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研究者コラム

2018年西日本豪雨、梅雨前線形成要因に直前の台風通過が影響 ―その停滞は大ジャンプから始まった―

記事

地球環境部門
大気海洋相互作用研究プログラム
茂木 耕作 研究員

ポイント

◆ 西日本豪雨(7/5-7)をもたらした梅雨前線は、2日前まで北海道に停滞していた
◆ 台風の日本海通過によりオホーツク海の寒気が西日本まで引き込まれた結果、梅雨前線が北海道から西日本へ一気にジャンプした
◆ 日本海まで張り出したオホーツク海高気圧の厚い寒気により西日本で梅雨前線が3日間ロックされ、豪雨につながった

論文著者・本コラム筆者の茂木耕作による解説動画はこちら
「2018年西日本豪雨を引き起こした梅雨前線「その停滞は大ジャンプから始まった」 SOLA2019論文の4分解説」

図1 2018年西日本豪雨に伴う3日間降水量分布(7月5日から7日)と梅雨前線および台風の動き。青矢印は7月3日から5日にかけての台風7号の動きを表す。紫および黒・灰色の太線は、それぞれ7月3日、5日、6日、7日の梅雨前線の位置を表す。水色の矢印は、7月3日から5日にかけての梅雨前線の移動を表す。

【2018年西日本豪雨から1年、最新の研究成果でわかったこと】

2018年西日本豪雨から1年が経ち、様々な調査をもとに過去に類例のない広域での豪雨発生のメカニズムに関する研究が多数進められています。その中で、本コラムでは、「2018年西日本豪雨を引き起こした梅雨前線の形成過程において、2018年台風7号(プラピルーン)の日本海通過が大きな影響を及ぼしていた」ことを明らかにした成果についてその内容を紹介します。

本成果は、「Scientific Online Letter on the Atmosphere誌」の「2017年と2018年の豪雨に関する特集号」で掲載されたもので、該当する原著論文は下記のものです。

タイトル:Role of Typhoon Prapiroon (Typhoon No. 7) on the formation process of the Baiu front inducing heavy rain in July 2018 in western Japan
著者:茂木耕作1
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構

論文は英語で記述されていますが、補足資料として、全文和訳された原稿、英語・日本語による3分動画解説、学会発表資料のスライドなどが原稿内に埋め込まれたURLからダウンロード可能ですので、興味のある方はそちらも御覧ください。

2018年西日本豪雨では、7月5日から7日まで梅雨前線が3日間にわたり西日本で完全にロックされてしまいました(図1)。2018年8月10日付け気象庁による報道発表では、7月5日にオホーツク海高気圧の寒気が日本海へ突然流入し始め、梅雨前線が形成されたことが示されていますが、その突然の寒気流入の原因は不明でした。豪雨直前の7月3日まで、梅雨前線は、北海道のおよそ北緯45度付近に一週間ほど停滞し続けていましたが、7月5日に突如として1000kmも南の西日本へ一気にジャンプしていました。今回明らかにされたのは、その1000kmの大ジャンプの原因が、7月4日の台風7号(プラピルーン)・日本海通過であったということです。

台風は、その中心に向かって周囲の風を引き込む力(気圧傾度力)が非常に強いため、日本海通過の際に、7月3日まで北海道で停滞していた梅雨前線の収束線を破壊していたことがわかりました。その結果、7月4日から5日にかけて、北緯45度より北に留まっていたオホーツク海高気圧の寒気を日本海へ流入させ、西日本の北岸まで一気に梅雨前線が南下しました。この寒気は、高さ方向にも非常に厚い構造を持ち、西日本の南側で発達していた太平洋高気圧が北向きに押し込む力(気圧傾度力)とほぼ釣り合った状態になり、梅雨前線が西日本で完全にロックされてしまいました。

こうした一連の流れは、従来の梅雨期の豪雨と比較して、2018年西日本豪雨が極めて特殊な発生過程であったことを示したものです。今後は、過去の類似例の検討や台風以外の低気圧でも劇的な南下を引き起こしうるのか、などの疑問を検証し、予測に資する研究を進めていく予定です。

あの豪雨はどれほど特殊であったのか?そのメカニズムも特殊なのか?

豪雨直後の気象庁報道発表で報告されている通り、2018年西日本豪雨は、死者数、全壊家屋数、災害範囲の広さなどあらゆる側面から見て過去30年間における最悪の豪雨災害でした。各マスメディアにおいても「なぜ梅雨前線が3日間も同じ場所でロックされてしまったのか?」という疑問に対する様々な検証・説明が連日試みられ、豪雨が継続した原因については多様な側面から報じられてきました。しかしながら、「梅雨前線が3日間も同じ場所でロックされてしまった」原因の鍵となる台風7号については、その時系列的な通過のタイミング以外にはほとんど論じられてきませんでした。その結果、梅雨前線の北側にあたる日本海にオホーツク海高気圧の寒気が流れ込んだ原因が不明なままとなり、「西日本豪雨をもたらした梅雨前線の停滞がなぜ始まったのか?」という重大な疑問が残されたままとなっていました。
また、そもそもの科学的な命題として、台風と梅雨前線の両者の動きについては、力学的に踏み込んで論じられてきませんでした。したがって、本研究で答えようとした「梅雨前線が南下する動きに対して、台風がどのような力学的メカニズムで影響を与えうるのか?」という科学的論点自体が、今回初めて提起されたものです。
2018年西日本豪雨は、7月5日から7日までの3日間総降水量において、その観測史上最大となった地点が広域にわたっていました。その点は、通常の梅雨期における豪雨が狭い地域に集中することで災害につながる通常の事例と明らかに異なり、特殊だと言えます。また、梅雨前線の南側に台風が位置している際に発生する豪雨の研究は多くありますが、台風によって梅雨前線の位置自体が大幅に変化して豪雨をもたらした、という研究報告は今までなく、その発生メカニズムも特殊だと言えます。

梅雨前線はなぜ西日本に現れ、そしてロックされたのか?

西日本およそ北緯35度に梅雨前線が現れたのは7月5日でした。しかし実は、6月30日から7月3日までの梅雨前線は、北緯40度より北、つまり北海道に停滞し続けていました。その状況から関東地方では6月29日に梅雨明けが早々に発表されており、梅雨前線が再度南下してくることは想定しにくい状況であったと言えます。ところが7月5日に梅雨前線は、北海道から1000km南の西日本へ一気に大ジャンプしましたが、この大ジャンプは台風7号の日本海通過によって引き起こされていたことが明らかになりました。

その力学的過程は、西日本・日本海・北海道を結ぶ線で地表面気圧の分布の変化によって説明されます。図2図3図4は、それぞれ7月3日、4日、5日の地表面気圧の値を縦軸にとり、横方向に左から西日本・日本海・北海道の位置をとって模式的に表したものです。地表面付近の大気の大まかな流れは、気圧の高いところから低いところへ、その傾斜の大きさに従って起こっています(気圧の傾斜の大きさに伴って風を強める力を「気圧傾度力」といいます)。オレンジ色が暖気、水色が寒気、両者がぶつかるところが梅雨前線で、7月3日は図2のように北海道に位置していました。太平洋高気圧が夏に向けて発達していく中、暖気の押し込む力の方が優勢に働くため、そのまま日本全域で梅雨明けになるのが通常の流れです。

図2 7月3日の地表面気圧の分布の関係。横方向に左から西日本・日本海・北海道の位置をとり、縦軸に気圧の高さを示す。オレンジ色が南から流れ込む暖気、水色が北から流れ込む寒気を表す。

ところが、図3のように7月4日に日本海を通過した台風7号によって20hPaもの気圧低下が暖気内で生じました。すると、気圧の傾斜の大きさに従って、暖気内で台風の中心に向かう新しい大気の流れが生じ、北海道で寒気と対峙する暖気まで台風中心に引き込まれてしまいます。

図3 7月4日の地表面気圧の分布の関係。横方向に左から西日本・日本海・北海道の位置をとり、縦軸に気圧の高さを示す。オレンジ色が南から流れ込む暖気、水色が北から流れ込む寒気を表す。

その結果、図4のように7月5日には、優勢に押し込んでいたはずの暖気が、寒気の押し返す力に負けてしまい、北海道における梅雨前線の構造が破壊されて寒気が一気に台風中心にまで流れ込んできます。すると、寒気の先端、すなわち梅雨前線の構造が新たに西日本の北岸に形成されます。つまり、これが、梅雨前線が台風7号の日本海通過によって北海道から西日本への大ジャンプする仕掛けであり、西日本豪雨の始まりであったと言えます。

図4 7月5日の地表面気圧の分布の関係。横方向に左から西日本・日本海・北海道の位置をとり、縦軸に気圧の高さを示す。オレンジ色が南から流れ込む暖気、水色が北から流れ込む寒気を表す。

では、台風7号が日本海から太平洋へと東へ抜けてしまった後、すなわち7月6日以降はどのようになるでしょうか?それは、図5のように、地表面気圧の値は1007hPaから1008hPaほどに戻りますが、梅雨前線の位置は、西日本の北岸に固定されたままになります。なぜなら、寒気が日本海全域にすでに押し込んできているという状況は、台風がいなくなっても変わらないからです。一方で、太平洋高気圧ももともと十分に発達していたため、オホーツク海高気圧の寒気がそれ以上南下していくこともできません。このように両者が梅雨前線に押し込む力(南北方向の気圧傾度力)は拮抗し続けたため、梅雨前線が西日本の緯度でロックされる結果となりました。

図5 7月6日の地表面気圧の分布の関係。横方向に左から西日本・日本海・北海道の位置をとり、縦軸に気圧の高さを示す。オレンジ色が南から流れ込む暖気、水色が北から流れ込む寒気を表す。

本当に過去に類例がなかったのか?将来に向けて何をなすべきか?

こうした一連の流れは、従来の梅雨期の豪雨と比較して、2018年西日本豪雨が極めて特殊な発生過程であり、社会全体としての将来的な災害対策のタイムラインや基準作りの指針を与えるものです。また、本研究は、過去における梅雨前線豪雨の研究においても類似した前例がないため、多様な解析手法による再検証の継続が必要であり、今後追求すべき新たな科学的命題が生まれたとみることもできます。今後は、過去の類似例の検討や台風以外の低気圧でも劇的な南下を引き起こしうるのか、などの疑問を検証し、予測に資する研究が必要です。

たとえば、過去の資料で、梅雨末期に日本海を通過した台風をピックアップし、さらにその中からその通過直後に梅雨前線の大幅な南下がみられた事例を絞り込み、さらにそれによって豪雨が発生に至ったものがあるのか、という手順で探していくことになります。論文中では、2つの事例(2014年8/15-20の西日本豪雨や1997年の8/12-13の九州北部豪雨が台風2014年台風11号Halongと1997年台風11号Tinaの日本海通過直後に発生)に類似性があることを指摘しています。より長期間遡れば、他にも見つけられるかもしれませんので、そういった地道な調査の継続も将来の備えに向けて重要です。

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