がっつり深める

研究者コラム

南海トラフ巨大地震の前に内陸の地震活動は活発化するのか?

記事

地震津波海域観測研究開発センター
地震津波予測研究グループ
堀 高峰 グループリーダー

2018年6月18日大阪府北部の高槻市直下でMJMA6.1(※1)の地震が発生し、5名の犠牲者(6月19日時点)を含む被害をもたらしました。心からご冥福をお祈り申し上げます。この地震の発生を受けて、政府の地震調査研究推進本部地震調査委員会や関連する報道で、南海トラフの巨大地震(以下、南海トラフ地震)との関係が話題になっています。その中で、「南海トラフ地震の前後で内陸の地震が活発化する」という説が、その根拠やメカニズムの説明無しに取り上げられています。ここでは、この説について過去に発表された論文をもとに、内陸地震の活発化の根拠やそのメカニズムの仮説を紹介するとともに、今回の地震がそのメカニズムからどのような意味を持つと言えるかに触れたいと思います。

まず、南海トラフ地震前後における内陸地震の活発化の根拠となっているのは、過去約千年間に歴史記録から読み取られた被害地震(近代以降についてはM6.5以上の浅い内陸地震)の発生時期と、過去の南海トラフ地震の発生時期の比較です(図1)。南海トラフ地震の前50年から後10年の間に起きた地震の数(73)とそれ以外の期間に起きた地震の数(24)をそれぞれの期間の合計年数(425年と575年)で割ると、前者が後者の約4倍となることがUtsu, 1974の論文で報告されています。この論文で、前回の南海トラフ地震(1946年)の10年後以降に起きた地震(図1の黒三角)が、解析対象領域の東側に偏っていることが指摘されています。黒三角を含む領域とそうでない領域を赤い破線で分けると、1944年東南海地震の主な断層すべりの範囲が赤い破線の西側に限られます。この図が公表された1974年よりも後から現在までの間で、赤い破線より西側の領域で最初に起きた被害地震は1995年兵庫県南部地震であり、その後も鳥取県や島根県で被害地震が発生しました。つまり、南海トラフ地震と内陸地震の関係が指摘された際の定義にしたがって最近の地震活動を見れば、赤い破線より西側では、前回の南海トラフ地震の後10年以降には40年近く起きておらず、1995年以降起きるようになっており、このため活発化していると考えられるわけです。一方で、より小さな地震まで含めたり、赤い破線より東側まで含めると、1995年以前にも地震活動はあるので、特に最近活発化している訳ではないということになります。

南海トラフ地震が発生すると震源域では歪が解放されますが、その周辺では地殻(※2)が歪み、断層に働いている力に変化が生じます。前述のとおり、この巨大地震を起こすために蓄えられていた力は、その断層すべりが起きた場所(震源域)では基本的に解消されることになります。一方、内陸の断層に働く力の変化はそれほど単純ではありません。断層をすべらせようとする力は、断層面の向き、すべりの向きの組み合わせ、そして南海トラフ地震を起こした断層との位置関係によって、増えることもあれば、減ることもあります。図2は力が減る場合の模式図です。断層をすべらせようとする力が増加して限界に近づいていたのに、南海トラフ地震によって力が減るので、減った分を取り戻して、さらに増加するまで断層すべりは起こらないことになります。逆に、南海トラフ地震によって力が増える場合は、直後に地震が起こりやすくなります。したがって、対象領域に含まれる多くの断層で南海トラフ地震により力が減るとすれば、その領域では南海トラフの地震後にある程度の期間(数十年程度)地震が起きないことになり、起きるとすればそれ以降になります。つまり結果的に、次に起きる南海トラフ地震の前に、より多く起きることになります。実際、図1の中で特に近畿〜中国地方東部の断層では、力が減るものが多く、その他では力が増えるものが多いことがわかっています(Hori and Oike, 1999)。特に1944年東南海地震の後は、赤い破線より東側で力が増える場合が多く、Utsu, 1974の指摘とも整合します。これが、南海トラフ地震前後に内陸地震が活発化するメカニズムの仮説です。さらに、1995年兵庫県南部地震以降、赤い破線より西で起きた被害地震は、2000年鳥取地震を除いて、南海トラフ地震により力が減る断層で発生したものでした(堀, 2016)。

今回大阪府北部で発生した地震は、前述のUtsu, 1974論文の条件よりも規模の小さな地震ですが、南海トラフ地震によって力が減る断層であったことが確認できます。この地震は断層面を1つに特定できず、複雑な起こり方をしていた可能性が指摘されています(2018 年 6 月 18 日付け、地震調査研究推進本部による大阪府北部の地震の評価※3)。しかし、異なる方法で推定された、典型的な2種類の断層面の向きとすべりの向きの組み合わせのどちらでも、断層をすべらせようとする力の減ることが、計算の結果確認できました。以上のことから、この地震は、前回の南海トラフ地震によってしばらく発生できない状態になっていた断層で起きたものであり、次の南海トラフ地震に向けた活発化のメカニズムと整合するものだったと言えます。ただし、このメカニズムから、次の南海トラフの地震までの間隔が推定できる訳ではありません(例えば、数十年の猶予があるか、非常に切迫しているかの区別はできません)。いずれにしても、前回の南海トラフ地震で力の減った断層でも、内陸地震に警戒が必要だということです。今回の地震を含めて、内陸直下での地震による被害の教訓を改めて見直し、対策をすることで、次の内陸地震での被害を最小限に抑えることが重要です。

参考文献
Utsu, T., J. Phys. Earth, 22, 325-342, 1974.
Hori, T. and Oike, K., Tectonophys, 308, 83–98, 1999.
Hori, T. and Kaneda, Y., J. Seismology, 8, 225–233, 2004
堀 高峰, 科学, 9月号, 945-949, 2016.

図1 900年代以降の西南日本の被害地震の分布(プレートの相対運動※4の向きと平行な方向(北西―南東方向の実線)で領域を切っている)と1000年代以降の南海トラフの巨大地震の発生年(矩形枠内)(Utsu, 1974を加工)。赤丸が今回の地震のおおよその位置。赤い破線は、黒三角を含む領域とそうでない領域をプレート相対運動の方向で分けている。1944年東南海地震、1946年南海地震の主な断層すべりはこの破線よりも西側で起きた。
図2 内陸地震を起こす断層をすべらせようとする力の変化の模式図。南海トラフ地震(青矢印)が起こると力が減る断層の場合(Hori and Kaneda, 2004を加工)。赤矢印とグレーの領域で、南海トラフ地震によって減った力が元に戻るまでの期間の例を示す。

用語
※1 MJMA:
気象庁マグニチュード。日本の気象庁の定める地震エネルギー量を表す指標値です。気象庁の公式報告として利用され、日本で単に「マグニチュード(M)」と報告された値は一般的に気象庁マグニチュードの値です。
※2 地殻:
地殻は、地球の表面を覆っている岩盤の層で、その厚さは、大陸では普通30km以上ありますが、海洋では厚くても10kmほどです。
※3 政府地震調査研究推進本部ホームページ:
https://www.jishin.go.jp/
※4プレート相対運動:
2つのプレートについて、一方に対する他方の動きのことです。