海洋プラスチック汚染が地球規模の環境問題として大きな話題となっている。
しかし、プラスチックごみは広大な海洋に拡散しており、特にマイクロプラスチックに関するデータは不足しているのが実情だ。そのような状況のなか、2019年12月末から2020年1月中旬にかけて開催される「日本─パラオ親善ヨットレース」で、JAMSTECも協力して海洋に浮かぶマイクロプラスチックの調査が行われることになった。
競技艇や伴走艇に機器を取り付けて、航路上でマイクロプラスチックを採取しようというプロジェクトだ。
調査はどのように行うのか、また科学的な意義は何か、伴走艇「みらいへ」に乗船し調査を行う千葉早苗さんに話を聞いた。
千葉 早苗
JAMSTEC 地球環境部門
海洋生物環境影響研究センター海洋プラスチック動態研究グループ グループリーダー
観測データが不足している海のマイクロプラスチック
──マイクロプラスチックとはどういうものですか。
千葉:現在、海洋には大量のプラスチックごみが日々流入しています。そのなかで5mm以下の小さなプラスチックのことを「マイクロプラスチック」と呼んでいます。
大きなプラスチックは海面に浮かんでいるうちに、太陽光の紫外線などによって劣化して細かくなっていきます。また洗顔料や歯磨きにビーズ状の小さなプラスチック粒子が含まれていて、それらが下水を通して最終的に海に流れ込んでいくこともあります。
そのようなマイクロプラスチックは、海に一様に分布しているわけではありません。海流の影響を受け、渦のあるところに集まりやすいといわれており、実際に集まっていることが確認されている場所がいくつかあります。たとえばアメリカ西海岸の沖合にある「グレートパシフィックごみパッチ」と呼ばれる場所などです。
──海のマイクロプラスチックの汚染状況はどれくらい分かっているのでしょうか。
千葉:数値モデルによる計算で1950年代以降に海へ流入したと推定されているマイクロプラスチックの量と、観測をもとに見積もった量との間には大きな差があります。モデルによる推定に対して、観測データは1%しか説明できていません。観測されていない残り99%のマイクロプラスチックは「ミッシングプラスチック(行方不明プラスチック)」と呼ばれています。
行方が分からない理由としては、3つ考えられています。1つは、観測の多くが海表面だけなので、プラスチックが海中や深海に沈んでいるのではないかというものです。また、観測データの多い場所が限られていることも理由の1つです。たとえば日本の南方にあると予測される「西部北太平洋ごみパッチ」は観測の空白域になっています。もう1つの理由が、観測されているプラスチックの多くが300µm以上のものだからです。それよりさらに細かくなっているもののデータはほとんどありません。
深海でのマイクロプラスチックの分布を知るには、有人潜水調査船や無人探査機を持っているJAMSTECのような研究機関による観測が必要です。一方で、海水面付近での分布を知るには広範囲の観測が必要ですし、また時間的な変化を知るには継続的に観測を行う必要もあります。そういった観測を、研究機関だけで行うことはできません。そこで、継続的な全球観測網を実現するために注目されているのが、民間船を使った観測です。1つはタンカーやフェリーなど民間の商用船を使った観測、もう1つは今回のヨットレースのようなプレジャーボートを使った観測です。
日本─パラオ親善ヨットレースで行う調査
──パラオ共和国独立25周年と、日本・パラオ外交関係樹立25周年を記念して開催される日本─パラオ親善ヨットレースに、千葉さんも同行されるそうですね。
千葉:横浜港からパラオまで3,197kmを走り抜くレースで、8艇ほどのヨットが参加する予定です(12月26日現在、7艇のヨットが参加)。トラブルが起きた場合などにサポートするため、レースには「みらいへ」という帆船が伴走します。「みらいへ」は全長52.16m、幅8.6mの大型の帆船で、船員13人を含めて合計53人が乗船できます。私は今回、その「みらいへ」に乗船します。
競技艇と「みらいへ」は、2019年12月29日に横浜みなとみらいから出航します。「みらいへ」は2020年1月14日にパラオのコロール島に到着予定で、レース艇もそれに前後して到着する予定です。
──マイクロプラスチックの採取はどのように行うのでしょうか。
千葉:「みらいへ」と、競技艇の1艇である「トレッキー号」に「マイクロプラスチックサンプラー」という機器を設置して採取します。
マイクロプラスチックサンプラーのなかに海水を通し、機器内にあるフィルターでマイクロプラスチックを採取します。目合い(網目のサイズ)が300µm、100µm、30µmという3種類のフィルターが入っており、それぞれの目合い以上の大きさのプラスチックを採取することができます。
マイクロプラスチックサンプラーの操作は非常に簡単です。フィルターを1日2回、定期的に交換して袋に入れておくだけです。「みらいへ」では私がフィルター交換などを行います。「トレッキー号」では乗組員の方に交換をお願いします。
2017年から2018年にかけて開催された「ボルボ・オーシャンレース」という世界1周のヨットレースでも、マイクロプラスチックの調査が行われました。データの比較を可能にするために、今回そのとき使用されたのと同じサンプラーを使います。ボルボ・オーシャンレースの航路には南極海など過酷な海況のところも含まれており、さまざまな環境で作動することが実証されています。
──今回の調査は、科学的にはどのような意味があるのでしょうか。
千葉:今回のレースの航路は、観測の空白域である西部北太平洋ごみパッチの西端を通るので、空白域を埋めることに貢献できます。
また300µm以下のマイクロプラスチックのデータを集めることにも科学的な意味があります。マイクロプラスチックの観測の多くは「ニューストンネット」というネットを使って行われています。ニューストンネットとは、海の表層のプランクトンを採取するときにも使われる、目合いが300µm、長さが3mほどのネットで、マイクロプラスチックを採取するときには標準的に使われるネットです。
ニューストンネットでは300µmより小さなものは採取できません。そのため、先ほども触れましたが、それより小さなマイクロプラスチックの分布がほとんど分かっておらず、ミッシングプラスチックの原因の1つにもなっています。特に100µm以下のマイクロプラスチックのデータは非常に少ないので、貴重なデータになるでしょう。
──採取したプラスチックは、どのように分析するのですか。
千葉:フィルターをすべて日本に持ち帰ってから分析します。ポリエチレンやポリプロピレンなど、プラスチックは製品によって種類がいろいろあります。種類やサイズごとに分類し、横浜からパラオまでの航路となった海洋にマイクロプラスチックがどのように分布しているのかを分析します。
ごみパッチに近いところでマイクロプラスチックの密度が高くなるだろうと予想しています。またパラオ周辺よりは日本周辺の方が高いだろうとも予想しています。日本には大都市も多いですし、東南アジアから流れてくるプラスチックも多いからです。そういったことを検証したいと考えています。
──「みらいへ」では普及啓発活動もされるそうですね。
千葉:パラオの子どもたちとその家族にも乗船してもらう予定です。観測を見学してもらったり、マイクロプラスチックや一緒に採取されたプランクトンを顕微鏡で観察したり、船のデッキから海面を漂う大型のごみや、さまざまな海洋生物を観察し記録してもらったりといった活動を通じて、プラスチックのみならず、海の魅力や地球環境について広く考えるきっかけになればと思います。
私は2019年の2月までの3年間、イギリスにある国連環境計画(UNEP)世界自然保全モニタリングセンター(WCMC)で、海洋科学の成果を社会につなげる仕事のやり方を学んできました。今回WCMCの科学リテラシーの専門家に「みらいへ」への同乗を依頼しており、「みらいへ」での普及啓発活動について彼女の助けを得ようと考えています。
──どのようにしてJAMSTECが今回のヨットレースに関わることになったのでしょうか。
千葉:実行委員会の方が、海洋プラスチックの問題に着目し、ヨットレースを通じて調査に協力できないかということで、JAMSTECにアプローチしてきてくださったのがきっかけです。
私のところに話が来たのは、今年の5月でした。それから予算面の手当てをしたり、マイクロプラスチック調査の実績があるボルボ・オーシャンレースのチームと連絡を取ったり、観測機器を購入する手配をしたり、さまざまなことを急ピッチで進めてきました。外洋で調査を行うにあたっては、さまざまな手続きも必要です。研究者と事務職の方たちとで連携して一生懸命やっています。皆のチームワークのおかげで、実現に向けて進めることができています。
対策の効果を知るには継続的な調査が必要
──今回のような取り組みは今後も続けられるのでしょうか。
千葉:プラスチックごみへの対策として、日本や東南アジアを含む世界の多くの国で、プラスチック製品を減らしたり、生分解性プラスチックに替えたりなど、さまざまな法制化やアクションが進められています。実際に効果があったのかどうかを調べるには、時間的な変化を追う必要があります。そのためには継続的な調査が必要です。
その意味で、同じ航路で同じ時期に繰り返して観測を行うことは大事です。JAMSTECのような研究機関の船舶は、航海によって目的が異なり航路も異なるので、同じ航路で同じ時期に定期的に調査する機会はなかなかありません。一方でたとえば民間のフェリーやタンカーなどの商用船は定期航路を通るので、時系列のデータを得るのに非常に適しています。
また、日本─パラオ親善ヨットレースは、3~4年後にも開催が検討されています。次のレースのときにも同じ調査を行うことができれば、今回のデータと比較して、法制化やアクションに効果があったのかどうかについて検証できます。
ボルボ・オーシャンレース(*)でも、次回2021~22年に開催されるレースで同様の調査を行うことを計画しています。そのほかのプレジャーボートや帆船も含め、海洋観測ネットワークができつつあります。そういった観測ネットワークに私たちも加わり、得られたデータや科学的成果を世界の人たちと共有して、全球的な観測網の構築を実現し、国連の持続可能な開発目標(SDGs)14.1「海洋汚染を軽減する」に貢献していきたいと考えています。
*ボルボ・オーシャンレースは、次回から名称が変更されることになっている。