地震の時、断層では何が起きているのか。直接観察できないこうした地球深部の現象は、実験室で再現するしかありません。それが、回転式高速摩擦試験機を使って岩石などの試料をすべらせる、断層すべりの再現実験です。「地震断層面は従来考えられていたより低温で融けることを確認」 では、その試験機を使った成果を紹介しました。今回は、試験機そのものについて、研究開発から携わる廣瀬丈洋主任研究員に再びお話を聞きます。
摩擦熔融実験の幕を開けた、回転式高速摩擦試験機1号機
――廣瀬さんは、回転式高速摩擦試験機の研究開発に長く携わっているそうですね。
はい、回転式高速摩擦試験機には学生時代から18年以上携わっています。回転式高速摩擦試験機は世界に10台もありません。私が研究開発に携わった、通称「1号機」から「2号機」(高知版)、「3号機」(高知版)を紹介します。
写真2は、摩擦熔融実験の分野で最初に研究開発された回転式高速摩擦試験機の1号機です。1993年に東京大学地震研究所で、私の恩師でもある嶋本利彦先生が中心となって開発されました。なお、この1号機は後に京都大学へ移管され、高知コア研究所には2007年に設置されました。2017年現在は山口大学に設置されています。
――これが、日本の最初の回転式高速摩擦試験機ですか…!どのように断層すべりを再現するのですか?
2つの円柱形や円筒形試料を向かい合わせにセットして模擬断層を作ります。一方を固定して、もう一方を回転させることで断層すべりを再現します。単純な構造なので様々な岩石試料を用いて多くの実験が行われました。その回数は4,000回に達し、摩擦試験機としては世界屈指の実験数を誇ります。
1号機の誕生により、断層すべり時に岩石が融けることなどで生じる断層潤滑効果(断層の摩擦強度が劇的に低下する現象)の理解が大きく進みました。
――1号機が日本の摩擦熔融実験の幕を開け、実験の積み重ねが大きな前進をもたらしたのですね。
世界初、水圧がかかった状態で断層すべりを再現する2号機(高知版)
――2号機(高知版)についても聞かせてください。
1号機をベースに高知コア研究所断層物性グループで2008年に開発した2号機(高知版)が、こちらです。正式名称は「流体制御型高速せん断試験装置」です。
――2号機(高知版)にはどんな特長があるのですか?
2号機(高知版)は、世界で初めて水圧をかけた状態で粒状物質の地震断層すべりの再現を可能にしました。
――なぜ、水中で?
海溝型地震の震源域の断層は水に浸かっていて、大きな水圧がかかっています。断層すべりに伴う摩擦熱でその水圧が大きくなれば断層がすべりやすくなるなどの可能性が指摘されています。そこで、試料を水に浸した状態で実験することでより現実に近い断層すべりを再現しようと、2号機(高知版)を研究開発しました。
――具体的に、どのように実験するのですか?
空気中で実験をするときは、2つの試料を鉛直方向に向かい合わせにセットして、下側の試料を高速回転させ、上からもう片方の試料を押し付けることで断層すべりを再現します。
水中での実験では、容器の上から室温の水を試料ホルダに水を送り込みながら、断層すべりを再現します。
送り込んだ水は外へ流出するので、この水の水圧の変化や化学成分を分析すれば試料がどれくらい水を通しやすいのか(透水係数)や、どんな化学反応が起きたのかもわかります。地震性の動きを再現しているときにこうした水理学的な特性も決められるのは、結構すごいことなんですよ。
――2号機(高知版)では水中での断層すべりの再現に加えて、その水の分析から断層すべり時の試料の特性まで調べられるのですね!
上側の試料を下側へ押し付ける荷重は、1号機の10倍にあたる100kn(10トン)までかけられます。試料は岩石に加えて粉末でも実験できます。
――粉末? どういうことですか?
天然の断層帯には粘土がよく観察され、断層粘土と呼ばれています。実際、掘削によって南海トラフのプレート境界浅部から掘り出した試料も、硬い岩石ではなくまだ粘土質です。といっても人間の手ではつぶせない硬さですが。こうした試料は岩石のように切り出すことはできません。そこで専用の粉末試料用ホルダに入れて蓋をかぶせて実験します。金属と金属で粉末や粘土を挟んでガーッと回すようなイメージです。
――岩石だけではなく粉末や粘土でも実験できるのですね!
2号機(高知版)でより現実的な断層物質を用いて地震発生場の環境を再現できることによって、地震時に地下深くでどのような物理化学現象が起こって地震に至るのかといった物質科学的な視点か地震のメカニズムの解明に繋がると期待できます。
熱水の中で実験ができる3号機(高知版)
――3号機(高知版)を見せてください。
これが、高知コア研究所で現在新たに開発している3号機(高知版)です。正式名称は「回転式熱水剪断試験装置」です。
――大きいですね!どんな特長があるのですか?
3号機(高知版)は、“高圧高温熱水の中で”断層すべりを再現できます。その圧力は約1,200気圧、熱水の温度は、約600度! 試料をすべらせる速度は通常時の速度(1年に数cm)から地震時の高速(1秒間に数m)まで変えられます。熱水の中で摩擦熔融実験なんて、誰もやっていません。これも世界初の試みです。
――なぜ、高圧高温熱水の中で実験をするのですか?
巨大地震は、200~300°C高温条件でかつ水が存在するような環境で発生しているからです。また、断層は海嶺などの熱水噴出孔の地下にもあり、そこでは熱水に浸かっているからです。そのような断層が動けば様々なガスが生じて、それを栄養源に独自の微生物生態系が存在している可能性もあると思っています。熱水の中で摩擦実験を行うことは、地震発生メカニズムだけではなく生命の研究にもつながるのです。
――そうなのですね! どのように実験するのですか?
圧力容器内に水を注入して圧力を上げ、シーズヒーター(ホットプレートの下にある発熱体のようなもの)で数百度の高温にすることで、熱水環境を再現します。
――1,200気圧に600°Cって、強烈ですね・・・。
そう、万が一熱水が飛び散れば大変危険です。実は、熱水中で実験したいというアイディアは、2号機ができるずっと前から頭の中にありました。しかし、どうすれば安全性を担保できるのか。様々な試験機を見て調べたり技術者に相談しましたが、なかなか解決策が見つかりませんでした。そんな中、ある企業から「熱水圧力容器内で高速で回転する軸をシールするOリングは水循環で冷却した方がいい」とアドバイスを受けました。その循環水のシステムを考えたときに、「あ、いけるかな」と。ここから3号機の作製に踏み切りました。
――Oリングの冷却用の循環水を手掛かりに、どんなひらめきがあったのですか?
高温高圧で熱水環境を再現する圧力容器内には複数個所にOリングを付けます。Oリングは熱水が漏れるのを防ぐものなので、もし破損すれば熱水が外に漏れます。破損が起きる可能性が一番高いのが、回転軸につけたOリングです。一方、こうしたOリングのシール機能を保つには、冷却用の水を圧力容器内で循環させなければなりません。そこで、私が考えたのが、「万が一Oリングが破損して熱水漏れ出しても、冷却水の中にしか入らないようにする」仕組みです。
――そうなのですね!
2017年現在は、この安全機構の確認と摩擦実験を行うための細かい調整を進めています。
――3号機(高知版)を使った実験が始まるのが楽しみです。
1号機で初めての試験機を研究開発し、2号機(高知版)では水中での実験を実現、3号機(高知版)では熱水中での実験を実現。どんどん進化していきますね。
高知コア研究所にある我々の試験機は、世界トップクラスの性能を誇ります。この試験機を使うために世界中から研究者が高知コア研究所にやってくるほどなんですよ。
回転式高速摩擦試験機は、地震発生帯へより迫ろうとしています。そしてこの試験機は、宇宙の惑星で起きている地震の解明にも役立つと考えています。これからは、地球から宇宙へも攻めていこうと思っています。
――実際の地震発生帯に近づくだけではなく、宇宙へと広がるのですね!そして摩擦熔融実験の世界最先端を行っているのが、高知コア研究所なのですね!