写真1は、何でしょう?
これは、高分解能透過電子顕微鏡で撮影した、カンラン石組成の新しい高密度物質です。1980年代に理論的には予測されていましたが、このたびその存在が、隕石から世界で初めて実証されました。その発見者である高知コア研究所の富岡尚敬主任技術研究員にお話を聞きます。
論文タイトル: A new high-pressure form of Mg2SiO4 highlighting diffusionless phase transitions of olivine
ココがポイント
●1879年にオーストラリアに落下したテンハム隕石を、高分解能透過電子顕微鏡を用いて分析した。
●これまで理論的に予測されていた「イプシロン相」と呼ばれるカンラン石組成の新物質を発見した。
●この発見は、地球の深部に沈み込む海洋プレート内において、カンラン石の結晶構造がどのように変わるのかを知ることなどにつながる。
――理論的に予測されていたカンラン石組成の物質を、隕石から発見されたそうですね。そもそもなぜ、隕石を研究しているのですか?
隕石の前に地球内部の話から始めましょう。地球のマントルにはカンラン岩が多く含まれています(図1)。マントルのカンラン岩の体積の約60%は、宝石名ではペリドットとして知られるカンラン石で占められています。
地球内部は深さとともに温度と圧力が上がっていきます。それに伴いカンラン石がどう変化するのか知ることは、地球内部にある鉱物の物理化学的な性質を明らかにする上で非常に重要です。たとえば、海溝からマントルに沈み込んでいく海洋プレートに注目した時に、そこに含まれるカンラン石がどう変化するのか、それによって海洋プレートの密度はどうなるか、硬いままなのか、柔らかくなるのかなど、その物性の理解につながります。
しかし、地球内部を直接見たり、地下数百㎞まで掘って鉱物をとり出したりすることはできません。地表に上がってくるダイヤモンドにマントル深部の鉱物が閉じ込められていることがありますが、極めてまれです。
そこで、地球内部の高温高圧を再現する実験が行われてきました。たとえば、先を小さく平らにした2つのダイヤモンドの間に鉱物をはさんで力を加え、強いレーザーをあてて試料を加熱することで鉱物がどう変化するか調べるのです(写真3、図2)。
こうした研究によって、カンラン石は深さ約400キロメートルでワズレアイトという鉱物になり、その後リングウッダイトへ、さらに深部でブリッジマナイトとペリクレースという2つの鉱物に分解することがわかってきました(図3、写真4)。カンラン石に高い圧力がかかると、最初は原子の並び方(結晶構造)はそのままで、原子同士の距離が縮むことで密度が高くなります。ところが、ある温度圧力条件に達すると、カンラン石はその結晶構造を保てなくなり、化学組成は同じまま、さらにコンパクトな結晶構造に変わるのです。
――カンラン石の化学組成は同じままですが、特定の温度圧力で結晶構造が大きく変わっていくのですね。
その通りです。こうした研究が進む一方で、地球深部にあるカンラン石組成の物質と似たものが、隕石にも含まれていることがわかってきました。
――隕石に? どういうことですか?
地球に落ちてくる隕石はカンラン石や鉄などでできていますが、その多くは小惑星を起源としています。かつて小惑星同士は宇宙空間で衝突をくりかえしていました。衝突の速度が秒速数キロメートルにもなると、短時間ながら、マントル遷移層や下部マントルにも匹敵する高温高圧状態が発生します。その小惑星の破片として地球に落下する隕石には、まさに高温高圧で高密度になったカンラン石組成の物質が含まれているのです。それを探し出して分析すれば、地球内部を知る手掛かりになるというわけです。
――地球内部と似た物質を持つ隕石を手掛かりに、地球内部を研究しているのですね。