地球発見 まだまだ知らない「ちきゅう」がある。

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特集:あの地震を忘れないために

JFASTで残された課題。それが「海底下への長期観測用温度計の設置」だ。断層に余熱があるうちに! 「ちきゅう」は再びミッションに挑む。
(2012年9月掲載)

許正憲 取材協力
許正憲
(きょ まさのり)

海洋研究開発機構
地球深部探査センター 開発グループ
グループリーダー

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ふたたび日本海溝域へ

 2012年4月から5月にかけて行われた「東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)」は大きな課題を残した。水中カメラのケーブル故障により主目的の一つであった「長期孔内観測用の温度計」が設置できなかったのだ。
 温度計の設置こそ、この航海を異例の速さで進めてきた理由だった。2011年3月11日の地震時に発生した断層の摩擦熱は月日の経過ともに失われていく。その温度を測定するためには可能な限り早い段階で観測をはじめる必要がある。
 水中カメラのケーブル故障が発生したそのときから関係者の間で再挑戦の計画が練られはじめた。通常、科学掘削では一つの研究航海で再挑戦が行われることはほとんどない。しかし、今回は巨大地震の解析という至急の目的がある。「ちきゅう」に携わる全ての人の努力により、再挑戦「JFAST2」が行えるように運行計画を調整し、実現に向け決断がなされた。
 そして7月5日。佐世保ドックでのメンテナンスを終えた「ちきゅう」は再び日本海溝域をめざして出航した。 

JFASTのポイントに帰ってきた

 実はJFASTの航海で「ちきゅう」は掘削場所となる海底に「ウェルヘッド(孔口装置)」の設置に成功していた。温度計はドリルで掘った孔に設置される。ウェルヘッドは、その温度計の投入の際に孔の入り口を確保するための装置だ。
 復旧した水中カメラには音響探査ソナーもついている。掘削域に到達した「ちきゅう」はドリルビッドをつけたパイプを降下させ、そこに水中カメラを沿わせてソナーによる探査を開始した。JFASTで設置したウェルヘッドを探すのだ。
 もちろん「ちきゅう」にはGPSが設置されている。船上に表示される緯度経度情報としてはJFASTの掘削ポイントと同じ場所にとどまることができる。しかし相手は約7,000mの海底だ。潮流の向きや強さによって、船底から7,000m先のパイプ先端が前回と同じ場所に到達しているとは限らない。
 ソナーを使った探査も万能ではない。もしそれらしい反応があれば、その方向へ「ちきゅう」を動かす。しかし、その反応が何らかのノイズだったり,目標のウェルヘッドではない場合もある。水中カメラの視界は10m程度。深海の暗闇の中をソナーとわずかな視界をたよりに直径76cmの投入口を探す。例えるならば深夜の20階建てビルの屋上から糸を垂らし、糸の先につけたセンサーとカメラで地面に置いてきた5円玉の穴を探すようなものである。ビルの屋上の立つ位置は決まっているものの風があるのでまっすぐ下に糸が垂れるわけではない。そのため糸を持つ人間が、センサーをたよりに前後左右に動きながらカメラに5円玉がうつるのを待つ、という作業である。
 それでも7月10日にはウェルヘッドを水中カメラの映像で確認し、12日には海底下854.81mまでの掘削を行うことができた。

船上での懸命の作業がつづく


「ウェルヘッド(孔口装置)」に着地成功