がっつり深める
石油と同じ成分をつくり出す植物プランクトンを発見
どうやって石油と同じ成分をつくっているのか?
──ディクラテリア属は、どうやって炭素数10から38までの飽和炭化水素をつくっているのですか。
私たちは今、それが知りたくて研究を続けていますが、まだよく分かっていません。実は、炭素数が15や17といった1〜2種類の飽和炭化水素を合成する植物プランクトンは以前から知られていました。それは炭素数が偶数の有機物(脂肪酸)を出発物質としてつくられると考えられています。すると炭素数が奇数の飽和炭化水素になります。
ところがディクラテリア属は炭素数が偶数のものもつくっています。未知の合成経路を持っているのです。
ディクラテリア属は炭素数が小さい10と11をたくさんつくっていることを紹介しました。それは、炭素数の大きいものをいったん合成して、そこから炭素数の小さいものをつくっているらしい、ということは分かりました。
──ディクラテリア属は何のために、飽和炭化水素をつくっているのですか?
光や温度、栄養分などを変えたいろいろな環境でディクラテリア・ルトゥンダを培養して飽和炭化水素の合成量を調べてみました。すると、光合成ができない暗い場所や、生存に必須の栄養分である窒素が少ない環境では、ほかの環境に比べて飽和炭化水素の総量が4〜5倍に増えました。もし飽和炭化水素をエネルギー貯蔵物質として利用しているのならば、光合成ができない暗い場所や栄養分の少ないときには飽和炭化水素を消費して、その量が減るはずです。
実は、暗い場所や栄養分の少ない場所では、ディクラテリア・ルトゥンダの細胞サイズは大きくなります。
──大きくなることで生き延びるのですか?
大きくなる理由はまだ分かりません。一方、シアノバクテリアという別の光合成生物では、飽和炭化水素を細胞膜の材料に使って細胞の柔軟性を保っているという報告があります。
ディクラテリア属は、暗い場所や栄養分の少ない場所では、飽和炭化水素をたくさん合成して、細胞のサイズを大きくするなど膜の柔軟性を高める材料として利用しているのかもしれません。
石油ができる第三の経路か?
──今回の研究成果に関して、どのような反響がありましたか?
多くのマスメディアに取り上げられ、石油ができる新しい経路として注目を集めました。
石油は、太古の植物プランクトンなどの有機物が地下深部に埋もれ、高温・高圧の環境で非常に長い時間をかけて熱分解・熟成されてつくられたと考えられています。それが、石油ができる第一の経路です。
多くの油田にある石油の年代は古く、第一経路でつくられたのでしょう。ただし、とても若い年代の石油が地下の浅いところから泉のように湧き上がっている油田も、カムチャツカ半島などで見つかっています。
そこで、第一経路のほかに、バクテリアが周囲にある有機物を分解して石油をつくる第二の経路もあるのではないかと考えられています。しかし、カムチャツカ半島の油田から石油をつくり出すバクテリアは特定されていません。
私たちは今回、光合成でつくった有機物をもとに石油が合成されるという、第三の経路を発見したのかもしれません。カムチャツカ半島の油田の石油も、ディクラテリア属のような炭化水素合成能力を持つプランクトンがつくり出したものである可能性があります。
人が現場へ行ったからこその想定外・常識外の発見!
──今回の発見の経緯を教えてください。
実は研究の目的は別にありました。北極海は温暖化が地球上で最も早く進行していて、海氷の面積も減少しています。その環境変化が海の生態系にどのような影響をもたらしているのか、それが私たちの追い続けている研究テーマです。
近年、北極海の南側、太平洋最北部のベーリング海では、温暖化に伴い円石藻(Emiliania huxleyi エミリアニア・ハックスレー)が大繁殖しています。円石藻は、ディクラテリア属と同じハプト藻の仲間で、カルシウムの殻を持つ植物プランクトンです。2013年の海洋地球研究船「みらい」による研究航海で、その円石藻が北極海に進出しているかどうかを調べることが私たちの目的でした。
円石藻は特定の有機物をつくるので、それが目印(バイオマーカー)となります。海水を採取して、ある種類の微生物だけを培養して、その有機物をつくっているかどうかを調べました。
その実験を担当してくれたのが、円石藻の研究で有名な筑波大学の白岩善博 教授が率いる研究室の大学院生だった伊藤史紘さん(現 株式会社ファイトペトラム 代表取締役社長)でした。
私たちの研究室では、目的の物質だけを分離して分析します。一方、白岩研究室では、微生物がつくり出す物質を分離せずにそのまま分析します。その手法によって炭素数10〜38の飽和炭化水素が見つかったのです。最初は、どこかの過程で石油が混じってしまったのかもしれないと思いました。しかし、実験をやり直してみても、結果は同じでした。目的の有機物だけを分離して分析する私たちの手法だったら、今回の発見はできなかったのです。
最近では、人が観測現場に行かずに、代わりにロボットが現場へ行き、目的の観測を自動的に行う技術の開発が海洋分野でも進んでいます。そのような観測手段も重要ですが、今回のような目的外の発見は、人が実際に現場へ行き、自然を観察しなければ難しいかもしれません。
今回は論文発表までも長い道のりでした。一般的な海洋学分野の論文では、内容を確認する査読者は2〜3人くらいが普通です。しかし今回は5名もいて、追加実験も要求されました。おそらく、常識外の発見としてなかなか信じてもらえなかったのだと思います。
──今後の北極海の研究航海によって、海洋生物の新しい有用機能をさらに見つけることができそうですか?
見つけようとすると、なかなか見つからないものです(笑)。想定外の発見は、さまざまな視点や手法を持つ人たちと一緒に観測現場へ行くことが重要だと、改めて思いました。
今回の発見をきっかけに、今まで海洋科学や海洋生態学と関わりのなかった異分野の人たちに、海に関心を持っていただけたらうれしいですね。
原田 尚美
地球環境部門 部門長
マンガでよくわかる
「光合成で石油を作る! 脅威のプランクトン“ディクラテリア”って?」[PDF]
(マンガ:倉田けい)