更新日:2023/05/02

公募研究

東シナ海の黒潮の経年変動とその水温場への影響:梅雨に対する役割

研究代表者 中村啓彦* (鹿児島大学・教授)
研究協力者 加古真一郎* (鹿児島大学・准教授),仁科文子*(鹿児島大学・助教),冨田智彦# (熊本大学・准教授)
[学位:*海洋学,#気象学]

近年、西日本では、災害に繋がる梅雨期の集中豪雨が増加傾向にある。これまでの研究から、西日本における梅雨初期・中期の降水量の経年変動は、東シナ海の大陸棚上と黒潮の水温差の経年変動に依存することが指摘されている。東シナ海の表層水温は黒潮の影響を強く受けているので、その経年変動を理解するには、黒潮の流況(流速・流路・流れの安定性)の時空間変動特性を理解することが必須となる。本研究は、東シナ海の黒潮の流況について長期変動(季節~数10年規模)の特性を理解し、黒潮の諸変動が日本周辺の表層水温変動に与える影響、延いては西日本の梅雨期の降水に与える影響を評価することを目的としている。

この目的に対して、具体的に2つの課題に取り組む。1つ目は、東アジアモンスーンの経年変動が東シナ海の黒潮を経年変動させる局所力学として、研究代表者が提案した「非線形エクマンパンピング応答の仮説」(黒潮直上を吹く東アジアモンスーンが、黒潮上で非線形的なエクマンパンピングを形成し、黒潮の流速・流路の季節変動、さらにその変調として経年変動を引き起こすという仮説)を、現場観測を実施して検証することである。2つ目は、西日本の梅雨期の降水過程に影響を与える東シナ海の海水温の経年変動のメカニズムを、梅雨の季節進行とともにメカニズムが変化するという作業仮説(梅雨初・中期の降水量は黒潮前線の水温差に影響されるが、梅雨末期のそれは大陸棚上の海水温上昇に影響されるという作業仮説)に従って、梅雨初期・中期・末期に分けて解明することである。

1つ目の研究課題に関連して、2022年6月と2023年6月に鹿大水産学部練習船「かごしま丸」を用いた海洋観測を実施する。この観測では、2020年6月から沖縄島西方の黒潮流域に係留中の超音波ドップラー流速計(ADCP 75KHz)4台(図1)を回収・再設置する。回収した3年分のデータを解析して、「非線形エクマンパンピング仮説」を検証する。2021年6月に回収した1年分のデータを用いて、すでに解析を実施しており(図2)、本公募研究中に得られる2年分のデータを加えて、さらに解析結果を精密化する。2022年6月航海では、当該新学術領域研究の計画班(A02-3班)と連動して、梅雨期の豪雨に影響する海洋・大気環境場の特性を把握するために、東シナ海の黒潮流域で大気・海洋同時観測を実施する。

2つ目の研究課題に関連して、梅雨の初・中・末期の東シナ海の海面水温の経変変動を、3つの原因から考察する:1)冬季モンスーンの経年変動により海面冷却効果を通して大陸棚上の冬季海水温が変わり、それが夏季まで持続する効果、2)夏季モンスーンの経年変動による海面加熱の経年変動の効果、3)黒潮の流速・流路・安定性の経年変動、または、それらの季節変動の変調による大陸棚上への水平熱移流(平均流と渦成分)の経年変動の効果である。3つのプロセスの寄与の量的評価をするために、海洋再解析データと熱フラックスデータを用いて熱収支解析する。これら3つの原因の中で、3)の黒潮の流速・流路・安定性の経年変動については、南西諸島東方の低気圧渦活動の経年変動と連動して、東シナ海の黒潮が2005年以降、顕著な準4年周期変動をしたことをすでに指摘している。また,3)に関連した季節変動の変調の把握については,1つ目の研究課題と連動している。

本研究の成果は,東アジア縁辺海と日本南岸の海水温変動に関連するすべての計画研究(特にA01-2, A02-3, A02-6)に対して,有益な情報を与えることが期待できる。

図1. 黒潮変動の日韓共同係留観測網:総観規模擾乱からアジアモンスーンまでの時間スケールで、黒潮直上の風応力変動に対する黒潮の流速・流軸位置・流れの安定性の変動を把握する。

図2. 2020/06〜2021/06の観測結果(係留系設置点の情報は図1を参照):ADCP流速偏差は,温度躍層全体に渡って,夏季モンスーン期間は沖側(KCM4a, KCM3a)が正偏差だが,冬季モンスーンが始まると岸側(KCM4, KCM3)が正偏差になる。このことから,黒潮は冬季モンスーンがはじまると全層に渡って岸側にシフトすることがわかる。