2013年 2月 8日
独立行政法人海洋研究開発機構
1.概要
独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)の高知コア研究所の
このような応力の解放は、従来大きな地震のエネルギーを蓄積せず地震性滑りが発生しないと考えられていた海溝軸付近の断層においても、エネルギーを蓄積し大きな滑りが発生し得るということを世界で初めて裏付けるものです。
本成果は、2月8日付け(現地時間)発行の科学雑誌Scienceに掲載される予定です。
2.経緯
海溝型巨大地震は、海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む際にプレート境界断層に応力が蓄積され、それが解放されることによって発生すると考えられています。従来、応力の蓄積は沈み込みが深部まで達した領域のプレート境界断層(固着領域)で生じ、蓄積された応力の一部を短時間に解放して地震動を発生させており、沈み込み開始地点近傍である海溝軸付近では、プレート境界断層の固着が極めて小さく地震動を発生させるほどの応力は蓄積しないと考えられていました(図2)。
しかし、東北地方太平洋沖地震では、地震直後の震源域付近の海底地形と地殻構造の調査結果により、震源近傍の北米プレートが50m以上東南東へ移動したこと(既報:平成23年4月28日、平成23年12月2日)や、地震を発生させたと推定される断層が海溝軸まで及んでいること(既報:平成24年8月20日)等、従来の考え方では理解しがたい現象が確認されました。このため、「ちきゅう」により断層運動の起こった現場の掘削調査を行い、得られるコア試料や地層物性データ等を分析することによって、このような現象の発生メカニズムを解明することが求められていました。
3.成果
東北地方太平洋沖地震調査掘削では、巨大地震発生メカニズム解明の手がかりとして、地震発生時に地層内の応力がどのように変化したかを調べるため、海底地形が最も変動した地点(図1、図3のC0019地点;水深6889.5m)において掘削同時検層(※1)を行い、北米プレート(上盤)と沈み込む太平洋プレート(下盤)の境界面を含む海底下850.5mまでの地層の物性データを取得しました。
得られたデータを解析して応力の作用による掘削孔壁の圧縮性破壊(※2ボアホールブレークアウト)を見出し(図4)、孔壁に生じたひび状の局所的な崩壊の方向や幅から、地震発生後の地層内の応力状態が北東-南西方向に伸張する応力場であることを明らかにしました(図5)。
このことは、これまでの調査結果から震災前は太平洋プレートの沈み込みに伴い北西-南東方向の圧縮場であったと考えられる海溝軸付近の地層の応力状態が、蓄積されていた応力が地震発生時にほぼ全て解放されることによって伸張場に変化したことを示しており、この大規模な応力の解放により、東北地方太平洋沖地震において津波が巨大化されたと考えられています。
地震発生後早期のプレート境界断層付近の応力状態を定量的に明らかにしたのは世界で初めてであり、本成果は、従来地震のエネルギーを蓄積せず地震性滑りが発生しないと考えられていた海溝軸付近の断層においても、エネルギーを蓄積し大きな滑りが発生し得るということを世界で初めて裏付けるものです。このような現象は東北沖だけでなく他の海溝型巨大地震発生域でも起こり得るものと考えられています。今回得られた知見は、中央防災会議において見直しが行われた南海トラフにおける地震規模の推定(平成24年8月「南海トラフの巨大地震モデル検討会(第二次報告)」)の中で、海溝軸付近の断層の滑りが新たに想定に入れられたことの妥当性を科学的に検証し得るものとなります。
4.今後の展望
今後は、これまでに得られたコア試料や地層物性データ等の解析を進めるとともに、掘削孔内に設置した温度計(平成25年2月下旬に回収予定)によるデータから地震発生時に発生した摩擦熱量等の解析を行い、それらを併せてプレート境界断層の摩擦特性等を把握し、海溝型巨大地震発生メカニズムの総合的な解明に取り組んでいく予定です。今後の研究で得られる知見をプレート境界断層の滑り量シミュレーションに活用することで、将来発生が懸念されている東海・東南海・南海地震等の巨大地震及びそれに伴う津波の規模想定の高度化に資するものと考えています。
【参考】統合国際深海掘削計画(IODP)第343次研究航海(東北地方太平洋沖地震調査掘削)についての過去のプレスリリース
平成24年3月9日(航海の開始)、平成24年4月27日(航海の進捗)、平成24年5月17日(航海予定の部分変更)、平成24年5月25日(航海の終了)、平成24年6月27日(追加航海の開始)、平成24年7月19日(温度観測機器の設置成功および航海の終了)
※1 掘削同時検層
地質の特性や断層を把握するため、ドリルパイプの先端近くに物理計測センサーを搭載し、掘削と同時に孔内で各種計測を行うこと。
※2 ボアホールブレークアウト
掘削孔壁の水平方向の圧縮応力に岩石の強度が耐えられず、最も大きな応力の向きと直交する方向の孔壁が圧縮され破壊する現象。破壊した箇所に掘削孔内の海水や泥水が流入することから、掘削同時検層によるデータから孔壁の電気抵抗を可視化したイメージ(電気抵抗イメージ:図4)では電気を通しやすい領域として表れる。
図1 掘削地点
東北地方太平洋沖地震調査掘削では、宮城県牡鹿半島沖合約220kmの海溝軸付近の地点(Site C0019、水深6889.5m)を掘削。
灰色矢印と数字:太平洋プレートの運動方向と年間速度
赤い星印:東北地方太平洋沖地震本震の震央
白線:地殻構造断面(図3)の位置
図2 掘削地点の海底下構造概念図
海溝型地震はプレート境界断層深部の固着領域にひずみ・応力を蓄積し(図の黄色線部分)、それが破壊され滑ることで巨大地震が起こると考えられていた。東北地方太平洋沖地震では、プレート間の固着がないと考えられていたプレート境界の海溝軸付近まで(図の赤色線右上部分)深部での破壊が伝播し、海溝軸付近の海底が水平及び垂直に大きく変動したことにより大量の海水を押し上げ、巨大津波が発生した可能性が指摘されている。
図3 掘削位置の地殻構造断面図
鉛直赤線は掘削位置と大まかな掘削深度を示す。
図4 孔壁の電気抵抗イメージの一例
深度666mから672m区間の実際の孔壁イメージ(円柱状)を平面に展開した図。比抵抗値が低い領域(電気を通しやすい領域)の黒色帯状の模様がブレークアウト。
【地震発生前】
【地震発生後】
図5 地震前後の応力状態変化の模式図
地震前は圧縮場(北西-南東方向)となっていたが(図上)、地震後は伸張場(北東-南西方向)となっていた。