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マントル深部由来の玄武岩に炭酸塩の痕跡を発見―地球表層とマントルの物質循環モデルに新説-

記事

地球内部にあるマントルは主にかんらん岩でできていますが、プレートテクトニクスの作用による物質移動に伴い、その深部が不均質になっていることが指摘されています。その不均質を作っている物質は、何なのか。その謎を巡って1990年代から議論が続いています。このたび、その決着がついたともいえる重要な分析結果が報告されました。

マントル深部由来の玄武岩に炭酸塩の痕跡を発見
―地球表層とマントルの物質循環モデルに新説―

論文タイトル:Key new pieces of the HIMU puzzle from olivines and diamond inclusions

ココがポイント

●クック-オーストラル諸島とコモロ諸島に代表される海洋島(大陸から遠く離れた海の中にある火山島)は、マントル深部を知りえる重要な場所である。
●それらの島で採集した火山岩の分析から、マントルの底を不均質にしているのは、肥沃なかんらん岩だと示された。
● 地球表層からマントルに至る物質循環に新たなモデルをつくった。

コロンビア大学と共同で英国科学誌「Nature」に論文を発表した、地球内部物質循環研究分野の羽生毅主任研究員に聞きました。

マントルの底を不均質にしているのは、何だ?

――マントルとは、どんなものですか?

写真1
写真1 羽生 毅主任研究員 左は岩石をバラバラにする装置

半径6400kmの地球内部は、厚さ数km~数十kmの地殻の下に深さ約2900kmまでマントルがあり、さらにその内側に液体の鉄の外核、固体の鉄の内核があります(図1)。

図1
図1 地球内部イメージ

マントルは地球内部で最も厚く、地下660kmを境に上部マントルと下部マントルに分けられます。上部マントルは、かんらん石という鉱物を主として単斜輝石や斜方輝石などを含む「かんらん岩」でほぼできています。

かんらん石は透き通った緑色の石で、綺麗なものはペリドットという宝石としても知られていますね(写真2)。

写真2
写真2 かんらん石

下部マントルは、高い圧力と温度の影響により鉱物の種類や性質が変化したかんらん岩でできています。

――なぜ、マントルを研究するのですか?

率直に、私たちが住む地球がどんな星なのか、どのようにしてできて現在の姿になったのかを知りたいと思うわけです。地球の46億年の歴史を考える上で、地球の重量の約70%を占めるマントルを理解することは、当然、重要です。例えば、生命の存在には水や大気が欠かせませんが、それらは地球の歴史の中でマントルから絞り出されてきたものなのです。

ですが、それだけではありません。例えば、私たちの生活に直接影響する地震や火山は、主に地殻という地球の表面に近いところで起こる現象です。その地殻の動きはその下のマントルと直結していて、むしろマントルによって駆動されているといっても過言ではありません。マントルは私たちから遠いところのもののようですが、地殻を通じて私たちの住む地球表層と関係しているのです。地球全体を一つのシステムとして理解することが重要になってきています。

地球内部の研究は1980年代から進む中、マントルの底が不均質になっていることがわかってきました。プレートテクトニクスが地球上で始まって以来ずっと、地殻や堆積物などが沈みこんだためです(図2)。中でも海の地殻「海洋地殻」は最も多くたまっていて、その量は現存する大陸地殻の総量をはるかにしのぐマントルの10%にも相当すると推定されています。

図2
図2 不均質になっているとされるマントルの底

しかし、その沈みこんだ海洋地殻がどんな姿でマントルにたまっているのかはわかっていません。海洋地殻の主成分である玄武岩が高い圧力で変成してできる「エクロジャイト」という岩石になっているのか。それとも、玄武岩が周囲のかんらん岩と化学反応してマグマに濃集しやすい元素に富んだ「肥沃なかんらん岩」になっているのか。2つの意見に分かれて研究者の間で議論が続いています。

マントルやマグマが地表に運んでくる物質を手掛かりに、マントルを探る

――地球内部にあるマントルだなんて、どのように研究するのですか?

マントルの情報を得る有力な手がかりとなるのは、マントルの流れが運んでくる物質をマグマ源とする、火山岩です。

数億年の長期スケールでみるとマントルでは、熱い物質が間欠泉のように上昇する「マントルプルーム」が起きていて、下の物質が上に運ばれています(図3)。そのマントルプルームは熱いので、地殻の下まで上がってくると融け始めマグマを発生させます。そのマグマが上昇して地表に噴きだして冷え固まると、火山岩になります。このとき、まずかんらん石が結晶化して、続いて残った液から単斜輝石が結晶化して…と結晶が順番に形成され、マグマの組成が変化していきます。ですので、最初にできたかんらん石にはマグマ源、つまりマントルの組成が最も反映されやすいことになります。

図3
図3 かんらん石を手掛かりに、マントルを調べる

そして、マントルプルームが生じる“根”は場所により違うため、火山岩の採集場所を変えれば異なる深さや場所のマントル情報が得られます(図4)。我々は、南太平洋にあるクック-オーストラル諸島やインド洋にあるコモロ諸島に注目しました。

図4
図4 火山岩の採集場所によって、異なる深さのマントル情報が得られる。

――クック-オーストラル諸島やコモロ諸島とは、どんなところですか?

マントルの“底”から上昇したマントルプルームによりできた海洋島の1つです。もちろん見た目では他の島の火山岩と区別はつきませんが、火山岩の化学組成を調べると、クック-オーストラル諸島やコモロ諸島の火山岩にはHIMU(ハイミュー)と呼ばれる成分が含まれることがわかっています。HIMUとは、マントルの底にたまっていた、沈みこんだ海洋地殻の影響を強く受けた成分です。そのようなHIMU火山岩を詳しく分析すれば、沈みこんだ海洋地殻がどのような姿でマントルにたまっていたのかわかるはずです。

――HIMU火山岩は、どのように採集したのですか?

私は太平洋にあるクック-オーストラル諸島ツブアイ島とマンガイア島から、コロンビア大学のヤーコブさんたちはコモロ諸島のカーサラ島から岩石試料を採集しました(図5)。

図5
図5 岩石採集場所

火山岩は風雨にさらされていると変質して化学組成が変化してしまいます。高温多湿な海洋島では変質が進みやすく、新鮮な火山岩は崖崩れのような岩体の内部が露出したようなところや分厚い溶岩の中心などから探します。地質図を参考に島中を歩き回り、露頭があればハンマーでガンガン叩いて岩石試料を集めました(写真3)。

写真3
写真3 ゴーグルと軍手着用のもとハンマーでたたいて岩石をとる。

岩石の表面は風化していても、岩石を割るとかんらん石を直接見てとれますよ(写真4)。

写真4
写真4 HIMU火山岩(マントル深部由来の玄武岩)

岩石は全部で数十kgは集めました。多くは段ボール箱に入れて船便で日本に送りましたが、本当に大切な岩石は自分の手荷物に入れて持って帰りました。

HIMU火山岩とかんらん石を、徹底分析

――どんな分析をしたのですか?

HIMU火山岩そのものは、私が顕微鏡観察や化学組成・同位体分析をしました。特に力を入れたのが、化学組成の分析です。%単位の元素から‰単位の微量元素まで、他機関ではできないレベルまで徹底的に分析しました(写真5)。できることは何でもするのが、私のモットーです。

写真5
写真5  微量元素の測定に使った「誘導結合プラズマ質量分析計」(ICP-MS)の参考写真(実験当時は別の機種を使用)。岩石を粉状に砕き酸に溶かした溶液試料に、プラズマを照射し、そこから発生するイオンを分析する。 一度に40元素まで測定できる。

一方、HIMU火山岩からとりだしたかんらん石は、ヤーコブさんたちが化学組成を分析しました。ここでこだわったのが、アルミニウム濃度の測定です。

写真6
写真6 High Voltage Pulse Power Fragmentation SELRAG。火山岩からかんらん石などの鉱物を取り出すために使う装置。雷のような強い電流を岩石に流すと、電流が粒つぶの境界面を流れ、その流れた部分で石同士がパランと離れる。

――なぜ、アルミニウム濃度ですか?

アルミニウムはザクロ石の主成分です。ザクロ石は、エクロジャイトには20~50%含まれますが、かんらん岩には5%程度しか含まれません(図6)。従って、ザクロ石の多いエクロジャイトをマグマ源にした火山岩ならば、そこから結晶化したかんらん石のアルミニウム濃度も高くなります。反対にザクロ石の少ない肥沃なかんらん岩をマグマ源にした火山岩ならば、かんらん石のアルミニウム濃度も低くなります。

図6
図6 アルミニウム濃度の測定が、カギ(下から上に向かって読んでください)。

――アルミニウム濃度からHIMU火山岩のマグマ源がエクロジャイトか肥沃なかんらん岩かを区別するのですね。

ところがかんらん石中のアルミニウム濃度は非常に低く、先行研究でも測定されていませんでした。アルミニウム濃度を測定できれば、議論の決定打になるかもしれません。だからこそ、なんとしてもアルミニウム濃度を測定したかったのです。

エクロジャイトか、肥沃なかんらん岩か?

――結果はいかがでしたか。

ヤーコブさんたちがかんらん石中の微量元素を正確に測定できるように電子線マイクロアナライザー(写真7)を調整するなど様々な試行錯誤を繰り返した結果、ついにアルミニウム濃度の測定に成功しました。そしてすべての化学組成の分析結果を他の浅部マントルをマグマ源とする火山岩と比べると、アルミニウムとカルシウム濃度に明瞭な違いがみられました。HIMU火山岩の低いアルミニウム濃度と高いカルシウム濃度は、そのマグマ源が肥沃なかんらん岩であることを示しました。

写真7
写真7 コロンビア大学が組成分析に使った電子線マイクロアナライザーの参考写真(実験では別の装置を使用)。 物質がどんな元素から構成されているかを、その物質の表面に電子線を照射して、そこから発生する特性X線を計測して分析する。

――マントルの底を不均質にしているのは、エクロジャイトではなく、肥沃なかんらん岩だった、ということですね。

その通りです。それも、単純な化学反応でできたものではありませんでした。

HIMU火山岩の化学組成の分析から、HIMU火山岩はニオブが多く、鉛やカリウムの元素が少ないなどの特徴がみられました。これは、カーボナタイトやキンバーライトと呼ばれる特殊な岩石とよく似ています。カーボナタイトとキンバーライトは古い大陸に出現する火山岩で、炭酸塩成分(CaCO3やMgCO3)がそのまま入ったような炭酸塩マグマからできています。ちなみに、キンバーライトはダイヤモンドを含む岩石として知られています。

――どういうことでしょうか。

HIMU火山岩に炭酸塩の痕跡が残されていた、ということです。

炭酸塩は主に海など地球表層に存在する物質です。これまで、海洋地殻の沈み込みに伴い“上部”マントルまで運ばれることは知られていました。しかしマントルの“底”から上昇してきた物質をマグマ源とするHIMU火山岩にも炭酸塩の痕跡が見つかったことから、我々は、次のモデルを考えました(図7)。

海洋地殻は、海起源の炭酸塩成分を多く含みます。その海洋地殻が大陸下に沈みこむと、高温でとけて炭酸塩マグマを作ります。その炭酸塩マグマがかんらん岩質マントルと反応すると、肥沃で炭酸塩に富むかんらん岩となります。その肥沃で炭酸塩に富むかんらん岩の一部はさらに運ばれ、マントル深くにたまりました。マントルプルームにより再び上昇してクック-オーストラル諸島やコモロ諸島のマグマ源となったのです。

図7
図7 表層からマントルに至る循環のモデル。

――新たなモデルができたのですね。炭酸塩がマントルの底まで運ばれたことは、どんな意味を持つのでしょうか。

炭酸塩(CaCO3やMgCO3)は炭素(C)を含むので、炭素もマントルに運ばれていることになります。これまでマントルには、海洋地殻によって水が持ち込まれることは指摘されていましたが、炭素も運ばれることを示したのは今回が初めてです。

炭素や水は岩石の融ける温度を下げたり、マントルの粘性を下げて対流しやすくする働きあります。マントル内の物質循環における炭素の重要性を指摘する意味があります。

マントルの底の議論は続く?

――マントルの不均質に関する議論の決着をつけたことについて、周囲の反応はいかがでしたか?

まだ特にはありません(2016年11月現在)。そして、私は必ずしも決着がついたとは思っていません。こういう議論は、後から別の解釈が提案されることもあります。少ない手がかりで大きなことを理解しようとする研究ですから。ですが、そうした反論も含めて、その先の進展につながっていくのです。そこから今まで知られていなかったような地球のプロセスがわかるかもしれません。

――今後はどんな研究をする予定でしょうか。

この研究でHIMU成分には炭素が関与すると述べましたが、炭素を直接測ったわけではありません。ですから今度は、炭素を直接測りたいと考えています。

この研究は、人々の生活に直結はしないかもしれません。しかし地球という星がどのようにできて現在成り立っているのかを解明することにつながるはずです。炭素も生命の基本元素ですから。

――46億年の地球史に迫る壮大な研究ですね。ありがとうございました。

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