南極周辺では、低温で高塩分の、密度の高い海水が作られます。これは世界で最も重い海水と言われ、海底まで沈み込むと「南極底層水」と呼ばれるようになります。このたび、アデリー/ジョージ五世ランド沖の深層に分布する南極底層水の体積が、急速に減少していることが明らかになりました。
深海用プロファイリングフロート「Deep NINJA」による観測で
南極底層水が急速に減少していることが判明
ココがポイント
●世界で初めて、南極アデリー/ジョージ五世ランド沖を深層まで通年観測した「Deep NINJA」によるデータなどを解析した。
●その結果、アデリー/ジョージ五世ランド沖の深層に分布する南極底層水の体積が、2011年以降、急速に減少していることが明らかになった。
●減少の原因は2010年に起きたメルツ氷河舌の崩壊だと考えられ、この崩壊に伴う海洋環境の変化の様子を初めてとらえた。
「Deep NINJA」を株式会社鶴見精機と共同で開発し、その観測データを解析して論文をDeep-Sea Research Part-Iに発表した小林大洋主任技術研究員に話を聞きます。
重い海水の生成が駆動力となる海洋大循環
――南極底層水について研究されたそうですね。南極底層水とは何かから教えてください。
海水は温度が低いほど重く、また塩分が高いほど重くなります。南極底層水とは、主にロス海、ウェッデル海、そしてアデリー/ジョージ五世ランド沖で作られる低温で高塩分の海水です(図1)。密度が高く、世界の海洋の底層と呼ばれる最も深い部分に広がっています。この重い海水によって海洋大循環が作られます。
――重い海水によって海洋大循環が作られるとは、どういうことですか?
海には、表層から深層へ、また深層から表層へと海水が循環する大きな流れがあります。この循環をもたらすのに大切なのが、水温と塩分の違いです。低温で高塩分の重い海水ができることで、表層から深層への海水の沈み込みが始まるのです。それは次のような流れです。
北大西洋のグリーンランド沖では、冷やされた海水が結氷温度に達すると凍り始めます(図2)。海水は凍るときにできるだけ真水で凍ろうとするので、塩分が排出され、海氷の下には低温で高塩分の海水が作られます。この海水は重いため沈みこみ、深海へ到達します。この海水を北大西洋深層水といいます。この海水は大西洋を南下して、やがて南極にたどり着きます。先ほど話したように南極周辺でも重い海水が沈み込んでくるのですが、この海水は北大西洋深層水よりも重いため一番下に潜り込んできます。これが南極底層水です。深層と底層の海水はインド洋、太平洋へ流れていきます。やがて一部はインド洋へ、残りは北太平洋へと北上して、表層へわき上がります。そして表層の温かい流れとなり、太平洋、インド洋、南大西洋をめぐり、再び北大西洋で沈み込みます。この循環を海洋大循環と呼びます。海流は膨大な熱や物質を蓄え、世界中に輸送したり大気と交換したりして、地球の気候の維持と変化に重要な役割を果たします。
海洋大循環は南極海と北大西洋で重い水が沈み込むことで作られるため、今回研究した南極底層水は非常に重要な役割を担っています。