研究概要
東北大学と富士通研究所は、国際的に広く用いられている東北大学の津波シミュレーションモデル TUNAMI-N2(注1)をもとに、スーパーコンピュータで実行可能な高解像度の津波モデルを共同で開発しました。本共同研究では、東北大学災害科学国際研究所が高解像度計算のためにモデルの整備を行い、富士通研究所が高効率の並列化手法を実現しました。
東日本大震災の際には、想定された地震規模を遥かに上まわったために、地震発生から3分後に出された津波高さの予報値が過小評価となり、リアルタイムでの推定法に大きな課題が残りました。また、津波の高さだけではなく浸水範囲などの情報の必要性も指摘されました。今回、地震発生時に、沖合での津波の波形や陸地での地殻変動の観測データを用いて推定される、津波の波源となる海面変動を入力することで、短時間で津波の浸水状況を予測する津波モデルを開発しました。本技術により、例えば東日本大震災では、地震発生の1時間後に津波が仙台市に浸水し始めましたが、最短の場合約10分でおおよその仙台市の浸水域を推定することが可能になります。
東北大学と富士通研究所は、津波の浸水概況をリアルタイムにかつ高解像度で予測することで、より適切な災害対策に貢献していきます。
本研究成果は、米国地球物理学会の論文誌「Geophysical Research Letters」に2月24日付でオンライン掲載されました。
背景
2011年の東日本大震災後、津波防災の高度化に向けて、日本近海において広範囲・高密度での沖合津波観測網の配備が進められています。その一方で、得られた観測データを最大限に活用し、より精緻なリアルタイム津波予測を実現する解析手法についても活発な研究開発が進められています。
課題
東北大学と富士通研究所は、気象庁が発表する、沿岸線での津波の到達時間や津波波高に加えて、防災対策上重要である津波の浸水予測についてリアルタイムに提供することを目的とした共同研究を2014年より進めています。津波の浸水シミュレーションは現在では広く用いられ、浸水ハザードマップを始め防災において実務上重要なツールとなっています。しかしながらこのシミュレーションは、計算量が多い非線形方程式を解く必要があることから計算に時間がかかり、リアルタイムでの解析は一般に行われていませんでした。
研究概要
開発した並列の津波モデルは、文部科学省が推進するHPCI戦略プログラム分野3「防災・減災に資する地球変動予測」の研究課題「津波の予測精度の高度化に関する研究」において、スーパーコンピュータ「京」の計算パワーを十分に引き出す高効率な並列計算を実施し、浸水のリアルタイム解析の実現可能性について検証を進めてきました。
今回、東日本大震災の津波を対象に検証を行い、当時の観測データを用いて即時的に得られる津波の波源を入力し、浸水シミュレーションを実施しました。この検証において、詳細な津波の浸水状況を再現するために高解像度の地形データを整備し、仙台市の臨海域である南北約10キロメートルを5メートルの解像度でモデル化しました。
効果
検証の結果、仙台市への浸水概要を把握するのに必要な2時間分のシミュレーションが2分以内で完了できることがわかりました。同じ計算をワークステーションで実施した場合、数日を要します。観測データから津波の波源を解析する時間を含めても、最短の場合約10分で浸水の概要を把握することができます。これは、東日本大震災において地震発生後仙台市に実際に津波が到達した地震発生の1時間後に比べ、十分に短い時間です。
また、今回の高解像度解析により、東日本大震災の津波の際に実際に見られた、仙台東部道路の盛土が津波をせき止める様子や、道路下の通路を津波が通り抜ける様子などを再現することが出来ました。高解像度のリアルタイム解析を通じて、具体的な災害のイメージを事前に人々に伝えることで、より適切な避難行動につながることを期待しています。
例えば、図1は津波の到達時間を、図2は統計情報に基づいて家屋が倒壊する確率を、開発した津波モデルにより即時推定したものです。
図1:津波の到達時間の推定値 図2:家屋が倒壊する確率の推定値
今後
東北大学と富士通研究所は、より広範囲の震源域を持つ南海トラフ巨大地震の想定ケースに対して本技術を適用し、その有効性について検証を進めます。その上で、領域を限定した精緻な津波予測を通じて、地方自治体や臨港地区の事業者による津波対策に貢献していきます。