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シロウリガイの卵表面に共生細菌をみた!世界初、謎の深海二枚貝シロウリガイの実験室内人工放卵誘導に成功(後編)

記事

前編では、JAMSTECの化学合成生態系研究の礎となったシロウリガイに関する研究の背景や人工誘導による放卵などを紹介しました。その後行った卵の分析から、何がわかったのでしょうか。後編では、いよいよ分析結果に迫ります!

卵の段階では細胞の外にいた共生細菌

――生田さん、卵の分析結果はいかがでしたか。

共生細菌を染色する実験の結果、共生細菌は、卵の植物極という部分に一文字の形に集まっていることがわかりました(図1)。動物の卵には、北極と南極のように動物極と植物極の2つの極があります。おおざっぱに言うと、動物極側からは後に表皮や神経などが形成され、植物極側からは後に内臓や生殖器官が形成されます。

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図1 植物極側の一文字の領域に集まる共生細菌

そして、共生細菌は卵の細胞膜の“外”に張り付くようにいることがわかりました(図2)。

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図2 電子顕微鏡で見た、卵の細胞膜の外に張り付くようにいる共生細菌

――あれ?先ほど、成体ではエラの細胞“内”にいると聞いた気がするのですが・・・。

その通りです。共生細菌は、成体ではエラの細胞“内”にいるのに、卵の段階では細胞の“外”にいたのです。この状態を電子顕微鏡で見たときはびっくりしました。昆虫などの細胞内共生細菌が卵を介して次世代に伝えられる場合は、卵の細胞“内”にいることが普通です。シロウリガイの共生関係は特に密接なので、よもや細胞の“外”に共生細菌がいるとは思ってもいませんでした。もう、「なんじゃこりゃ」と。

これまでに調べられた貝類の卵と胚の情報をもとに考えると、共生細菌が植物極にいたということは、仮に卵からそのままの位置関係で細胞分裂が進めば、共生細菌は宿主の生殖系に入ることになります。

しかし、成体の共生器官はエラです。そのエラは、植物極ではなく、もっと動物極側に近い所から形成されると考えられます。卵の段階で植物極側の細胞の“外”にある共生細菌が、いつ、どうやってエラの細胞“中”へ行くのか。この新たな疑問は今後取り組みたいと考えています。

共生細菌の数は、卵1つあたり約400個

――共生細菌の数はいかがでしたか。

卵1つあたり約400個の共生細菌がいることがわかりました。たとえばアブラムシの卵には約2000個の共生細菌がいるので、シマイシロウリガイのこの数は非常に少ないと言えます(写真1)。

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写真1 共焦点レーザー顕微鏡で見た共生細菌

この数を示した事には大きな意味があります。シロウリガイの共生細菌のゲノムサイズが小さくなっていることは先ほどお話ししましたが、それは、卵を介して伝えられる共生細菌が少ない事と関係しているだろうと、推測されていたのです。

――どういうことでしょうか?

一般に生き物の集団のサイズが小さくなると、遺伝的な多様性が減る事が知られています。これはボトルネック効果(図3)とも呼ばれていて、例えばあるバリエーションを持った集団から、少ない数だけをくじ引きのように選び取ると、引いた結果残るバリエーションはもとより小さくなる可能性が高いですよね。それによって、世代が進むにつれて遺伝的な変異が蓄積するスピードが早くなります。この効果と、先ほど説明した細胞内共生によって不要な遺伝子がでてくることとの積み重ねで、シロウリガイの共生細菌のゲノムサイズは小さくなったのだろうとの予測がされていました。

ですが、どれくらいの数の共生細菌が次世代に受け継がれているか、実際の数はわかりませんでした。ですから、今回その数を示した、ということに重要な意味があるわけです。

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図3 ボトルネック効果イメージ

――なるほど。

卵にいた共生細菌は10倍数体

――ほかにどんなことがわかったのでしょうか。

予想していなかった事がみつかりました。成体のエラに住む共生細菌は1倍体であるのに対し、卵の共生細菌はおよそ10倍数体であることがわかったのです。1倍体というのは、ゲノム(全遺伝子情報)セットを1つ持つ生物です。たとえばヒトは、父と母から1組ずつもらった2組のゲノムセットを持つ、2倍数体です。

――10倍数体だと、どうなのですか?

共生細菌のエネルギー源となる硫化水素は、湧水域の海底下では高濃度ですが、その真上、つまりシロウリガイの群集の直上の海水にはほとんど含まれません。したがって、水中を浮くシロウリガイの卵は、放卵後は硫化水素の無い環境を漂うことになります。そんな環境でどうやって増殖するのか。

あくまで推測ですが、そうした有機物をつくるための材料が限られた環境で細胞を増やすのに、10倍数体になっていることが役立っている可能性があります。例えると予めお弁当を持っていて、それを使って細胞分裂するような、そんなお弁当の役割を10倍数体がしているのかもしれません。

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写真2 左:卵1つあたりの共生細菌のゲノム分子数を分析した定量PCRの装置
右:共生細菌のDNAを青色に染色して倍数性を確認した像。
共生細菌1細胞の中に、いくつもの小さな点(=ゲノム分子1個分)が見える。

あるいは、別の意味があるかもしれません。シロウリガイの共生細菌は、卵1つあたりに共生細菌400個という限られた中でも、10倍数体であることによって遺伝的な多様性を残しているのかもしれません。もしそうなら、これは先ほど説明したような集団数が小さい事とは逆、つまり変異の蓄積のスピードを下げることになります。ゲノムサイズを小さくするのとは逆の効果です。

さらに、共生細菌が卵の細胞の“外”にいるということで、宿主の細胞の外で生きるための遺伝子を失わずにとっておかないといけませんから、これも、ゲノムサイズを小さくする事のブレーキとなっている可能性があります。

――生命の神秘と言いますか…すごいです。

私たちのこれまでの研究から、シロウリガイの共生細菌はゲノムサイズを小さくしているとはいえ、まださらに小さくする余地を残した、いわば究極の縮小状態からすればまだ中間的な状況にあると考えられてきました。そして今回の結果から、おそらくシロウリガイの共生細菌は、世代を越えて受け継がれる際の集団が小さいというゲノムを小さくする方向性と、卵では細胞外にいたり、10倍体であることによってゲノムの大きさを保持する方向性との、2つのバランスによって中間的な状況にあることが推測されました。

今回の研究成果によって、「共生によって微生物のゲノムがどのように進化するか」について重要な知見を得たと言えるのです。

――究極の謎に迫りつつあるようです。

さらに、新しい共生細菌の伝播スタイルを発見したという意味で、共生細菌の伝達機構の理解に新たな知見をもたらしたことにもなります。そして卵を入手したということは、今後それを用いた宿主の細胞と共生細菌の相互作用についての様々な実験・解析が可能になったわけで、新たな研究の方向性が開かれたことにもなります。

共生細菌の研究を、将来のバイオテクノロジー技術へ

――今更ですが、生田さんは、そもそもなぜ研究の道へ進んだのですか?

私は現在は生物の研究をしていますが、最初に卒業した大学は文系で文化人類学を学びました。しかし、社会で働く中で、変わった姿に生物が進化することにずっと興味を持っていたことを思い出し、30歳を越えてから再度センター試験を受けて理学部へ進学しました。そこで出会った先生に「もう大学院でいいのでは?」と勧められ、2年生で退学、大学院を受験して進学しました。JAMSTECには2012年に赴任しました。複数の生物が共生することで、1つの生物だけではありえないような機能をもつようになることに興味を持って、「なんでそんなことが起きるのだろう」と研究をしています。

――今後はどんな研究をする予定ですか。

先ほどお話したように、卵が分裂を重ねて貝になっていく過程で、共生細菌がいつどのようにして生殖器官とエラの細胞内に入っていくのかなどを明らかにしたいです。卵を受精させて胚の培養等の実験技術を確立し、分裂していく過程の細胞1つ1つについて共生細菌の居場所を追ったり、その現象の背景にある細胞や分子の仕組みを明らかにすることで、伝達機構の解明を目指したいと考えています。

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写真3:シロウリガイの卵に試薬を顕微注入する実験

――生田さんの将来の夢は何ですか?

共生などによって生き物がどのように進化してきたのか、理解を深めたいと思います。それから最近は、共生について別の視点で考えるようにもなっています。共生という現象は実は広く生物界にみられるもので、例えば人間にも腸内細菌という共生細菌がいて、健康状態の維持に役立っています。善玉菌とか悪玉菌とか、聞いた事ありますよね。現在のバイオテクノロジーでは、共生細菌を使って植物の病気を予防したり、人が虫を媒介とした病気にかからないようにするなどの技術も進みつつあります。

微生物が別の生き物の中に入って共生する現象を自在にコントロールできるようになれば、微生物をある細胞に入れることで、それまでなかった機能を持たせて医療や産業に役立てる事ができるかもしれません。自分がいま取り組む共生の研究が、将来的にはそうしたバイオテクノロジーの流れの一つになれたら、と思っています。

――応援しています。ありがとうございました。

参考リンク:生田さんが所属する海洋生物多様性研究分野「しんかい2000」の実機や、シロウリガイが展示されている新江ノ島水族館
深海I~JAMSTECとの共同研究~
深海II~しんかい2000~

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