海を気持ちよさそうに漂う夏の風物詩「クラゲ」。古くは『古事記』にも描かれ、夏の季語にもなっている日本人になじみ深い生物なんです。しかし、その生態や何種類いるのかなど、いまだ謎の多い生物でもあります。
超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラムのドゥーグル・ジョン・リンズィー博士は、クラゲの研究を25年以上続け、新しい観測機器の開発やクラゲのデータベースの整備などに取り組んでいます。世界的な「クラゲ博士」としても知られるリンズィー博士に、クラゲの調査・研究から何がわかってくるのか、その奥深い世界を伺ってみたいと思います。
プレデター、カッパも機雷……個性豊かなクラゲたち
──クラゲといえば、夏に海水浴に行ったときに見かける「ミズクラゲ」が思い浮かびますが、ほかにはどんな種類がいるんですか?
私のお気に入りのクラゲをいくつか紹介しましょう。
個人的にすごく好きなのは「コワクラゲ(剛クラゲ)」の仲間です。クラゲは小型甲殻類プランクトンなどを食べるものが多いんですが、コワクラゲは、ほかのクラゲを食べる「クラゲプレデター」なんです。
コワクラゲは主に深海にいるクラゲで、傘の途中に生えている触手を傘の上のほうに伸ばして、海の中を泳ぎます。泳いでいるうちに、前方に伸びている触手の先端がほかのクラゲに当たります。触手には「刺胞」という毒針があるので、刺胞が刺さったクラゲは逃げられなくて、弱ってきます。こうして弱らせたクラゲを、傘の下側にある口に持ってきて食べるというわけです。
体内で子育てするクラゲも
──面白い生態ですね!
あとは、30本ぐらいのたくさんの触手をもつ「カッパクラゲ」も面白いですね。傘の中の白く見えるところは空洞になっていて、そこで自分の子どもが育つんです。
「機雷」と名付けられたクラゲとは?
「キライクラゲ」も興味深い生態を持っています。名前の由来は、潜水艦や船が近づくと水中で爆発する「機雷」です。小さな甲殻類などが近づくと長い触手を使って捕らえ、傘の中にある胃のほうへと吸い込みます。食べ物が傘の中に入ったら、短い触手を傘の内側に折り返して、中から逃げられないようにするんです。
リンズィー博士が名付け親のクラゲも
形でいえば、「アカチョウチンクラゲ」も面白いですね。傘の中に、アカチョウチンのような構造があって、本物の提灯と同じように縦に伸び縮みします。この和名は、私が付けました。
世界最長の生物はクラゲだった!
──形も生態もさまざまなんですね。
生息する場所もさまざまで、淡水から海水、浅いところから深海まで、あらゆるところにいます。先ほど紹介した4種は、いずれも主に深海にいるクラゲです。
大きさもさまざまで、実は地球でもっとも“長い”生物はクラゲなんです。
クダクラゲの仲間はたくさんの個虫がつながって1つの長い群体をつくるんですが、オーストラリアで60メートルほどの長さのものが目撃されています。地球最大の動物であるシロナガスクジラの3倍の長さです。
謎多き「クラゲ」の生態
──そもそもクラゲって、どんな生物なんですか?
クラゲは、ゼラチン質の体を持ち、海を漂って生活する生物の総称です。
生物学的には3つのグループ(専門的にいえば「門」)に分かれています。日本の海辺で普通にみられるミズクラゲなど、いわゆる一般的なクラゲは「刺胞動物」という種類の生き物です。
──刺胞動物というと、イソギンチャクやサンゴの仲間なんですね。
刺胞動物ではないクラゲもいます。「有櫛動物」であるクシクラゲや、「軟体動物」であるゾウクラゲなども、日本ではクラゲと呼ばれます。クラゲは正式に記載されている刺胞動物の種類だけでも1500種以上いると言われていますが、新種が毎年どんどん発表されています。しかし、分類がはっきりしていないものも多くて、まだ謎だらけの生物なんです。研究の結果、実は同じ種だったことがわかったり、逆に別種だとわかったりすることもよくあります。
実は、高度なクラゲのもつ機能
クラゲは進化的には、かなり古くから存在する生物です。何億年もの時間を生き抜いてきたわけですから、海を漂っているだけのように見えますが、実は高度な技能を持っています。先ほど紹介したコワクラゲの捕食の技能もその一つです。
ほかにも、たとえば「カツオノエボシ」などのクダクラゲの仲間は、一酸化炭素などのガスを自身の体(浮き袋)の中に蓄えたり放出したりして、浮力を調節することができます。
──クラゲはどうやって繁殖するんですか?
刺胞動物の一般的なクラゲでは、オスが放出した精子をメスが受け取って、受精卵ができます。卵がふ化したら「プラヌラ」という幼生になって海を漂ったあと、岩などに定着して「ポリプ」というイソギンチャクのような形に変化します。