山崎 哲
気候変動予測応用グループ 研究員
ブロッキングという言葉は、まだ一般の方々にはなじみが薄いと思いますが、気象学者や天気予報の専門家には非常によく知られている現象です。それは、ちょうど飛行機が飛ぶ高さくらいに存在するのですが、我々の身近で起こる異常気象と密接に関係しています。例えば2003年や2010年夏のヨーロッパに甚大な被害をもたらした熱波は、このブロッキングに関係して起こったと言われています。
では、そのブロッキングとはどのような現象なのでしょうか。図1にブロッキングが発生している時の上空の天気図を示します。私たちの住んでいる中緯度帯の上空、高度約10 km付近(対流圏の上部)は、大まかに、赤道側の温暖な亜熱帯気団(暖色)と極域を覆う寒冷な極気団(寒色)の2つの気団から構成されています。そして、中緯度にはこれらの気団を分離する偏西風と呼ばれる強い西風(西から東に吹く風)が吹いています。この偏西風を越えて、大きく極側に張り出した巨大な(半径約5000 km)亜熱帯気団がちょうどアリューシャン上空あたりに見られます。これがブロッキングです。このように、高度約10 kmの天気図を見ると、ブロッキングはちょうど「お餅」のような形をしていることがわかります。専門用語でも、これをその形からオメガ(Ω)型のブロッキングと呼んでいます1。このような巨大な「お餅」が1週間や1ヶ月という長きにわたって同じ場所に停滞・持続する現象のことをブロッキングといいます。
図1:ブロッキング発生時(2014年2月7日)の250 hPa (高度約10 km)での天気図。ジオポテンシャル高度[m]を示す(詳細は本文参照)。暖色は温暖な亜熱帯気団、寒色は極気団を示している。偏西風はこれらの気団を分ける中緯度帯に沿って吹いている。北太平洋域で、偏西風帯を越えてアリューシャン上空への巨大な亜熱帯気団の張り出しがブロッキングである。
ブロッキングについての研究は1950年くらいから盛んに行われていたようです2。当時は北アメリカとヨーロッパを挟む北大西洋域での現象として記述されていたようですが、図1にあるように太平洋域でも起こる現象であることが今では知られています。
ブロッキングは、亜熱帯気団の極側への張り出しとして大気高層の天気図で認識できますが、特筆すべき特徴は、以下の3つです:
これらの特徴を、実際にブロッキングが起こったときの天気図で見てみましょう。
ブロッキングは高度約10 kmで起こる現象なので、まず、その高度での天気図を時間送りして見てみます(図2)。この図は、2014年2月5日から14日までの北太平洋域250 hPa (高度約10 km)での天気図をアニメーションにしたものです。通常、天気図というと、地表面付近での気圧分布(ヘクトパスカル)を示しますが、大気高層の天気図では等圧面の高度(メートル)を使って気圧の高低を表します。高気圧は周囲より高度が高い場所、低気圧は周囲より高度が低い場所として表示されます。図2や図1に示される250 hPaの天気図を見ると、亜熱帯気団は、極気団に比べて高度が高くなっており、相対的に高気圧となっていることがわかります。つまり、ブロッキングは偏西風から北に張り出した巨大な高気圧であると言うことができます。
図2:ブロッキング発生時の対流圏上層の天気図(250 hPaジオポテンシャル高度)。 2014年2月5日から2月14日までの6時間毎の天気図をアニメーションで示している。ブロッキングは、日本の東側、北西太平洋に居続ける亜熱帯気団の張り出し(巨大な高気圧)として認識できる。
図2のように時間送りして見ると、ブロッキングは、日本の東の北西太平洋でお餅のように張り出して同じ場所で停滞していることがわかります。ここでは、2月5日から約10日もの間、ブロッキングは同じ位置に停滞し続けていることになります。これを確かめるため、同じ日付での2013年(1年前)の250 hPaの天気図を示します(図3)。上空では、亜熱帯気団と極気団の境目がはっきりと分かれており、日本の上空から北西太平洋では偏西風は東に向かって流れている様子がわかります。
図3:図2と同じだが、2013年の同日付のもの。偏西風帯は東西に伸びており、ブロッキングは存在していなかったことがわかる。
次に、図2のアニメーションを構成するすべてのスナップショットを合成した、2月5日から2月14日までの天気図を平均した図を示します(図4)。これは、約10日間の平均的な大気の状態を表しています。この図からも、ブロッキングは巨大な高気圧として同じ位置に居座っていることがわかります。更に、ここでは同期間での風を矢印で重ね描きすることで、偏西風の位置を示しています。偏西風は中緯度を西から東に伸びる大きな矢印の帯のように認識できますが、ブロッキングによって偏西風が大きく波打って(蛇行して)、あるいは2本に分かれて(分流して)いることがわかります。ブロッキングは非常に巨大なので、偏西風は日本の東側から北極海にまで迂回するように大きく蛇行している様子が見えます。
図4:図2の期間(2014年2月5日〜14日)で平均した天気図。等値線はジオポテンシャル高度[m]、矢印は250 hPaでの風速[m/s]を示す。亜熱帯気団と極気団の間を東向きに吹く偏西風が、ブロッキングの存在によって大きく蛇行している様子が見られる。
最後に、ブロッキングの3つめの特徴を示すために、図2と同じ期間での地表天気図をアニメーションで見てみます(図5)。これは、普段天気予報で目にする天気図です。2月(冬季)は日本の近くを低気圧が多く通過する時期で、日本から太平洋へと東に向かって低気圧が移動していきます。この図4でも、しばしば日本の東側を通過する移動性低気圧の存在が見られます。しかし、やや進行が遅く停滞気味で、かつ北海道の東側を北に向かう方向に進んでおり、通常の東に進む経路とは異なっているように見えます。通常の低気圧経路を確かめるため、高層天気図(図3)の場合と同様に同じ日付での2013年(1年前)の地表での天気図を示します(図6)。この時、上空で偏西風が東に向かってほぼまっすぐに吹いているのに対応して、移動性低気圧は平年通り東に向かって流れている様子が見られます。つまり、ブロッキングは大気高層(対流圏上層)の現象ですが、その影響は地表の移動性低気圧にまで及び、それらを停滞させたり、経路を通常とは異なる方向に変えたりすることがわかります。
図5:図2と同じ時刻での日本付近での地表天気図(海面気圧[hPa])を示す。寒色で示される移動性低気圧の停滞や経路が確認できる。
図6:図5と同じだが、2013年の同日付のもの。2014年2月(ブロッキング発生時)とは異なり、移動性低気圧が太平洋に向かって東に移動していく様子が見られる。
ブロッキングが気象学者や予報官から注目される理由の一つは、異常気象と密接に関係しているためです。異常気象とは、気象庁の定義では、「ある場所(地域)・ある時期(週・月・季節)において30 年間に1 回以下の頻度で発生する現象」を指します。大気は常に変動しており、毎年異なる天候状態が現れます。そして、その異なり方が平年と著しく異なるときに、異常気象が発生したということができます3。異常気象は、数週間から1ヶ月以上継続し、1つの国や大陸の一部を覆うほど広範囲に影響を与える大きな時空間スケールを持つものが多いです。具体的な例として、ヨーロッパ・北米・東アジアのある地域でしばしば発生する熱波・寒波、多雨・干ばつなどが挙げられます。
異常気象はいくつかの要因が複合的に重なることで引き起こされます。その要因としてはエルニーニョ・マッデン-ジュリアン振動・北極海氷変動など、様々あります。そして、その要因の1つがブロッキングであり、ブロッキングは特に異常気象と密接に関係していることが多いです。それは、ブロッキングの持続時間や、空間的な大きさが、異常気象の持つ時空間スケールと非常に良く対応しているためです4。ブロッキングによる異常気象発生の仕方は大まかに言うと以下の2つです:
前者は、例えば2003年や2010年夏のヨーロッパでの熱波などが挙げられます。そして後者に関しては、以下で紹介する2014年2月の関東大雪などが挙げられます。
2節で紹介した北西太平洋でのブロッキングの時期(2014年2月)、ちょうど関東甲信地方で豪雪が起こったことを記憶されている方が多いかもしれません。あのとき、2つの南岸低気圧が2月7日と14日の前後に関東域に襲来し、それぞれの時期に大雪が発生しました(図7)。
図7:(上)2014年2月8日、(下)2014年2月14日でのJAMSTEC (神奈川県横浜市)玄関での写真。
筆者らは、これらの2つの低気圧がほとんど同じコースで襲来したことに注目し、北西太平洋で発生したブロッキングが影響を与えたと考えました5。過去の大気データを利用してより過去のブロッキング事例についても調査した結果、2014年2月のような北西太平洋でのブロッキングが発生すると、関東や北日本太平洋側では降水量が多くなる傾向があることが見られました。これは、3節で示したように、ブロッキングの発生が低気圧経路の偏向を引き起こし、関東や北日本太平洋側を通過する低気圧の数が増えるためであることがわかりました。これに加えて、シベリア大陸からの日本海を通過してくる寒気が強く吹き出す条件が重なると(1984年1月中旬、1994年2月下旬、1998年1月中旬、2014年2月中旬)、冬でも降・積雪のあまり起こらない関東域でも、南岸低気圧による降水が大雪になり得ることを明らかにしました。
前節で紹介したような研究は、異常気象の季節予測という点で役に立つと考えています。それは、北西太平洋でのブロッキングの発生を1季節から数年、数十年という長期的な観点から観察することで、関東に低気圧が近づきやすい状況かどうかを早期に知ることができるかもしれないということです。
図8は2014年2月と同じ北西太平洋ブロッキングが1958年から2014年の各冬季で何回くらい発生したかを示しています。図から明白な規則性は見いだすことは難しいですが、例えば、1980年代の後半は北西太平洋ブロッキングがほとんど起こっていないことや、逆に2010年代に入ってから最近まで数年は起こりやすい傾向であることなどといった、数年間に渡るような長期の変動が存在することが示唆されます。こういった規則性を丹念に調査し、何がこういった長期の変動を引き起こすのかを明らかにすれば、異常気象の早期予測につながると考えられます。このような長期変動の原因について、特に著者が注目しているのは海洋の影響です。海洋は、大気に比べてゆっくりと変動し、その上大気よりも熱をたくさん蓄えることができる(熱容量が大きい)ので、ブロッキングのような大気現象に数年規模の影響を与えることがあるのではないかと考えています。
図8:年ごとのブロッキングの発生頻度を示す。12月(黒線)、1月(赤)、2月(緑)でのブロッキングが起こっていた日数を示している。Yamazaki et al. (2015)より。
アプリケーションラボでは現在、地球シミュレータを用いた大気・海洋モデルを駆使して、過去についての長期大気海洋データの作成・分析や数ヶ月先から半年程度将来の予測を行っています。これらのデータを用いて、ブロッキングの長期変動・変動予測について調査を行い、異常気象の季節予測に向けての研究を進めているところです。将来、私たちの研究で得られた知見が、異常気象の防災・減災につながるように、今後も精進していきたいです。
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