沖縄トラフ熱水活動域「ちきゅう」掘削孔を利用した潜航調査計画 in NT10-17

首席研究者の紹介

自己紹介(首席研究者:川口 慎介)

1982年3月30日、兵庫県宝塚市に生まれる。サラリーマンの父、パートの母、2人の兄姉との5人家族の中ですくすくと育つ。 宝塚第一小学校、宝梅中学校、宝塚高等学校と地元の公立校を卒業した後、2000年に北海道大学理学部に進学。「試される大地」に魅了され、ほとんど授業に出ない「正しい北大生」であった。大学4年生から大学院修士課程にかけての3年間は、「気体成分分析虎の穴」である角皆潤・助教授の研究室に在籍し、世界最高峰の分析技術を叩き込まれる。大学院博士課程進学にあたっては東京大学海洋研究所の門を叩き、「日本熱水化学正統王位継承者」である蒲生俊敬・教授の薫陶を受ける。この頃、「微生物ハンター×ハンター」こと高井研・上席研究員に見初められ、博士(農学)の学位取得後は高井氏の主宰するプレカンブリアンエコシステムラボでポストドクトラル研究員として職を得る。現在は3人の師からそれぞれ伝承された3本の矢を束ね、気体成分分析を武器に熱水噴出孔周辺の微生物活動を明らかにする研究を、「海底下の大河」計画のもとで行っている。





この計画に臨んで

伊平屋北熱水域は1995年に発見されています。1995年というと阪神大震災や地下鉄サリン事件などが起こった年で、私はまだ中学生でした。当時の私は特に科学に関心があった訳でもなかったので、海底熱水活動なるものがこの世に存在することすらも知りませんでした。その後、運命に流されるままに地球科学の道に足を踏み入れた私は、2007年に初めて熱水活動域の調査をすることになりました。その時の航海が、「なつしま」「ハイパードルフィン」による伊平屋北熱水域の潜航調査航海でした。 2007年の航海で得た熱水試料の化学分析を行い、1995年の発見以来、先人が蓄積したデータを合わせて解析を行ったところ、伊平屋北熱水域で噴出する熱水の化学組成には、2つの大きな特徴があることがわかりました。1つは「微生物が作ったメタンが大量に存在する」ことです。生物が活動できない300度を超える熱水の中に微生物が作ったメタンが存在するという事実は、一見矛盾しています。しかし、周囲の研究者と議論を繰り返すうちに、「海底下に染みこんだ海水が温められて熱水に変わっていく途中のぬるい流域」で微生物がメタンを作っていれば、300度を超える熱水の中に微生物が作ったメタンが存在することを矛盾無く説明できる、と考えるようになりました。この仮説については、JAMSTEC熱水微生物研究の成果を大々的に取り上げた某マンガに敬意を表し、「MMRモデル」と名付け、学会誌に投稿しました。
 もう1つの特徴は、「塩分のツジツマが合わないこと」です。伊平屋北熱水域では、海底下で熱水が沸騰していることが知られています。海水を煮詰めることを想像してもらうとわかりやすいですが、沸騰してできた蒸気には塩分が含まれず、残った海水は失った蒸気の分だけ塩分が濃くなります。伊平屋北熱水域には熱水噴出孔がいくつか活動していますが、12年間に及ぶ観測で、その大部分で海水よりも塩分が薄い熱水が噴出しており、海水よりも塩分が濃い熱水はほとんど噴出していないことが確認されています。熱水の元は海水ですから、たとえ沸騰しているとしても、すべての熱水を混ぜ合わせればちょうど海水と同じぐらいの塩分になるはずです。つまり、噴出している熱水だけを調べる限り、伊平屋北熱水域では「熱水の塩分のツジツマが合わない」のです。この不思議な現象については、世界のいくつかの熱水域でも同様に確認されており、「沸騰後の塩分の濃い熱水は噴出せず海底下に滞留している」として説明をする学説があります。この「海底下塩溜り仮説」が正しいならば、伊平屋北熱水域の海底下には、塩分の濃い熱水が大量に滞留していることになります。

「MMRモデル」にしても「海底下塩溜り仮説」にしても、その存在を証明する最も単純で効果的な方法は、「海底下から熱水を直接採取して調べる」ことですが、海底は厚い堆積層と固い岩石に覆われているため、そこを流れる熱水を直接採取することは、ほぼ不可能です。しかし、ほぼ不可能というのは、絶対に不可能というわけではなく、可能な手段が存在するということです。そして、海底下からの熱水直接採取を可能にする唯一の手段が、「掘削孔にアプローチする潜航調査」なのです。 今回の「ちきゅう」による伊平屋北熱水域掘削行動では100メートル以深まで掘削するため、「ハイパードルフィン」で掘削孔にアプローチし、「カンダタセット」を使用することで、掘削孔を通じて海底下100メートルを流れる熱水を直接採取することができます。今回は熱水が噴出している地点を掘削するため、「海底下塩溜り説」を証明するのに最適です。「海底下の塩溜り」は掘削のショックで一気に噴出する恐れがありますから、できる限り「掘りたてほやほや」の時期に掘削孔を観測することが望まれます。そのミッションを担うのが、今回の「なつしま」NT10-17次航海です。NT10-17次航海では、まさに前日まで「ちきゅう」が作業をしていた掘削孔に「ハイパードルフィン」でアプローチし、調査を行うことを計画しています。

掘削孔から採取した熱水が「塩分濃いめ」であれば、「海底下塩溜り仮説」を、端的かつ直接的に証明することになります。この結果が得られれば、非常にエクセレントで、熱水研究30年史における金字塔的成果と言えます。だからといって、掘削孔内の熱水が「塩分濃いめ」で無かったら、成果ゼロかというと、そういうわけでもありません。なんせ熱水噴出域の掘削孔即日潜航調査は世界初の試みですから、予想もしない結果が得られることも十分に考えられます。そして、予想もしない結果が得られたときこそが、想像力をフル回転させ、今までにない新たな海底下像に思いを馳せる絶好の機会ですから、それはそれで非常にエキサイティングなわけです。 「やる前から負けること考えるバカいるかよ!」「迷わず行けよ、行けばわかるさ!」と、先人は言いました。私もこの気持ちを持って、伊平屋北熱水域にくり出します。「時は来た!」


右から高井 研クリストファー・ハウス宮崎 淳一、西澤 学、川口 慎介
川口と宮崎は「なつしま」に、他三名は「ちきゅう」に乗船する今回の調査の関係者