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研究者コラム

今夏、インド洋に正のダイポールモード現象が発生か ~発生すれば3年連続に~

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付加価値情報創生部門  アプリケーションラボ

昨年の晩秋から、熱帯太平洋はほぼ全域で、平年より水温が高い状態が続いています。典型的なエルニーニョ現象とは、少々様子が違うようです。今後の熱帯太平洋の動向も気になるところですが、これからの季節は、熱帯インド洋の動向にも注意する必要がありそうです。それは、熱帯インド洋に正のダイポールモード現象が発生する可能性が高まっているためです。予測通りに進行するならば、2017年、2018年に続き、3年連続で発生することになり、非常に珍しいケースであると言えます。(2006年、2007年、2008年も3年連続で発生しました。Behera et al. 2008; Cai et al. 2009)。

熱帯インド洋に正のダイポールモード現象が発生すると、インド洋東部から海大陸周辺にかけて、海水温が低下し、対流活動が抑制されて、インドネシア、オーストラリアでは干ばつが発生し、水不足による農業への影響や山火事の多発による煙害などが危惧されます。最大級の正のインド洋ダイポールモード現象が発生した1994年は、日本は記録的な猛暑でした。昨年も日本は記録的猛暑になりましたが、熱帯インド洋では正のインド洋ダイポールモード現象が発生していました(JAMSTECニュースコラム2018年6月6日掲載)。

インド洋のダイポールモード現象とは?

インド洋のダイポールモード現象は、熱帯インド洋で見られる気候変動現象で、5、6年に1度程度の頻度で、夏から秋にかけて発生します(Saji et al. 1999, Nature)。ダイポールモード現象には正と負の現象があり、特に正の現象が発生すると、熱帯インド洋の東部で海面水温が平年より下がり、西部で高くなるために、通常は東インド洋で活発な対流活動は西方に移動し、東アフリカのケニヤ周辺やその沖合で雨が多く、逆にインドネシアやオーストラリア周辺では雨が少なくなります(詳しくはこちら)。また、大気循環の変動を通して、西日本では雨が少なく、気温が高めに推移する傾向があります。このように、インド洋ダイポールモード現象は、インド洋周辺国だけでなく、欧州や東アジアの天候の異常に影響します。さらに、東アフリカで発生したマラリアなどの感染症の大流行(Hashizume et al. 2012)や、オーストラリアの小麦の凶作(Yuan and Yamagata 2015:詳しい解説)などを引き起こし、私達の安全・安心を脅かす程甚大な被害を与えることが解ってきました。

インド洋ダイポールモード現象の発生は事前に予測できるか?

インド洋ダイポールモードの現象は、最先端の科学技術でも、数ヶ月前から事前に予測することが難しいとされています。その中で、アプケーションラボのSINTEX-F予測シミュレーションは、スーパーコンピュータ”地球シミュレータ”を使って数ヶ月前からインド洋ダイポールモード現象の発生予測に成功しています。例えば、準リアルタイムで、2006年に発生した正のインド洋ダイポールモード現象の発生予測に成功し、国内外においてインド洋ダイポールモード現象の予測研究を活性化する先駆的成果をあげました(Luo et al. 2008)。その後も、予測精度を向上させるベく、予測システムの改良を続けています。例えば、従来のモデルを高度化(海氷モデルの導入、高解像度化、物理スキームの改善等)した第二版となるSINTEX-F2システム(Doi et al. 2016)や、海の内部の3次元の水温/塩分の海洋観測データ (海に浮かべてある係留ブイ(例えばJAMSTECのTRITONブイ)、国際協力で海に投入されているARGOフロート、船舶観測等を予測初期値に取り込んだSINTEX-F2-3DVARシステムを開発しました(Doi et al. 2017)。SINTEX-F2-3DVARシステムでは、インド洋ダイポールモード現象の予測精度が向上していることを確認しました。

従来のSINTEX-Fに加えて、モデルを改良したSINTEX-F2や、海洋初期値の作成プロセスを高度化したSINTEX-F2-3DVARを使って、今夏から秋にかけてのインド洋ダイポールモード現象の発生を、2019年5月1日時点で予測したのが、図1です。強さの不確実性は残るものの、3つのシステムが共通して、この夏から秋にかけてインド洋ダイポールモード現象が発生する確率がかなり高いと予測しています。

グラフ
図1 インド洋ダイポールモード現象の指数DMI(西インド洋熱帯域の海面水温偏差の東西差を示す数値で単位は°C)。0.5度を越えれば正イベントが発生していると考えて良い。黒が観測。2019年5/1時点で予測したのが色線。従来のSINTEX-F(赤色の線:アンサンブル平均値、橙色の線: 各予測アンサンブルメンバー)、モデルを改良したSINTEX-F2(緑色の線:アンサンブル平均値、黄緑色の線: 各予測アンサンブルメンバー)や、海洋初期値作成プロセスを高度化したSINTEX-F2-3DVAR(青色の線:アンサンブル平均値、水色の線: 各予測アンサンブルメンバー)の結果。紫色の線は全ての予測アンサンブルの平均値。このように、気候モデルを用いた数理的な予測実験ではそれぞれの予測システムで初期値やモデルの設定を様々な方法で少しずつ変えて、複数回予測を行う(アンサンサンブル予測と呼ぶ)。これらの手法は、インド洋ダイポールモード現象の予測の不確実性を議論するために有効である。

私たちの配信した予測情報は、海外メディアも高い関心を示しています (例えば、「アルゴ計画推進委員会 )。また、世界の他の予測シミュレーションでも、この夏から秋にかけてインド洋ダイポールモード現象が発生する確率が高いと予測しているようです(豪州BoM, 北米マルチモデル予測, APEC Climate Center)。

今後も、熱帯インド洋の状況に注意していく必要があります。アプリケーションラボのSINTEX-F予測の最新情報は、季節ウオッチAPL VirtualEarthなどをご参照ください。

参考文献:
・Behera, S. K., J. J. Luo, and T. Yamagata. 2008. “The Unusual IOD Event of 2007.” Geophysical Research Letters 35: L14S11. doi:10.1029/2008GL034122
・Cai, W., Sullivan, A., and Cowan, T. (2009), How rare are the 2006–2008 positive Indian Ocean Dipole events? An IPCC AR4 climate model perspective, Geophys. Res. Lett., 36, L08702,
・Saji, N. H., B. N. Goswami, P. N. Vinayachandran, and T. Yamagata, 1999: A dipole mode in the tropical Indian Ocean. Nature, 401, 360-363
・Luo, J.-J., S. Behera, Y. Masumoto, H. Sakuma, and T. Yamagata 2008: Successful prediction of the consecutive IOD in 2006 and 2007. Geophys. Res. Lett., 35, L14S02.
・Doi, T., S. K. Behera, and T. Yamagata, 2016: Improved seasonal prediction using the SINTEX-F2 coupled model, J. Adv. Model. Earth Syst., DOI: 10.1002/2016MS000744
・Doi, T., A. Storto, S. K. Behera, A. Navarra, and T. Yamagata, 2017: Improved prediction of the Indian Ocean Dipole Mode by use of subsurface ocean observations, J. Climate, 30, 7953-7970
・Hashizume, H., L. F. Chaves, and N. Minakawa, 2012: Indian Ocean Dipole drives malaria resurgence in East African highlands. Sci. Rep. 2, doi:10.1038/srep00269.
・Yuan, C., and T.Yamgata, 2015: Impacts of IOD, ENSO and ENSO Modoki on the Australian Winter Wheat Yields in Recent Decades. Sci. Rep. doi:10.1038/srep17252

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