がっつり深める

現在の気候変動予測研究〜今年のノーベル物理学賞受賞に寄せて〜

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取材・文/藤崎慎吾(作家・サイエンスライター)

2021年10月5日、米プリンストン大学上席研究員で海洋研究開発機構(JAMSTEC)のフェローでもある真鍋淑郎(まなべ・しゅくろう)さんに、ノーベル物理学賞が授与されると発表されました。理由は「地球の気候の物理的なモデル化、気候変動の定量化、地球温暖化の確実な予測に対して」となっています。

真鍋さんは1997〜2001年、JAMSTECと宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)の共同プロジェクト「地球フロンティア研究システム」に参加し、地球温暖化予測研究領域の領域長としてJAMSTECに在籍しました。同領域で行われていた研究は、現在、JAMSTECの「地球環境部門 環境変動予測研究センター」で行われています。そのセンター長を務めている河宮未知生(かわみや・みちお)さんに、真鍋さんの人柄や業績、地球フロンティア研究システムで果たした役割、その後のJAMSTECにおける気候変動予測研究などについてうかがいました。

そぎ落とすことこそ、真実に近づく道

──受賞決定のニュースに接した時のことを、お聞かせください。

当日、家に帰ったのが、ちょうど発表の時間ぐらいでした。候補になっているという噂は耳にしていたんですが、この分野(地球科学)で、しかも物理学賞っていうのは、今までの概念だと範囲外なので、期待は薄いかなと思っていました。ところがノーベル賞受賞っていうニュースが飛びこんできて、噂は聞いていたんですが、それでもびっくりしました。

──真鍋さんに初めて会ったのは、JAMSTECの研究員になってからですか。

そうですね、もう20年近く前になります。その時点でも、やっぱり神様的な扱いの人でしたので、本当に会ってお話しできた時は、うれしかったですね。「あ、動いてる、動いてる、真鍋先生が」っていう感じのノリでした。

──初対面の印象が「あ、動いてる」っていう(笑)。

いや、それぐらいすごい人だなっていう意味で、「動く真鍋だ」っていうのは、いちばん正直な感想ですけどね。研究の話になると本当に楽しそうで、話しだすと止まらないし、色々なことを当然ご存知だし、やっぱりすごい人だなと思いました。偉い人なんだけど、 あまり威圧感みたいなのはありませんでした。むしろ話しやすい人でした。

──よくしゃべる方だったんですか。

ええ、こちらがしゃべる暇がないくらい、身振り手振りも交えてよくしゃべる。本当に元気です。講演なんかをする時には、図とかが大写しになっているスクリーンの端っこから端っこまで自分で行って、指差ししてっていうダイナミックな発表の仕方をする人でした。図の中に自分が入りこんで説明するような印象がありますね。

──研究姿勢などについて、何か教えられたことは?

新聞のコメントとかにも出てますけど、真鍋先生は「複雑なものを、複雑なままとらえるべきではない」っていう考えかたを、すごく強く持っておられました。とはいえ気候モデルが、なるべく現実の気候や地球の状態と一致するようにどんどん複雑化していくことは、時代の流れとしてしょうがない面もあるんです。ただ、やっぱり複雑化しすぎて、結局、自分でもわけがわからなくなるっていうのは、ありうるんですよね。そこで何が起きているかを理解する時に、今度は逆に一つ一つ、そぎ落としていって、単純化して、その振る舞いを見ながら理解を得るっていうところはある。そういう意味では、きちんとそぎ落とすことこそ、真実に近づく道なんだっていうのは、教えとして本質を突いていると思います。

後進の研究者たちが世界に貢献できる礎を築いた

──1997年に真鍋さんがJAMSTECにいらっしゃるまでの研究で、重要なものを挙げるとしたら何でしょうか。

1997年というより、ノーベル賞の受賞理由になっているのは、もうちょっと前の、気候モデルの萌芽となったものをつくったっていう、そこだと思います。

代表的なのは「放射対流平衡モデル」というんですが、まず真鍋先生は、地球の大気を鉛直一次元、つまり地面から空まで何十キロも垂直に立つ「柱」のようなものだと仮定しました。つまり単純化したんです。その中で太陽から受けた熱の出入りや、大気の対流、二酸化炭素による熱の吸収などを計算に入れながら、コンピュータ・シミュレーションを行いました。この先駆的な気候モデルは、大気の温度分布を正確に再現しました。しかも二酸化炭素の濃度を現実とは異なる値に変えてみた実験的なシミュレーションでは、二酸化炭素濃度が2倍になると、気温が約2℃上がることも示したんです。

その後、真鍋先生たちは気候モデルを一次元から三次元に拡張しました。さらに大気だけではなく、海の流れに関するモデルもつくりました。そして大気と海との間で熱が交換されたり、風に引っ張られて海流ができたり、といったことも考慮に入れながら、大気と海洋のモデルをくっつけました。そうやって本当の地球環境に近い状態をつくりだした上で、コンピュータ・シミュレーションを走らせたんです。この「大気・海洋結合モデル」を初めてつくったというのが、真鍋先生の最大の業績になると思います。

20〜21世紀の気温変化シミュレーション

大気150km、海洋100kmの解像度(細かさ)の大気海洋結合気候モデル:「地球シミュレータ」にて計算 (文部科学省「統合的気候モデル高度化研究プログラム」)

──その後、JAMSTECに入られて足かけ5年間ですかね、その間にはどんな研究をして、どんな成果を上げられたのでしょうか。

JAMSTECにいらっしゃる間は自分の研究というより、プロジェクトリーダーみたいな役割のほうが大きかったのではないかと思います。つまり全体の統括ですね。私も入れ替わりで入ったので、つぶさに見聞きしたわけではないんですけれども、その当時、JAMSTECばかりでなく日本全体でも「地球シミュレータ」というスーパーコンピュータを導入して、温暖化予測をきちんとやっていくんだっていう機運が高まっていました。そこで各方面から人材を集めて、リーダーとして真鍋先生を呼んで、気候モデルでどういうことがわかるかっていうのを、真鍋先生の教えを請いながら研究し始めたわけです。決して慣れている人たちばかりではありませんでしたが、そうやって研鑽を積んで、今では「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告書にもデータを提出するようになりました。そのように後進が世界に貢献できる礎を、真鍋先生が築いたということです。

初代「地球シミュレータ」

都道府県レベルの予測も可能になってきた

──真鍋さんが帰米されてから、JAMSTECでは気候モデルをどのように発展させていったのでしょう。真鍋さんは講演などで「大気・海洋結合モデルというのは、もともと物理法則に基づいてつくった」とおっしゃっています。つまり大気中のエネルギーのやり取りは「放射伝達方程式」で表し、風の吹く向きや強さは「ニュートンの運動方程式」で決めるといったように、古典的な物理方程式をいくつも応用して、あとはコンピューターで大規模に解いていくという手法ですね。でも最近は、それに例えば生物の役割などを加えたりすることもあるのでしょうか。

そういうところにも、JAMSTECとしては力を入れています。二酸化炭素を人間がどんどん放出していったときに、森林や海のプランクトンが光合成で、その二酸化炭素を吸収していきます。しかし環境が変わっていったら、そのふるまいも当然、変わってくる可能性があるわけです。そこのところを最近までは、そんなに考慮に入れていなかったんですけれども、森林やプランクトンはちゃんと今まで通り二酸化炭素を吸ってくれるのかっていうところまで、きちんと考慮に入れながら、温暖化予測をしようとしています。

生き物の場合は、ニュートンの運動方程式みたいなものはありませんから、温度がこれくらいで光の量がこれくらいだったら、光合成量はこれくらい、といったような関係性を実験室とか観測のデータから、少しずつ積み上げていかなければなりません。要はそのグラフを見て、自分たちで、その関係式を打ち立てるんですね。そのようにして生態系の役割というものを、モデルの中に反映させます。

また空気中で起きている化学反応も、考慮に入れています。例えばシベリアなどで永久凍土が溶けだしたときに、中に含まれているメタンが放出されるのでないかと懸念されています。メタンは二酸化炭素以上に強烈な温室効果ガスです。それが大気中でどのような化学反応を起こし、どこで分解されるか。対流圏なのか、成層圏なのか。そういう化学的なプロセスもきちんと取り入れるということですね。

あとはシミュレーションをする時に、地球をいくつものグリッド(升目)に区切って計算するんですが、その大きさの問題があります。気候モデルの場合は1グリッドが数十キロメートルから100キロメートルくらいなんですが、そのくらいだと例えば入道雲をつくるような対流は、中にいくつも入ってしまう。すると縮尺の小さな地形図には小さな凹凸が描かれていないように、そうした対流の影響が見えてこなくなります。

それだと当然、具合が悪いので、例えば温度がこれくらいで、気圧配置がこうで、風がこれくらいだと、だいたいこの範囲では対流がこんな感じで立っているという、経験に基づいた法則みたいなものを数式にしてモデルに入れます。そういう意味でのモデルの開発とか高精度化っていうのは、ずっとやっています。

──グリッドを、もっと小さくすることはできないんですか。

そういう研究も進んでいて、1グリッドのサイズが1キロとか、それぐらいのモデルもあるんですけど、それは今のコンピュータでもまだ、例えば100年先までとかは計算できないんですよ。現在、世界最高性能を誇る「富岳」を使っても、1年先までやれるかどうかといったところです。なので、しばらくはやっぱり経験則を入れるっていう工夫をしながら、温暖化予測をしていかなければなりません。そういう努力もあって、最近は全世界だけではなく、領域モデルも併用しながら、例えば日本付近、あるいは都道府県レベルでの昇温や雨量の予測なども、できるようになってきました。

メッシュサイズ10km、100km、および300kmで表した日本の地図。真鍋博士が最初に開発した大気海洋結合モデルでは、メッシュサイズが500kmと、この図で最も粗いメッシュサイズよりもさらに粗く、理想化した地形の地球を経度方向に3等分した1区画についての計算であった。

科学と社会と暮らしがつながる気候モデルへ

──二酸化炭素の排出削減目標を決めるのにも、精度は重要ですよね。

温暖化抑制目標を例えば2℃なら2℃、1.5℃なら1.5℃の上昇までって決めると同時に、この先、二酸化炭素をどれくらい排出できるかっていう上限値がだいたい決まるんです。ただ、その上限値も予測によって幅が出てきます。その幅が何によってもたらされるのかっていうのをきちんと調べた上で、できれば幅を狭めていくっていう努力はしなければなりません。上限値の幅が狭まれば、その分だけ二酸化炭素削減のためのコストを最適化して、安く済む可能性が高くなるわけですから。

──河宮さんは、IPCCの総会に日本代表団のメンバーとして参加されているそうですね。

はい。今年(2021年)の7月26日から8月6日に開催された第54回総会にも参加しました。そこで「IPCC第6次評価報告書」を「政策決定者向け要約(SPM)」という文書にまとめて、各国代表団が1文1文、検証し、承認するという作業を行いました。参加各国の主張がぶつかり合って、対面でさえ毎回、揉めるプロセスです。それを今回はコロナ下のためオンラインで行うことになって、非常に不安でしたが、結果的には比較的スムーズに議論が進みました。

それでも2時間かけて承認されたのは、たったの2文だけということもあって大変でした。基本的に科学者が科学ベースで議論するんですけど、それでもやっぱり色んな国の思惑っていうのが入ってきて「科学に基づいてるんですよ私たちは」と言いながら、政治的な思惑を入れこもうとするような発言が非常に印象的ではありますね。

──最後に、そういう状況をふまえて、今回のノーベル物理学賞には、どのような意義があったと思われますか。

まずノーベル賞を授ける側が環境問題に意識を持ってきたっていうのは、今までとちょっとちがうなという匂いを感じました。さっき言ったみたいに、政治的な交渉の場で色々と思惑の対立が起こるわけですけども、そこでもやっぱり科学がきちんとしてないと、議論がどんどん不毛になっていく。そういうことを、しっかりわかってほしいというメッセージがこめられているんじゃないかと、私なりには感じました。

そこで、もっとモデルをきちんとしていくことで、さっき言ったように、上限値の幅を狭めれば、それだけコストを最適化できるという面もあるので、そこでちゃんと科学と社会とか、我々の暮らしというのが、つながっていくようになればいいのかな、というふうに思いました。

──ありがとうございました。

今回の受賞理由は? 気候モデルとは? 動画でわかりやすく解説します!

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