ばすほどの巨大なカルデラ噴火が起きたという仮説を立てています。そして、成層火山をつくっていた、かたい安山岩の一部は陥没できずに残り、カルデラ壁になったと考えています。成層火山があったところでカルデラ噴火が起きたと考えられる例は、マリアナ海域の海底火山などでも知られています。

カルデラ噴火を起こすマグマが現在もつくられ続けている?
――カルデラ噴火を引き起こす流紋岩質マグマはどのようにしてできるのですか。
羽生:粘性の低い玄武岩質や安山岩質マグマは、マントルの岩石が融けてできます。一方、流紋岩質マグマは、マントルの上にある地殻が融けてできます。ただし地殻内部にはそれを融かす熱源がありません。
マントルの岩石が融けてできたマグマは、周囲の物質よりも比重が小さいので上昇してきます。その高温のマグマが熱源となって地殻の岩石を融かし、流紋岩質マグマができるのではないか。そういう説が提唱されています。
――その説で、鬼界カルデラの流紋岩質マグマの生成も説明できるのですか。
羽生:西日本を載せたユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが沈み込み、地下100kmほどの高温・高圧の環境でプレートから水が絞り出されます。その水がマントルの岩石に加わることで融点が大きく下がって岩石が融け、マグマがつくられて上昇します。鬼界カルデラ付近は、そうしたマグマが上昇してくる場所です。上昇してきた玄武岩質や安山岩質のマグマの熱により、鬼界カルデラの海底下で地殻の岩石が融けて流紋岩質マグマができると、私たちは考えています。
――現在も、鬼界カルデラの海底下ではカルデラ噴火を起こし得る流紋岩質マグマがつくられ続けているのでしょうか。
羽生:以前の海底地形調査で、鬼界カルデラの内側に、大小の高まりがあることが知られていました。それは7300年前の噴火でカルデラができた後に、さらに地下からマグマが上昇してきてつくられた「溶岩ドーム」だと考えられてきました。しかし、そこから誰も岩石を採取したことがなかったので、本当にマグマの上昇によってできた地形なのかは分かっていませんでした。
私たちは神戸大学と共同で、溶岩ドームのいろいろな場所から岩石を採取して分析したところ、岩石の大部分は7300年前よりも後にできた流紋岩の組成と一致することが分かりました。カルデラ噴火の後に地下から流紋岩質マグマが上昇して溶岩ドームをつくったことを示す証拠です。
上木:カルデラ噴火のときに、マグマだまりから海底へつながる割れ目ができました。そこを通って流紋岩質マグマが上昇してきて溶岩ドームができたのでしょう。
――流紋岩質マグマは、水分やガスをたくさん閉じ込めることができ、カルデラをつくるような爆発的な噴火を起こすのではありませんか?
上木:海底へつながる通り道があることで、流紋岩質マグマに含まれていたガスや水分が少しずつ抜けていきます。そのため、爆発的な噴火はせずに、マグマがじわじわと上昇して溶岩ドームをつくったと考えられます。
鬼界カルデラの海底下にあるマグマだまりは二層構造か?
羽生:溶岩ドームの流紋岩の化学組成を分析すると、もとになったマグマの温度は約900℃と推定されます。ほかの火山の流紋岩質マグマは通常700~800℃くらいなので、100℃以上も高温です。
――高温の流紋岩質マグマができるのには、どのような仕組みが考えられますか。
羽生:鬼界カルデラの下には流紋岩質のマグマだまりのほかに高温の玄武岩質マグマも上昇してきて、そのすぐ上の流紋岩質のマグマだまりを直接熱しているのかもしれません。海底下約30km付近の地殻とマントルの境界付近から二種類のマグマが上昇し、海底下3〜5km付近の地殻の中でそのような二層構造のマグマだまりがつくられたという仮説を立てています。
現在、火山活動を続けている薩摩硫黄島の硫黄岳は、流紋岩質マグマを噴出しています。その西隣にある稲村岳は約3000年前に噴火して、玄武岩質のマグマを噴出しました。カルデラ噴火が起きた7300年前以降も、この海域の地下には、流紋岩質マグマと玄武岩質・安山岩質マグマの二層構造マグマだまりがあり、次の大噴火に向けてマグマが少しずつ増え続けている可能性があります。

過去10万年分の時系列の記録を手に入れた
――2020年1月には、地球深部探査船「ちきゅう」による掘削調査が行われました。その掘削試料からどのようなことが分かるのですか。
羽生:過去の噴出物が堆積しやすいカルデラの外側で約100mの掘削試料を採取することに成功しました。それは過去10万年分に相当し、9万5000年前の火砕流堆積物が約30mの厚さで含まれていました。9万5000年前の噴火による火砕流堆積物は、陸上調査では竹島の一部でしか見つかっていなかったので、とても貴重な試料です。
9万5000年前の火砕流堆積物に含まれていた流紋岩の化学組成を分析したところ、チタン濃度がとても低いことが分かりました。ところが、それ以降に噴出した流紋岩はすべてチタン濃度が高いのです。これは、9万5000年前の噴火で流紋岩質のマグマだまりにあったものがすべて放出され、その後、理由は分かりませんが、チタン濃度の高い流紋岩質マグマがつくられるようになったことを示しています。
これまでのカルデラ噴火の研究で、マグマだまりのマグマが全て放出されるのか、あるいは一部は残るのか議論されてきました。9万5000年前の鬼界カルデラでは、マグマが全て噴出してマグマだまりは空っぽになったようです。
――カルデラ噴火の前には何らかの兆候があるのですか。
羽生:7300年前のカルデラ噴火の直前、500〜1000年間の試料を詳しく分析して、マグマの化学組成に変化があるのかどうかを調べているところです。
上木:最も新しいカルデラ噴火は縄文時代なので、人類はこれまで自然科学の手法でカルデラ噴火を観測したことはありません。カルデラ噴火に至る準備が1万年といった長い時間をかけてゆっくり進むのか、100年ほどの短い時間で急速に進むのか分かっていません。
「ちきゅう」の掘削により、9万5000年前から次の7300年前のカルデラ噴火に至るまでの連続的な試料を手に入れることができました。それを詳しく分析することで、カルデラ噴火に至るプロセスを調べることができます。

鬼界カルデラの「現在」を探る
――鬼界カルデラの地下は現在、どのようになっているのでしょうか。
伊藤:私たちは2020年度に、「かいれい」を使って鬼界カルデラを含む広範囲の海底に高密度で地震計や電位差磁力計を設置しました。そして2021年度に、最新鋭の海底広域研究船「かいめい」のエアガンで発した音波が海底下を伝わる様子を海底地震計で記録することにより、海底下約20kmまでの詳細な地下構造のデータを取得しました。エアガン調査専用の地震計は調査終了後にすぐに回収しデータを現在解析中で、2022年度に結果を発表できると思います。

羽生:地表の岩石や堆積物を解析することで「過去」は推定できますが、「現在」は分かりません。岩石や堆積物から得られた知見と、地震計や、地殻やマントル内の電気伝導度を調べる電位差磁力計のデータを組み合わせることで、現在地下にあるマグマの組成や温度を推定して、二層構造マグマだまりが本当にあるのかどうか、サイズや形状を確かめることができるでしょう。
伊藤:自然に起きる地震や地磁気変化の観測は今も実施しています。地震計と電位差磁力計を2022年度に回収し、今後数年かけてデータを解析することで、海底下100km程度までの地下構造を描き出す計画です。フィリピン海プレートが海底下100km以深まで沈み込んだ付近でマグマがつくられ、鬼界カルデラへ上昇するまでの全体像を明らかにすることが目標です。海域にある火山を対象に、さまざまな手法を使ってこれほど総合的に調査したことは、世界的にも前例がないと思います。
上木:私は、なぜその場所に、そのタイプの火山があるのかに興味を抱いて現場調査や数値モデルを使った研究を進めてきました。日本列島では、約100万年前まで東北地方でもカルデラ噴火が起きていましたが、それ以降のカルデラ噴火はほとんど北海道と九州に限られています。鬼界カルデラの総合調査のデータから、カルデラ噴火が起きる条件を探っていきたいと思います。
――鬼界カルデラでは、次の巨大噴火に向けた準備がどれくらい進んでいるのでしょうか。
羽生:それを知るには、マグマだまりがどのくらいのペースで成長しているのか、「変化」を捉える必要があります。鬼界カルデラの航海調査は2021年度で終了しますが、変化を捉えるには、定期的に詳細な地下構造探査を行う必要があります。
伊藤:私たちは、薩摩半島の枕崎から薩摩硫黄島や竹島へ敷設された通信用の光海底ケーブルを利用して、DAS計測という技術により地震観測を実施しました。地下でマグマが移動するとさまざまな種類の揺れが発生します。そのような活動を捉えることで、マグマの動きを推定することができるのではないかと考えています。DAS計測の技術を用いて海域火山の監視を続けることは、減災の観点からも意味のあることと思います。
――次の航海調査のターゲットはどこですか。
羽生:伊豆・小笠原の海域火山です。鬼界カルデラで得られた知見や技術を生かして、1950〜51年と1986年に噴火を起こした伊豆大島を調べる計画です。私は、1983年と2000年に噴火を起こした三宅島も調べたいと考えています。噴火活動が続く西之島や、大量の軽石を噴出した福徳岡ノ場の調査も続けていきます。