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特集:あの地震の日海底下で何が起きていたのか?/

東北地方太平洋沖地震発生からわずか1年4か月後の2012年7月。
「東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)」は、度重なるトラブルに見舞われながら、あの地震を引き起こしたプレート境界断層への長期孔内温度計設置を成し遂げた。 設置から9か月。2013年4月、無人探査船「かいこう7000Ⅱ」がその回収に成功した。
あの日、海底下でいったい何が起きていたのか?
すでに採取された断層の地質試料と計測された温度データの解析から、 巨大地震発生のメカニズムが見えてきた。
(2014年3月掲載)

取材協力
加納 靖之
京都大学防災研究所附属地震予知研究センター助教

摩擦熱をはかる!

 東北地方太平洋沖地震の発生メカニズムの解明を目指し、2012年4月にはじまった「東北地方太平洋沖地震調査掘削(JFAST)」。この研究プロジェクトの大きな目的の一つが、「ちきゅう」で掘削した掘削孔内に高精度の温度計を設置し、断層に残った地震による摩擦熱を計測することだ。

東南海地震発生前から東南海発生に至るまで

 「長期孔内温度計」は、数々の困難に見舞われながらも、2012年7月にすでに設置が完了している。地震発生からわずか1年4か月後という異例の速さだった。設置された温度計は全部で55個。断層と想定される深度を重点的に、820mを超える長いロープに数珠つなぎに取り付けられ、ケーシングパイプ内におさめられている。設置後、数か月間に渡って掘削孔内の温度を計測しつづけているはずだ。
 このプロジェクトが異例の速さで進められてきたのには理由がある。東北地方太平洋沖地震では、これまで地震が起きても大きくすべらないとされてきた、プレート境界断層の浅い部分で大きなすべりが生じ、それが巨大津波を引き起こす要因になったと考えられる。いったいなぜ、すべらないと思われていた部分が大きくすべったのか? そのメカニズムを解明するには、地震発生時、この断層にどれだけの力がかかっていたのかを明らかにしなければならない。  しかし、断層にかかる力を直接測定することは不可能だ。地震波の解析からも決めることはできない。「地震学における未解決の謎なんです。それを推定できるほぼ唯一の方法が、断層がすべるときに生じる摩擦熱をはかることなのです」長期孔内温度計の設置プロジェクトを推し進めてきた国際共同研究チームの一人であり温度データの解析・検証にも携わった京都大学防災研究所地震予知研究センターの加納靖之助教はそう話す。だが、摩擦熱は時間の経過とともに周囲の地層に熱を奪われ、地震後数年で計測が困難になる。「だからこそ、一刻も早く温度計を設置し、残った摩擦熱を計測する必要があったのです」。
 残された課題は一つ。この温度計を回収することだ。

捜索潜航が始まりソナーに反応があった

捜索潜航が始まりソナーに反応があった

ついに温度計の回収に成功

 2013年2月、深海調査研究船「かいれい」が温度計を回収すべく出航した。回収を行うのは、搭載された無人探査船「かいこう7000Ⅱ」。最大潜航深度7000mを誇る海底調査用の探査機で、支援母船「かいれい」にケーブルでつながったランチャーと、ランチャーから分離して調査を行うビーグルの2機からなる。操作は「かいれい」船上のコントロールルームから遠隔操作で行われる。
 海底に顔を出した掘削孔におさめられた温度計観測装置の最上部には、回収用の取っ手がつけられている。ビーグルのマニピュレータを使ってフックをそこに引っかけ、そのまま上昇しながら引き抜く手はずになっている。
 しかし、相手は水深6800mの深海である。水中カメラの視界はライトが照らす数mの範囲のみ。暗闇の中、掘削孔をソナーで探し出すのは至難の業だ。結局、2回の潜航を行ったものの、このときは捜索を断念せざるを得なかった。
 再チャレンジは2013年4月。もう失敗は許されない。何が何でも掘削孔を探し出し、温度計を回収しなければならない。成功を確実なものにするため、捜索潜航の前にまず高精度の音響測位を使った調査潜航を行って、海底地形をより詳細に把握する作戦をとることになった。
 4月26日、捜索潜航がはじまった。乗組員たちが息を飲んでモニターを見つめるなか、ほどなくしてソナーにそれらしい反応があらわれた。今度こそ掘削孔をとらえたのである。乗組員たちの顔に一瞬安堵の表情が浮かぶ。
 マニピュレータを巧みに操作し、回収用の取っ手に慎重にフックをかける。引き上げ中は暗闇で目視が不可能なため、荷重を検出する装置(ロードセル)を使って確認を行う。引き上げ時に荷重がかかるしくみである。万一ロードセルに不具合が生じたときのために、アナログのバネばかりも用意している。

   

 ロードセルの荷重表示で引き上げを確認すると、ケーブルを巻き上げ、そのまま上昇する。820mの長さのものを引き上げるのは、これがはじめてのことだ。途中で切れることのないよう、母船と「かいこう7000Ⅱ」の位置を注意深く調整しながら、まっすぐ真上に引き上げていく。こうして、前例のない難しいオペレーションを見事に成し遂げ、ついに温度計が回収された。
引き上げられた温度計の1つには、「回収ありがとう!」の文字が。温度計を設置した「ちきゅう」チームが、回収を担った「かいこう」チームに贈ったねぎらいのメッセージだ。船内に笑い声と拍手が広がった。この航海に参加した加納助教は、「“ちきゅう”と“かいこう”という別々のチームが力を合わせたからこそ、今回の成功があったのだと改めて感じました」とそのときの思いを語ってくれた。

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