がっつり深める

研究者コラム

小笠原沖地震の不思議

記事

地球深部ダイナミクス研究分野
大林 政行 主任研究員

2015年5月30日20時23分、小笠原諸島西方沖、深さ約680kmを震源とするマグニチュード8.1(気象庁)の地震(以下、「小笠原沖地震」と呼ぶ)が起こった。気象庁の観測史上初、47全都道府県で震度1以上を記録したので、驚いた人も少なくなかろう。地震は伊豆小笠原海溝から沈み込んだ太平洋プレートで起きたが、日本付近には太平洋プレート、フィリピン海プレートが沈み込んでおり、エネルギーの減衰が少ないこれらの沈み込むプレート(スラブ)内部を震動が伝わったため日本全国で大きな揺れとなった。しかしこの地震、他の点において世界に類を見ない不思議な地震である。

不思議その1:場所

図1: P波トモグラフィーの小笠原を通る東西断面図(断面の位置は図2参照)。P波伝搬速度の等深平均からのズレを色で表示し、青、赤はそれぞれ高速異常、低速異常を表す。冷たいスラブは高速異常としてイメージされる。白丸は過去の震源の位置(出典EHB Bulletin http://www.isc.ac.uk/ehbbulletin)、赤丸は今回の小笠原沖地震を示す。小笠原沖地震の地震メカニズム解と深発地震の代表的な地震メカニズム解の例を断面に投影して示した(出典Global CMT http://www.globalcmt.org)。

地球の表面はプレートと呼ばれる何枚ものかたい岩の板に覆われている。これらのプレートの境目では、片方のプレートが、もう一方のプレートの下に沈み込んでいるが、この沈み込んだ部分のプレートはスラブと呼ばれる。深さ200km以深で発生する深発地震は、このスラブ内部で起きている。スラブは地表で冷やされたため、周りのマントルに比べ冷たく、それ故に硬い。図1は地震波トモグラフィーという手法で得られた小笠原から沈み込むスラブの地震学的イメージである。青い高速異常のスラブが東から西に向かって沈み込んでいて、深さ約500kmでほぼ水平に横たわっているのがイメージされている。過去の深発地震(白丸)は高速異常スラブのほぼ中心、最も冷たい部分に沿って起きている。しかもスラブが水平に折れ曲がるに応じて地震の分布も折れ曲がっている。今回の小笠原地震は赤丸で示してあるが、過去の震源のラインから大きく外れ、イメージされているスラブの高速異常振幅は小さいが、スラブの下面、屈曲点にほぼ位置している。このような場所で起きた地震は過去世界中を見ても観測されていない。

不思議その2:深さ

図2: 1980年以降起きた660kmより深いマグニチュード5.5以上の地震 (出典Global CMT)。赤丸は小笠原沖地震、曲線A-A’は図1の断面図の場所である。トンガにおけるP波トモグラフィーの断面B-B’も重ねてある。カラースケールは図1と同じ。

地球のマントルは、深さ660kmを境に上部マントルと下部マントルに分けられる。一般に下部マントルでは地震は起きないと思われているが、小笠原沖での地震は、深さ約680kmという下部マントルにあ たる深さでの地震であった。しかし過去に660kmを超える深さで地震が全く起きなかったわけではない。図2は1980年以降660kmより深いエリアで起きたマグニチュード5.5以上の全地震25個を示したものである。バヌアツ付近の2回と今回の小笠原沖地震を除いて全てフィジー・トンガで起きている。バヌアツ付近の地震が662kmより浅いのに対し、フィジー・トンガの地震は、深いものは699kmに及んでいる。それでも700kmを超える深さでは地震は起きていない。それは何故だろうか。図2にトンガ海溝から沈み込んだスラブのトモグラフィーイメージを示した。トンガのスラブも水平に横たわっているが、それは深さ約1000kmの上であり、深さ660kmの上部−下部マントル境界を突き抜けている。上部−下部マントル境界はマントルの主要鉱物であるカンラン石の高圧相・スピネル相から更に高圧相のペロブスカイト相と酸化物に相転移する境界である。高圧実験より、スピネル相からペロブスカイト相の相転移によって粘性が小さくなる、すなわち軟らかくなることが指摘されていて、それが下部マントルで地震が起きない理由だと考えられている。この相転移は温度が低いほど高圧力を要することが高圧実験などから分かっており、従って冷たいスラブの中の相転移は周囲のマントルに比べて深い660kmを超える深さで起き、図3のように相転移面はスラブ内では下降する。トンガのスラブ内ではこの相転移面が700km付近まで下降し、660kmより深い地震はこの相転移前のスピネル相で起きていて、下部マントルのペロブスカイト相では起こっていないと考えられている。しかし今回の小笠原沖地震は500km付近で横たわる伊豆小笠原スラブで起きた。図1をよく見ると横たわるスラブの下面は深さ660kmをわずかに超えているように見える。過去の研究で小笠原沖地震の震央付近で相転移面が660kmより深くなっていることが指摘されていて、横たわるスラブの下面は相転移面を突き抜けている可能性があるが、今回の地震が相転移面の上で起きたのか、それとも下で起きたのか研究上の大きな関心事である。

不思議その3:メカニズム

図1に小笠原沖地震の震源メカニズム(断面に投影し南方から見た図)を示した。このビーチボール型震源メカニズム解から2つのことが分かる。(参考リンク:発震機構解と断層面・気象庁HP)一つは震源に働いた力であり、ビーチボールの黒い場所に外へ引っ張る伸張力、白い場所に内へ縮む圧縮力が働いたことが分かる。もう一つは断層面であり、白黒模様の境界線(図では青または赤の曲線)が断層面であることが分かる。ただし赤・青の2つの面のうち、どちらが実際に滑った断層であるかは区別がつかず、特定するには詳細な解析を必要とする。図3では沈み込むスラブに働く力を模式的に示した。冷たいスラブは重いため自重により下方に力(負の浮力)が働いている。深さ660kmの相転移面でスピネル相がより密度の大きいペロブスカイト相に変わるため、スラブ内の深くなった相転移面直上のスピネル相では周囲のペロブスカイト相より軽くなり、浮力が働くことになる。従ってスラブ深くでは沈み込む方向に圧縮力(ダウンディップ コンプレッション:down-dip compression)が働き、図3に示すように、スラブの沈み込む方向に震源メカニズムの圧縮力を示す白い部分が向くダウンディップ コンプレッション型の地震が起きる。例として1993年5月3日に図1の断面で起きた深さ約450kmの地震の震源メカニズム解を示したが、確かにダウンディップ コンプレッション型の地震であり、他の深発地震もほとんどが同様なメカニズムを示す。

さて、今回の小笠原沖地震はというと、図1に示すようにほぼ東西方向に伸張力、もしくはほぼ鉛直方向に圧縮力が働いたようなメカニズム解で、ダウンディップ コンプレッション型とは質を異にする。この「東西方向に伸張力」はアウターライズ地震を彷彿とさせる。アウターライズ地震とは海溝の海側プレートが下方に折れ曲がろうとして盛り上がった地形(アウターライズ)で起こる地震で、折れ曲がろうとするために浅部で働くプレート進行方向の伸張力によって引き起こされる正断層型の地震である。東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の後にも東北沖でこのアウターライズ地震が起きている。小笠原沖地震はこれと上下反転させたような沈み込むスラブが水平に横たわるスラブの下面付近で起きた。アウターライズ地震と同じメカニズムで起きた地震であるかどうか、そのような地震がこの深さで可能であるかどうか興味深いところである。

図3: 沈み込むスラブの断面模式図。スラブで働く力を示し、深発地震とアウターライズ地震の典型的な震源メカニズムを側面投影で示してある。

今回の小笠原沖地震は交通機関を麻痺させるなど生活に大きな影響を与えたものの、深発地震だったため重大な被害を及ぼすに至らなかった。しかし地球表層からつながるスラブの深部におけるダイナミクスも地球浅部の地震などの現象に影響を与えるため看過できるものではない。今回世界に類を見ない不思議な地震が起きたという事実は、我々が知り得ていない地球深部ダイナミクスの存在を示唆している。それを小笠原沖地震の地震発生メカニズムを解明すること等で明らかにしていくことが重要である。