ちきゅうレポート
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「ヒービット君物語」2010年9月25日

(この物語は、燃え尽きたドリルビットをみて心を揺さぶられたコチーフ・タカイが感動にまかせて書いてしまった物語です。文中登場する人物は、実在する人物ではございません。しかし、真実もけっこう含みます。また、けっして「はやぶさくん」の「柳の下のどぜう」のつもりではなく、船上の「全米が泣いたトゥルーストーリー」を伝えたかっただけで、そのいやらしい気持ちは5%ぐらいコンタミネーションしてるにすぎないと考えられています。それでは、感動の物語をどうぞ。)

みんな、ハズメますて。ボクはヒービットっていうんだ。

ボクの名前は変な名前だけど、それはボクがいっしょに働く3つのコアリングシステム(Hydraulic piston coring system: HPSC、Extended punch coring system: EPSC、Extended shoe coring system: ESCS)の仲間の名前の頭文字からとられているらしいんだ。

今年の夏は、日本は猛暑だったよね。

ボクは9月初めから猛暑のなか、「ちきゅう」に乗って沖縄トラフと言う海の真ん中にやってきたのさ。

沖縄トラフに着くとさ、サルハシ隊長というボクのご主人が言うんだよ、

「ヒービット、これからオマエが働く場所は、今の炎天下の猛暑よりももっと熱い海の底なんだよ。もしかしたら温度は300℃以上になるかもしれない。熱いだけじゃなく、もしかしたらめちゃくちゃ固い岩石や金属鉱物がでてくるかもしれない。めちゃくちゃ腐食性の高いガスもでてくるかもしれない。でも、オレたち「ちきゅう」防衛軍ドリラーたちは、1031帝国軍科学者の無茶な要求に従ってそこの海底を掘ってサンプルをとらないといけないんだ。オマエの超硬合金の体、タングステンカーバイドの歯なら、できるよな。」

「1031帝国軍科学者のリーダー・タカイは「これは宇宙の真理のためよ、そらそうよ。ワシはいわゆる1031(テンサイ)だしのぉ。世の中にも役立つかもしれんし、グフグフ。四の五の言わんと、トットと働かんかい!このサルが。」なんて言いやがるが、オレたち「ちきゅう」防衛軍ドリラーは一度引き受けた以上は、そのプライドにかけてこの「ミッション(ニアリー)インポッシブル」をやり遂げねばならんのだ。おまえも「ちきゅう」防衛軍の最前線ドリルビットならわかるよな。」

ボクは「タカイなんて海に放り込んじゃえばいいのに」と思ったけど、「ちきゅう」防衛軍のプライドを守るためにも、「命に代えてでもやり遂げます」なんて無理を言っちゃった。

はじめて、ボクが目のあたりしたC0013地点は確かに熱かったよ。ボクが回転してドリルパイプがボクを後ろから押すんだけど、もう海底から3mぐらいで粘っこくて固い「アンハイドライト」って奴が出現して、ボクを止めようとするんだ。まあでも、最初の敵はたいしたことなくて、秒殺してやったよ。でもその瞬間、「ウェー」って感じで熱くて臭い熱水が吹き出してきたんだ。

ボクが「ちきゅう」防衛軍に来てから、こんな熱水に出会ったのは初めてだったから、ちょっとびっくりしたけどね。でもみんなのために一生懸命がんばったよ。

結局、通算3日間以上、300℃を超える高温、熱水、固い硫酸塩や硫化物鉱物のなかに晒されながら、50m以上も掘り抜いてやったさ。

ボクのがんばって作った穴から、ボクを苦しめていた熱水を冷たい深海に引きずり出した瞬間は、サルハシ隊長と一緒にとてもうれしかったんだ。みんなで「ワー」って歓喜の声を挙げたんだよ。その中で、タカイは「ワシの先見の明のおかげよ、そらそうよ。ワシが育てた熱水やからな。」と言ってたのは、かなりカチンと来たけどね。

でもそのときからかな?体のところどころになにか違和感を感じていたんだよね。自分ではヤバイかもって思ってたんだけど、みんな喜んでいるし、「ちょっと、休ましてください」なんて言えなかったんだ。

後半戦になると今度は、サワダさんが隊長になったんだ。そして、C0014地点というもっと深いところまで掘り抜く必要のある場所が対象になったんだ。

今度は40mぐらいまでは、結構熱くもなく、軟らかくて、それほどしんどくなかったんだけど、やっぱり40mぐらいから熱くて、臭い熱水がでてきたのさ。

そして、ねっとりとしてところどころ固い「アンハイドライト」が行く手に待ち構えていたんだよ。100mぐらいまで永遠にこいつとの戦いだったよ。

サワダ隊長は「おやじ」だからEPCSコアリングっていうネチッコイのが好きで、サルハシ隊長さんは「若い」からHPCSコアリングでブッ刺すのが好き、っていう趣味の違いがあるんだけど、どっちの場合もボクがインナーバレルの周りを掘り進んであげるから、あいつらはコアとして船上に戻れるんだよ。

次のバレルが海底下に装填されるまで、1時間ぐらいはボクは海底下の最前線でグルグル回りながら、穴がつぶれないように待機してるんだ。

泥水で少しは冷やしてくれるけど、今度の穴でもずっと300℃以上の高温、硫化水素、固い結晶の層を相手に頑張ったよ。

サワダ隊長とはじめとする「ちきゅう」防衛軍ドリラーは一度もボクを海上に引き上げることがなかったので、ボクの状態がどうだったかはよくわからなかったと思うけど、もうかなり体がボロボロになりかけていたんだ。

だって、ボクを海上に引き上げちゃうと6時間以上の時間がかかっちゃうので、タカイが「ドリルの揚管?どのチョビ髭口がそんななめたことをいっとんじゃ。HPCSの時代が来たんや。HPCSコアシステムで突きまくらんかい。」とか言ってサワダ隊長を脅していたらしんだ。

ボクは100m以上の深さまで頑張ったよ。最後の方には、めちゃくちゃ深い海底下にすごい発見もあったんだ。でも、とても難敵だったんだ。ボクの友達のドリルシール達は、高温すぎる熱水のせいで一瞬で溶けてしまい、最終兵器BHIコアドリルの登場か!とまで行ったんだ。

でも舶来砲のコイツは、取り扱いに時間がかかり、ボクみたいに軽快で、便利な奴じゃないんだ。

最後のESCSコアリングで「アンハイドライト」に再び出会ったとき、タカイが「ケッ、使えねーコアだな。やめちまえ。ケーシングすんぞ」とか言って、ようやくボクは冷たい深海に戻れたんだ。

ROV水中無人探査機の映像では、ボクの体にとてつもない異変は観察できなかったらしんだ。でもボクはもうそれを知ってたんだ。


ボクはもうすぐ死ぬって。


すでに体の奥底まで高温にヤラレているって。


タカイが
「ドリルを揚管するのは時間の無駄・無駄・無駄。WooooryもういっかいC0013地点でHPCSコアリングぅ」と命令したのも、もうボクにはわかってた。

前半戦でボクの仲間のプラスチックライナーは全部熱水で融かされて、使い物にならなかった部分があったんだ。

ボクがアルミライナーを連れてもう一度行けば、すべてがうまくいく。


いつ死ぬかわからないけど、アルミライナーは残り3回分しかないから、あと3回ボクの命が持てばいい。


そうすれば、コアが安全に海上に届くはず。

たのむボクのからだ。あと3回だけ保ってくれ。

そうすれば「ちきゅう」防衛軍のプライドが守れる。

もちろんボクは人間と同じで永遠の命をもっているわけじゃない。

ボクは世間的には消耗品と呼ばれるもので、いちおうボクの代わりは船上にいるんだ。

でも、ボクが海底下で死んだら、すっごいコアリングの効率は落ち、時間が余分にかかっちゃう。ボクがやらないといけないんだ。


C0013地点は前以上に高温で固かったよ。

3回目のラストHPCSコアリングは宿敵アンハイドライトのめちゃくちゃきれいな、でもめちゃくちゃ固い、結晶に跳ね返されたんだ。最後のアンハイドライトとの戦い中に、ボクの自慢の超硬合金ビットは1つ残らずなくなり、4つのローターのうち2つは飛んでいった。

ボクの破片の一部はコアといっしょにコアキャッチャーに潜り込ませたんだ。

ボクが死んだことを「ちきゅう」防衛軍のドリラーに知らせるために。

これで最後だよ。

ボクは最後までがんばった。そしてすべてをやり遂げたあとに、力つきて死んだ。

ボクの死骸は、「ちきゅう」防衛軍によって初めての「深海熱水掘削」に挑戦し成功したことの栄光と、それと引き換えに得た貴重な経験になると思う。

だったらうれしいよ。

ボクはボクのヒーローになれたんだから。

船上に帰ってきたボクを見て、「ちきゅう」防衛軍のドリラーはみんな、「よく最後の最後までがんばってくれた、ありがとう」って、ボクの体をやさしくさすってくれたんだ。

それを「ちきゅう」のやぐらのあたりの空から聞きながら、とても満足したふわふわした気持ちになったボクのもうひとつの体は、沖縄トラフの空へとふわりと消えていったんだ。

もう空は秋と呼べる爽やかさに満ちあふれていたんだ。

(おしまい)


「ヒービット君(ご本人)」