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「しんかい6500」研究航海 YK16-12 レポート

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2016/9/8 - 9/22

『出航』

前回の調査航海は9月7日の入港にて終了しました。入港地は那覇です。着岸中は整備や補給をしました。そして荷役です。終わった調査とこれから始まる調査のため、採取試料をはじめ観測機材や研究室の機材、乗船者の身の回りの物まで総入れ替えします。前行動の研究者は20トンのトレーラーを手配していました。そのまま横須賀のJAMSTECまで送るそうです。まずは荷下ろし、母船に装備されているクレーンが大活躍ですが半分くらいはバケツリレー式に研究者、乗組員、運航要員が総出で手運びします。なんとか午前中に終え、午後からは船積みです。皆テンションは高いのですが、ちょうど台風の呼び込んだ大雨が降る中、水なのか汗なのか涙なのか顔中ずぶ濡れでした。

夕食後の時間は休息できたので、出航に備えてリフレッシュできました。そして翌朝の出航が予定されていたのですが、海底設置に使う機材の到着を待つため夕方まで待つことになりました。那覇の神様がいたずらをしてくれたのかもしれません。

9月8日、準備の整った「よこすか」は那覇を出航しました。YK16-12調査航海の開始です。今回の調査海域も沖縄近海、熱水域です。直前のYK16-11航海では海底や海水が調査対象でした。今回は海底の地下が対象です。海底下の様子を知る方法はいくつかあるのですが今回は「自然電位探査」と「電気探査」と呼ばれる方法の検証を行います。「自然電位探査」は潜水船自体を大きな電流計として使い、地下の構造によって生じる電気の強さの分布を測ります。一方で「電気探査」は、海底に設置した海底電位計(OBE)に対して潜水船から電流を送信し、地下の電気の流れやすさ(流れにくさ)によって地下の様子を可視化します。これらの仕組みと手法はJAMSTECの笠谷さんによって確立されていて、特許の出願もされているとのこと。これらの手法を資源探査に応用するにあたって、どの程度有効であるのかを明らかにするためのデータ集めが今回の目的です。

『OBEを設置する』

航海1日目、まずは海底電位計(OBE)5台を海底に一直線に並べます。船上からの観測機材の設置は通常、海面から海底まで機材が自重で沈むのを待ち、そのあとでどこに着いたか位置を測ります。ですが今回は予定した線から大きく外れないよう、海底付近までケーブルで吊り降ろして設置しました。支援母船「よこすか」には大きなウインチに巻かれた長さ4700mのケーブルが装備されていて、この先端に切り離し装置を付けOBEを海底へ下しました。現場の水深は1500m級、水面から長いケーブルで吊り下げて指定された位置へとOBEを近づけてゆくのは母船キャプテンの腕の見せ所です。船は潮流や風で絶えず流されています。4539トンの船のバウスラスタ、舵、可変ピッチプロペラを操り自然の力と合わせてピンポイントで設置します。最新の船はコンピュータのおかげでジョイスティックの操作ができますが、旧来の船は人がすべてを操作できるように作られています。とても難しくはあるのですが、予定通り約1kmの線上に5台のOBEを並べることができました。

『しんかい6500』

航海2日目は「しんかい6500」の潜航、前日に並べたOBE群の確認と電気探査をします。直線状に観測することを「測線をひく」と表現します。海中探査といえば船から曳くものであった時代からの名残と教わりましたが、直線状に観測することは科学調査の基本です。今回の測線は、熱水活動の少ない所・多い所・少ない所の組み合わせになるよう計画されていて、直線状に観測することで観測データの変化から熱水活動と鉱床の可能性の高い領域との対比をしていくことになります。潜水船がOBEや予定測線にいくら近づいたかも評価されるのでなるべく近づけるよう母船も潜水船も努力をします。

揚収後に水洗いされる「しんかい6500」
揚収後に水洗いされる「しんかい6500」

さて潜ってみたところ、設置した5台のうち、3台は比較的簡単に確認することが出来ましたが、残りの2台はこの潜航中に確認することはできませんでした。それら2台の設置された場所は、最も熱水域に近い地形の複雑な所、つまりチムニーが乱立する複雑な地形だったのです。そこには縄文杉ほどもあるチムニー群が乱立していました。潜水船から見ると最初は岩の折り重なった崖に見えます。垂直スラスタで徐々に高度を上げていくと8mほどの所でいくつものチムニーが立っている場所へ出ました。平らな所はなくチムニーかあるいは崩れたチムニーかのどちらかです。そして1本1本のチムニーはそれぞれご神木のような大きさがあります。その間をすり抜けるのですが、パイロットは右へ避けるよう習慣づけられています。それは左の窓を使っている研究者が観察しやすいようにするためですが、チムニーの数が多く、潜水船のおしりが抜けきらないうちに右へ左へと現れます。いくつかをかわすとそこからまた海底まで8mほど落ち込んでいます。そこがおそらく縄文杉の縁で、いわゆる「マウンド」が一帯にあるように思われました。まっすぐ測線に沿って走らなければならなかったのですがチムニーを避け続けた結果の航跡はいびつな形になっていました。ぶつかると潜水船が壊れるのです。

航海3日目も「しんかい6500」を使っての潜航調査です。前日と同じ場所に潜りますが、今度はグリッド航走を行います。この方法では測線を平行に何本も繋げて地図を覆うように航走します。通常の「しんかい6500」を使った調査では覗窓から観察をするために高度1m前後を保ちます。海水は光を吸い取ってしまうので高度を上げ過ぎると海底が見えなくなります。代わりに地形に影響されずに直進することができます。今回は前日に観察を終えているので、直進を優先することになりました。グリッド航走での調査には自律型無人探査機(AUV)がよく用いられますが、有人潜水船はこうした仕事もできるので出航後に現場を確認してから手法を変えることも容易です。

海底に着くとそこは泥場で、生物は魚類が見られました。なかでも他では少ないビクニンが見られ、活発に泳いでいました。そしてグリッド航走を開始します。電気探査装置は順調のようです。しばらくすると昨日見つけられなかったOBEの1台を見つけました。きれいに着地しています。前回の潜航で見つけられなかったのが不思議なくらいでしたが、急峻な地形の中にあると、少し横の様子も視認するのが難しいことを体現しているように思えます。さらに観察と航走を続け予定測線どおりのきれいな航跡を描くことができました。

巨大なチムニー、まだ高い物もありました
巨大なチムニー、まだ高い物もありました

その後、地形図から山の頂上と思われる場所へ向かうと、そこには巨大なチムニーが立っていました。煙突状になった先端部分を確認するため、6つのスラスタを微妙に調整しながら少しずつ上昇してゆきます。先端までたどり着くと、そこからは黒い熱水が出ていました。熱水にも色があり、黒く見えるのは溶けている金属が海水と触れて金属に戻るためです。つまりこのチムニーはまだ成長を続けているのです。高度計をみると海底から20m以上であることを示していました。

『曳航体を曳く』

航海4日目は曳航体を使った電気探査です。「曳航体」とは母船からケーブルで引き回される観測機のことで、自分では動き回れません。(自分で動き回れる物はROVと呼ばれます。)実は航海初日にOBEの設置に使ったケーブルは曳航体のための物で、芯に光ファイバーと高圧電線が入った特殊なワイヤーロープです。先端には荷重を受け持つ金物のほか光コネクタ、電気のプラグがついています。これを曳航体に接続し、電気を送って光通信で観測します。

揚収された電流源曳航体と電線の回収
揚収された電流源曳航体と電線の回収

今回使われた曳航体は電気探査専用で尻尾のような200mの長い電線があり、曳航体に近い前端に送信用の2つの電極が、後端には受信用の電極群が付けられています。送信用の電極から海中に向けて電流を送信し、受信用の電極群と海底にあるOBEで信号を受信します。送信された信号は海中だけでなく、海底下にも浸透します。その際に地下の状態(電気の流れ方)によって、送信した信号の作る場(電場と言います)がわずかにゆがみます。そのゆがみに対する応答をケーブルにとりつけられた電極群と海底に設置したOBEとで受信をします。

熱水鉱床は熱水が分布するだけでなく、金属資源として様々な金属が濃集した状態にあるので、電気は通しやすいと考えられます。一方で、天然ガスやメタンハイドレートは電気を流しにくくなります。観測データを丁寧に解析し、地下にどのくらい電気の流れやすい場所があるのかを目に見える形にして、海底地形や潜水船での観察結果なども踏まえ、熱水鉱床と判断できるか考えてゆくそうです。

潜水船で観察した所を覆うように、曳航体を広い範囲で曳くことによってデータを得ることができました。

『予定が変更される』
9月13日時点の海域付近の衛星画像
9月13日時点の海域付近の衛星画像

航海5日目、天気予報が怪しくなってきました。台風の予想進路が調査海域を横切っています。予定は組み直され、海が荒れないうちに海底に設置してある機材を回収することになりました。この機材は海底電位磁力計(OBEM)と呼ばれる物で、船から信号をおくると自分で錘を放して浮かんできます。1台ずつ、設置場所まで移動しては浮上させ回収という作業を繰り返し、8台を回収できました。うまくいかないこともあるのですが今回は順調にゆき、朝5時から1台につき2時間弱、終わったのは午後8時を回った頃でした。そして直ちに現場海域を離れ避泊地へ向かいました。

『台風避泊』
避難訓練もしました
避難訓練もしました

航海6日目からは台風を避けて安全な場所で錨泊となりました。奄美大島の古仁屋沖です。ここは奄美大島と加計呂麻島に挟まれていて、狭いながらも十分な水深があり船乗りには避泊地として有名な場所です。外海が大きく荒れても山に囲まれているので安全にやり過ごすことができます。

調査はできないのですが、これまでできなかった作業ができました。研究者は取得データの確認と検討をはじめました。また海底から回収した機材の整備など結構忙しそうです。「よこすか」も着水揚収装置の調整や救命艇ダビットの動作確認と整備、各部の手入れ、「しんかい6500」も年次検査工事の準備や改造工事の検討、装置の自作など静かな海でこそできることをこなしました。

『最後の回収、そして航海終了』

台風がようやく去りました。日数が限られるなか首席研究者、「よこすか」キャプテン、「しんかい6500」司令が相談しています。海底で待っているOBEだけはなんとか回収できそうですが色々あきらめざるを得ないようです。「しんかい6500」の潜航も5回が計画されていましたが、後半の3回は断念されました。

今日回収するのはこの航海の最初に設置した5台のOBEです。母船から音響信号を送りOBEの切り離し装置を作動させます。「しんかい6500」で4台までは目で確認しましたが、見つけられなかった1台も大丈夫でしょうか。1台目、少し時間がかかりましたが切り離し成功です。30分後に自力で海面まで戻って来ました。2台目、難なく回収できました。さて3台目が見つけられなかったOBEですが、こちらもきちんと浮き上がってきました。「よこすか」のデッキから長い竹竿を伸ばしフックを掛けます。フックに繋がるロープをクレーンで引っ張り上げ、最後は乗組員がデッキまで手で引き込みます。無事に回収できました。そして残り2台も無事にデッキに揚がり、5台すべての回収は成功しました。

さあ大急ぎで次の航海との引継ぎ地、鹿児島へ向かいます。港までの約400マイルを、「よこすか」は時間を取り戻すようにほぼ全速で走り予定通り入港することができました。こうして今回の航海は終了しました。

『次回は。。』

以上で今年の「しんかい6500」による深海調査は終了し、これから整備期間に入ります。今回は例年より大がかりな定期検査工事です。そしていつもの整備に加えて調査機能を大幅に増強する改造が計画されています。11月に着工し来年3月に工事を終え、試験潜航を行います。

前回の定期検査工事から5年をかけて少しずつ準備を進めてきましたが、新しい事にトラブルはつきものです。うまくゆきますよう、応援いただければ幸いです。

【潜航情報】
    9月10日 No.1471DIVE
  • 潜航海域:部沖縄トラフ 久米島西方熱水域
  • 潜航深度:1471m
  • 観察者:笠谷 貴史(JAMSTEC)
  • 船長:小椋 徹也
  • 船長補佐:石川 暁久
    9月11日 No.1472DIVE
  • 潜航海域:部沖縄トラフ 久米島西方熱水域
  • 潜航深度:1471m
  • 観察者:笠谷 貴史(JAMSTEC)
  • 船長:千葉 和宏
  • 船長補佐:千田 要介

小椋 徹也(運航チーム潜航長)