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プレスリリース

2013年 3月 7日
独立行政法人海洋研究開発機構
大学共同利用機関法人
情報・システム研究機構 国立極地研究所

北極海上の高層観測で中高緯度の大気循環の再現性が向上
―観測データ空白域での海洋地球研究船「みらい」によるデータの役割―

1.概要

独立行政法人海洋研究開発機構(理事長 平 朝彦)地球シミュレータセンター・観測システム設計手法開発研究チームの猪上淳博士を中心とした研究グループは、海洋地球研究船「みらい」の北極航海で取得した高層気象観測データが、北極海上や日本を含む中緯度の大気循環の再現性を向上させることを、地球シミュレータセンターが開発したデータ同化システム※1によって明らかにしました。観測データの空白域である北極海上で高層気象観測を実施することは、数値予報における初期値の改善を促し、海氷減少によって荒天に見舞われる北極海航路上の天気予報精度の向上、さらには中緯度の異常気象等をもたらす大気循環の変動をより精緻に予測できることが期待されます。今後は国際連携によって北極海上の観測ネットワークを強化し、予報実験を行うことでより詳細な影響評価を実施する予定です。

本成果は、米国地球物理学連合発行の学術誌Geophysical Research Lettersのオンライン版に3月7日付で掲載予定です。

タイトル:
The impact of radiosonde data over the ice-free Arctic Ocean on the atmospheric circulation in the Northern Hemisphere
著者名:
猪上 淳1,2,3・榎本 剛1,4・堀 正岳1,2
所属:
1.独立行政法人海洋研究開発機構 地球シミュレータセンター
観測システム設計手法研究チーム
2.同機構 地球環境変動領域 北半球寒冷圏研究プログラム
寒冷圏気候研究チーム
3 大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
4.京都大学防災研究所

2.経緯

大気の状態を予測・再現するには、陸・海・空で取得された様々な観測データを数値モデルに取り込む必要があります(以下「データ同化」と呼ぶ)。特に詳細な気温や風速などの鉛直分布を取得できるラジオゾンデ観測※2は、データ同化にとって欠かせない情報源です。しかし、北極海上は観測データの乏しい領域(データ空白域)であり、北極海上の大気循環を中緯度のように精緻に再現することは困難な状況です※3

一方、近年の北極海氷の減少に伴い低気圧が頻繁に発生・発達する傾向にあるため※4、船体着氷・高波・海氷との衝突など、北極海航路上の船舶にとって必ずしも安全な状況とは言えません。北極海上の観測を強化することで、より精度の高い天気予報が実現し、低気圧の進路等が把握できれば、危険を回避できる可能性も高まります。また、海氷の減少が引き起こす北極海上の大気循環の変調は、ユーラシア大陸に異常寒波をもたらすなど中緯度の気候システムにも影響が及ぶため※5、北半球の大気の流れをより正確に把握するためにも、観測データの乏しい北極海周辺でどの程度観測頻度を強化すれば良いかを事前に評価することが重要です。

3. 成果

海洋地球研究船「みらい」は、北極海上で高頻度のラジオゾンデ観測が可能な世界でもたぐいまれな研究船です。2010年9月から10月の北極海航海では3時間毎あるいは6時間毎に観測を実施し(図1)、観測期間中には海氷減少域で急激に発達する北極低気圧の中心を観測することに成功しています※3図1右)。本研究では、そのデータの有無で北半球の大気の流れの再現性がどの程度変化するかを、地球シミュレータのデータ同化システムを用いて調べることにしました。具体的には、「みらい」によるラジオゾンデ観測データを同化した場合としない場合の2種類の実験を行い、その差を見ることによって観測データの影響を評価しました。

ラジオゾンデ観測データを同化した実験では、同化しない場合と比べ、北極海上空の対流圏の気温や圏界面の高さが低く再現されることが分かりました(図2a,b)。北極低気圧を捕えた「みらい」の詳細な観測データは、その後の北極海上の大気循環や大気海洋間の熱輸送の季節変化を正確に再現するのに有効であることも明らかになりました(図2)。「みらい」の観測データが北極海上の気温を低めに再現する効果(図2b)は、中緯度と高緯度の南北の温度勾配を強め、その結果としてユーラシア大陸上の寒帯前線ジェット(西風)が数%強化されるなど(図2c)、観測データの影響が広範囲に及ぶことも分かりました。また、ユーラシア大陸上では現業のラジオゾンデ観測点の空間密度や頻度が少ない領域があるため、北極海上の高頻度の観測の効果が、気温の差として日本を含む中緯度の対流圏上部(250hPa面付近)に現れる可能性があることを示しました(図3)。

このようなデータ空白域での高層気象観測の強化は、北極海上を航行する船舶に対して正確な天気予報(の初期値)を提供することにつながるだけではなく、中緯度の大気循環をより精度よく再現・予報することにも貢献すると期待されます。

4.今後の展望

本成果は「みらい」の観測データの影響のみを評価したものです。より詳細に評価するためには北極海沿岸域の現業のラジオゾンデ観測の頻度を強化するなど、同時多点観測が望まれます。今年9月に「みらい」は再び北極海でラジオゾンデ観測を実施する予定で、それに合わせてドイツやロシアの研究機関の協力を得ながら期間限定の高頻度ラジオゾンデ観測網を構築し(図4)、地球シミュレータを用いたデータ同化による予測可能性研究を発展させる予定です。

【注記】

※1:JAMSTECのデータ同化システム

地球シミュレータセンターでは、大気大循環モデルAFESと同化コードLETKFを地球シミュレータに最適化し、全球大気再解析データセットALERA2を構築している。
http://www.jamstec.go.jp/esc/research/oreda/research/enda.ja.html

※2:ラジオゾンデ観測

センサーをバルーンに取り付け、気温や風などの気象要素の鉛直分布を観測する。観測が終了するまで通常2時間程度必要。世界中で1日2回(場所によっては1回)の頻度で実施され、そのデータはGTS(Global Telecommunication System)を介してリアルタイムに通報され、各国の気象予報センターが利用できる形式となっている。「みらい」のラジオゾンデ観測データも観測後直ちに通報している。

※3:北極海の観測とデータ同化

当機構プレスリリース「北極海の海氷激減で温暖化監視の精度が低下~氷上気象ブイ観測網の縮小による影響~」を参照。
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20090402/index.html

※4:北極低気圧の直接観測

当機構プレスリリース「北極海で発生・発達する低気圧の観測に成功」を参照。
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/2011.html

※5:海氷減少と中緯度の冬の気候

当機構プレスリリース「バレンツ海の海氷減少がもたらす北極温暖化と大陸寒冷化-日本の冬の寒さを説明する新たな知見-」を参照。
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20120201/

図1

図1:(左図)「みらい」が低気圧に遭遇した2010年9月25日の気圧配置(等値線)及び海氷分布(カラー)と、「みらい」が北極航海期間中に実施したラジオゾンデ観測点(赤丸)。
(右図)低気圧の中心でラジオゾンデ観測を実施する「みらい」の模式図。
北緯79度付近の海氷縁で発生した低気圧を「みらい」は詳細に観測することに成功した。

図2

図2:「みらい」のラジオゾンデ観測データを同化した実験と同化しない実験との差(前者-後者)。(a)対流圏界面高度差(m)、(b)気温差(℃)、(c)東西風差(m/s:暖色系の領域で西風が強化)の緯度分布。時間平均の期間は北極低気圧発生後※3の2010年9月24日から10月13日まで。等値線はデータ同化時の西風(m/s)、点線は対流圏界面。
データ同化の効果は「みらい」の観測緯度帯以外にも現れる。高緯度の圏界面高度や、地表面付近も含めた対流圏全体の気温が低く再現され、南北の気温勾配が強調される北緯65度付近上空から高緯度の地表面付近にかけて西風が強化されている。これにより、高緯度の大気海洋間の熱輸送量に変化が生じる。この時期の高緯度の大気海洋間の熱輸送量を正確に把握することは、冬季の海氷の成長に影響する秋から冬にかけての北極海上の気温を見積もる上で重要であり、近年北極域で進行している海氷減少や北極温暖化のメカニズム解明にもつながる。また、北緯45度付近の上空250hPa面付近でも低温のシグナルが現れている。

図3

図3:(左図)「みらい」の観測データを同化した場合に生じる250hPa面の気温の増減(℃:カラー)と「みらい」を始点とした2週間分の前方流跡線(空気塊がどこへ流れるかの指標)。点は現業のラジオゾンデ観測点。(右図)北極海上のラジオゾンデ観測が中高緯度の大気循環に影響を及ぼす概念図。
「みらい」の観測データを同化した場合、中緯度上空で低温となっていることが分かる。これは、観測の情報をより多く含む「みらい」上空の空気塊が、中緯度上空に流れていくことで、中緯度の大気循環にも影響を及ぼす可能性を示している。

図4

図4:2013年9月に国際連携で実施予定のラジオゾンデ集中観測網。

北極海上は「みらい」(海洋機構)が担当。AARI: Arctic and Antarctic Research Institute (ロシア)、AWI: Alfred Wegener Institute (ドイツ)、NOAA: National Oceanic and Atmospheric Administration (アメリカ)、NIPR: 国立極地研究所。図中の白字の英数字は現業のラジオゾンデ観測点を表す。
なお、図は、以下のワイオミング大学のホームページから引用。
http://weather.uwyo.edu/upperair/sounding.html

お問い合わせ先:

(本研究について)
独立行政法人海洋研究開発機構
地球シミュレータセンター 観測システム設計手法開発研究チーム 招聘主任研究員
地球環境変動領域 寒冷圏気候研究チーム チームリーダー
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所 准教授
猪上 淳 042-512-0681
(データ同化システムについて)
独立行政法人海洋研究開発機構
地球シミュレータセンター 観測システム設計手法開発研究チーム チームリーダー
小守 信正 045-778-5844
(報道担当)
独立行政法人海洋研究開発機構 経営企画部 報道室長 菊地 一成 046-867-9198
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
広報係長 小濱 広美 042-512-0652