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田﨑さくらのさくラボ

【第2回】木を進化させたい研究者を訪問!

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田﨑さくらの「さくラボ」、第2回目はJAMSTEC横須賀本部を訪れました。海洋機能利用部門生物地球化学センター有機分子研究グループの磯部紀之(いそべ・のりゆき)副主任研究員にお話をうかがいます。

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磯部 紀之

海洋機能利用部門 生物地球化学センター
有機分子研究グループ 副主任研究員
NEDOのムーンショット型研究開発事業(目標4)の一環で、
紙やコットンを構成する「セルロース」を使った海にやさしい素材を研究している

プラスチックのそっくりさん

海に流れ込む大量のプラスチックが大きな問題になっています。エコバッグや紙ストローを選んではみても、プラスチックと縁を切るのはなかなか難しいですよね。磯部さんは、この問題に斬新な方法で挑んでいます。

磯部:このコップを手に取ってみてください。何から作られていると思いますか。 

田﨑:プラスチック?

磯部:プラスチックっぽいですよね。

田﨑:ちがうんですか。なんだろう…けっこう硬いですね。

磯部:けっこう硬い、そこがポイントです。実はこれ、木と同じ成分からできているんです。

田﨑:木!? これが木から?

磯部:今日ご紹介する研究は、自然にある物から、新しくプラスチックそっくりな物を作るというものなんです。

海底に溜まるプラスチックごみ

磯部:こちらのモニターを見ていただけますか。これは約20年前、水深1344mの深海を撮影した映像です。

田﨑:周りが真っ暗ですね。…あっ、レジ袋が見えた。4つも。

相模湾初島沖:水深1344メートル付近の海底に漂うレジ袋(1999年10月25日撮影の動画)

磯部:この映像が撮影されたのは、都市部から近いところにある深海なので、ごみが落ちていても不思議ではありません。
でも3年前の調査で、街から遠く離れた深海にもレジ袋や風船などが溜まっていることがわかったんです。

田﨑:これらのごみは街から流れてきて、深海に沈んだということですか。

磯部:そうなんです。「さくラボ」第1回に登場した美山さんのシミュレーションをもとに、海流に乗って物が溜まりそうなところを調査しました。すると、シミュレーション通り、そこはプラスチックでいっぱいでした。

田﨑:さすがは美山さんですね。

磯部:そうなんですよ。──ところで田﨑さん、なぜプラスチック製品が「ごみ」になると思います?

田﨑:プラスチックは消えてなくならない…分解されないから?

磯部:正解! 分解されないから、時間が経っても深海に残ったままなんです。このレトルトのハンバーグの包装を見てください。製造は30年以上も前なのにピッカピカ。

田﨑:ほんとだ。包装の文字まではっきり読めますね。

34年前(回収当時)に製造されたプラスチックの包装は分解されていない

磯部:じつはプラスチックの歴史って新しくて、使われ始めたのは60年くらい前のことなんです。

田﨑:意外と最近なんですね。今では身の周りにプラスチックがない生活は想像できません。

磯部:数十年で一気に普及したんです。壊れない、丈夫、そして安い。当時は、分解されないことはいいことでした。

田﨑:長く使えますもんね。

磯部:そうです。ただ、丈夫さを追求し、環境への配慮は二の次でした。だから、人が拾えない海の底まで行ってしまうと、1000年、1万年も分解されないまま残ってしまうかもしれない。これが、私の解決したい問題です。

逆転の発想 ─海に沈んでも大丈夫なごみ─

田﨑:磯部さんは、どういう風にプラスチック問題を解決したいとお考えなんですか。

磯部:今ある物を全部拾うのはちょっと無理なので、これから使う物を何とかしたい。分解されずに溜まってごみになるなら、分解される物を開発しようと思いました。
まずはプラスチックそっくりな物を作って、皆さんにプラスチックのように使ってほしいんです。

田﨑:それでさっき見せていただいたプラスチックにそっくりなコップが必要なんですね。

磯部:ええ。もし海へ流れ出したとしても、分解される素材でできていたら、いずれはなくなりますから、ごみになりませんよね。

田﨑:便利なまま、分解される物に代えていくんですね。

木を食べる海の生き物?

磯部:たとえば、カニの殻を材料にしたら、海では誰か食べてくれそうですよね。もともと海の物だから。では、木だったらどうでしょう。海で木を食べる生き物、いると思いますか。

田﨑:木をですか。草とかじゃないから……食べないですよねえ。

磯部:じつは海の底ってけっこう木が落ちてるんですよ。大雨の後に流れてきたりして。だから木を食べてやろうと待ち構えている生き物がいるんです。

田﨑:待ち構えてるんですね(笑)。どんな生き物なんですか?

磯部:「キクイガイ」という貝です。これは海の中に置いておいた木ですが、穴だらけになっていますよね。キクイガイが食べた跡です。

「キクイガイ」に食べられて穴だらけになった木

田﨑:これを貝が…。きれいな穴がたくさんありますね。

磯部:トンネルを掘るときの「シールド工法」、実はキクイガイの仲間のフナクイムシがモデルになっています。

田﨑:すごい。トンネルを掘るのに海の生き物が役立ってるなんて。

磯部:ですから、木と同じ成分を原料にして新しい材料を作れば、絶対に深海でも食べてもらえるだろうと思っています。

田﨑:もし新素材のコップが深海に流れついても、きっと生き物が分解してくれますね。

「しんかい6500」で潜る

磯部:この間、海底で小さな生き物たちがちゃんとコップを食べてくれるかどうか調査するために、有人潜水調査船「しんかい6500」に乗ってきました。

田﨑:食べてくれる「はず」だけじゃなくて、海の底で実証実験もされたんですね。

磯部:これが海の底です。ふわふわしているのは「マリンスノー」と呼ばれますが、プランクトンの死骸等です。

田﨑:本当に雪が舞ってるみたい。

磯部:半年ほど前、海底の泥の上に、①木と同じ成分から作ったコップ ②紙コップ ③プラスチックのコップを並べました。それらを「しんかい6500」で回収してきたんです。
これが半年後のコップです。

田﨑:わぁ。木と同じ成分から作ったコップは、穴があいてボロボロになっていますね。

3種類のコップを回収

磯部:厚みも半分ぐらいになっていました。あと半年か1年くらい置けば、きれいさっぱりなくなりそうです。

田﨑:ちゃんと海の生き物に食べてもらえることが実証できたんですね!

磯部:持ち帰ったボロボロのコップを電子顕微鏡で見てみたんですが、穴の中に小さな微生物をたくさん観察できました。きっと美味しいんです。一方、プラスチックのコップには、全く生き物がいませんでした。

田﨑:生き物もちゃんと美味しい物を選んで集まっているんですね。「しんかい6500」での深海調査は、いかがでしたか。

磯部:海底は真っ暗で、しかも泥が舞いやすいので、慎重な作業が必要です。パイロットは、潜水船を動かしながら同時にロボットアームも操作します。チームプレーが発揮された調査でした。

田﨑:この次はパイロットの飯島さんにインタビューすることになっているんです。

磯部:飯島さん、とにかく真面目で熱いハートの持ち主ですよ。「しんかい6500」の潜航中だけでなく、潜航後も実験している船上のラボに顔を出してくれます。パイロット視点のお話も楽しみにしてください。

プラスチックの削減は、効果がある?

田﨑:今、紙製品やエコバッグを使ったりと、なるべくプラスチック製品を使わないようにしてますよね。でも生活の中でできるのってすごく小さなことで、本当に効果があるのか、地球のためになるのかなと思ってしまうことがあります。実際どうなんでしょうか。

磯部:よく皆さんがおっしゃるのは「ごみが大きくないから影響がないはず」ということ。映像でも見てもらいましたが、落ちているごみってレジ袋とか薄い物なんです。ただ、体積は小さいんだけど、個数が多いんです。

田﨑:なるほど。意識したいのは、プラスチックの大きさじゃなくて個数なんですね。

磯部:そう、数なんです。一つのごみでも、海の生き物は喉を詰まらせてしまう。

田﨑:カフェや飲食店でもプラスチックを減らす傾向にありますが、最近ごみが減ってきたと目で見て感じますか?

磯部:深海の現場で見つかるごみは古い物が多いんです。だから、ごみの数がぐんと減るのはまだまだ先の話かもしれません。

田﨑:磯部さんのコップが広まれば、プラスチックごみ問題の解決につながりそうですけど。商品化はまだなんですか?

磯部:それが出せないんです。まだみんなが使ってくれない可能性があります。それが値段。大人の飲む量では足りないこのカップ、5000円から1万円くらいします。

田﨑:そっか…たしかに高いですね。安いプラスチックのコップに慣れていると、なおさら手が伸びにくいです。

磯部:何度も再利用できるようにするとか、紙くずから作るとか、少しでも安くなる方法を探って、できるだけ早く世の中に出せるように頑張っています。

田﨑:すぐにそのコップを使えないとしても、ほかに私たちにできることってありますか?

磯部:物を買うときに「これは環境に優しい物かな」と考えることが一番です。環境にいい素材を未来に残すためには、みんなに使ってもらう必要があります。

田﨑:私たちが使う物を選ぶことが、未来の環境につながるんですね。

磯部:次の世代に残る材料を決めるのは、じつは皆さんなんです。物を買うときに、「この素材を支持しているよ」と一票を入れるイメージをもっていただければ。

田﨑:なるほど。よくわかりました。磯部さんの今後の抱負もお聞かせいただけますか。

磯部:いま手がけている素材を繰り返し使える製品に改良して、各家庭で使ってほしいです。地球に暮らすみんなに、分解される素材でできた製品を使ってもらいたいと思っています。

田﨑:このコップのファンがもっと増えてほしいです。

磯部:あとは、海ごみになりやすい物で、この素材と置き換えられる物がないか探しています。漁具などが候補です。いろんな人にアイディアを聞いていますが、海ごみ問題は、みんなが考えを発信しあえるのがいいですね。

田﨑:私たちも未来のためにできることがまだまだたくさんありそうです。今日はとてもわかりやすいお話をありがとうございました!

プロフィール写真

田﨑 さくら

フリーアナウンサー。1999年1月19日生まれ、東京都出身。青山学院大学文学部英米文学科卒。セント・フォース所属。
「お仕事search!それってグッジョブ」(テレビ東京)や「God Bless Saturday」(FMヨコハマ)に出演中。
海洋地球科学は私にとって未知の分野で、毎回勉強しながらの取材となりますが、皆様にわかりやすく伝わるレポートを心がけます!
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取材を終えて

社会の中でも大きな流れとなっているプラスチック削減。なかなか想像しづらい「海の豊かさ」への効果ですが、深海で長く残るプラスチックごみを目の当たりにし、新素材の必要性を感じました。 目をキラキラさせてお話しする磯部さんはとても楽しそうで、新たな技術が広がるのが待ち遠しくなりました。これからも私たちの未来のために、環境に優しい行動を心がけていきたいです!

(構成:高村由佳 写真:松井雄希)