「ちきゅう」のための海流予測2 (3)台風後のゆれる流速

掘削再開

前回は、地球深部探査船「ちきゅう」が台風16号をやり過ごしたところまで書きました。今回はその後の様子について見てみましょう。

図1上段の赤線は、9月21日の「ちきゅう」の航路です。掘削地点(★)に戻って再び掘削を開始しています。今回の観測には支援船2隻も参加しています。新潮丸(支援船1)と第八明治丸(支援船2)です。支援船は、「ちきゅう」に物資を補給したり、「ちきゅう」の上流から強い海流が来ないかを警戒したりすることで、「ちきゅう」の観測を助けます。支援船1と支援船2の9月21日の航路は、それぞれ緑線と青線で図1の上段にしめしました。和歌山まで待避していた支援船1と2も再び観測に参加しています。

図1下段は9月22日から26日午前9時までの「ちきゅう」と支援船の航路です。「ちきゅう」(赤の記号)は掘削地点で掘削を進め、順調にコアが取得されています。支援船1(緑線)は、和歌山県新宮港を往復して「ちきゅう」の支援作業を行ったり、室戸岬沖まで往復して黒潮の動きを探ったりしています。支援船2(青の記号)は掘削地点のやや北西に位置して、上流からの急な強い流れを「ちきゅう」のために警戒する役割を担っています。

「ちきゅう」の観測については「ちきゅう」公式Twitter「ちきゅう」船上レポートをご参照ください。

Fig1

図1: 「ちきゅう」(赤線)、支援船1(新潮丸、緑線)、支援船2(第八明治丸、青線)の航路。●がそれぞれの期間のスタート地点で、▲がそれぞれの期間の最終地点。[上段]9月21日。[下段]9月22日から26日午前9時まで。

 

「ちきゅう」公式Twitterより


室戸崎沖での黒潮の位置

黒潮の位置を支援船のデータから確認しておきましょう。図2は、9月26日の、[左上]支援船1と2の航路、[右上]その航路に対応する緯度位置(縦軸)と支援船で観測された海面近く(深さ15m)の流速の大きさ(ノット、横軸)、[下]1日の中での時間(横軸)と流速(ノット、縦軸)を見たものです。

支援船1(緑線)はこの日は室戸崎に近づいた後引き返し、掘削地点に向かっています(図2左上)。その際、2度、黒潮と考えられる3ノットを超える流速を横切っています(図2下)。その緯度位置を見ると、北緯33度よりもやや南です(図2右上)。黒潮の中心はこの緯度を流れ、室戸岬ではやや離岸しているようです。それでも黒潮の中心はまだ掘削地点からは遠く、掘削地点での流速は1ノット程度です。

支援船2の観測した流速データについては、下の「台風後のゆれる流速」で触れます。

Fig2

図2: 9月26日の支援船のデータ。[左上]支援船の航路。●がそれぞれの期間のスタート地点で、▲が最終地点。緑が支援船1。青が支援船2。黒★が掘削地点。[右上]対応する緯度(縦軸)と流速(ノット、横軸)。[下]流速(ノット)の時系列。データは午前9時まで。


今後の見通し

掘削地点周辺の海流予測は、「ちきゅう」のための海流予測特設サイトで毎日更新し、公開しています。JCOPE-T-JCWJCOPE-T-EASという二つの予測モデルを使っています。

その中から、10月1日12時における海面での流速分布の予測値を見ると(図3)、黒潮は室戸崎沖でやや離岸して南に下がっていますが(今週の黒潮予測も参照)、依然として掘削地点の北に位置して、掘削地点()付近では強い流速にはならないと予測しています。

Fig3

図4: 10月1日12時(日本時間)の海面での流速(ノット; 矢印は海流の向きと強さ; 色は海流の強さ)(2016/9/28号の予測より)。(上段) JCOPE-T-JCW 。(下段) JCOPE-T-EASが掘削地点。白い記号は風向きと強さ。

 

掘削地点での流速の予測時系列(図4)を見ると、台風16号が通過した影響は次第におさまり(下記の「台風後のゆれる流速」を参照)、流速は約1ノットから1ノット弱の流速になると予測しています。ただし、台風18号が近づいているため(※1)、再び流速が振動する可能性が出てきているようです。

Fig4

図4: 掘削地点での流速(ノット)の予測の時間変化(2016/9/28号の予測より)。深さごとに色が分かれており、赤が海面での流速。クリックすると図が拡大。(上段) JCOPE-T-JCW。(下段) JCOPE-T-EAS


台風後のゆれる流速

連載の第1回第2回で、台風の後は流速が振動するだろうと予測していました。これが実際どうだったか、支援船2の観測から検証してみましょう。

図5の青線と黒線は、それぞれJCOPE-T-JCWJCOPE-T-EASによる9月21日以降の掘削地点での流速の時間変化の予測です。流速の大きさが、一日よりもやや短い周期で上下に振動すると予測していました。

9月21日18:00以降、掘削地点近く(場所は図1参照)に位置していた支援船2が観測した流速が図5の赤点です。予測通り、現実にも流速の振動が存在していました。特に最初の頃は、タイミングも流速の変化の大きさもも現実を良く予測できていました。ただし、次第にずれも見られるようになり、予測では振動が弱くなるのが早すぎたようです。

図5:

図5:掘削地点でのモデルの海面流速予測(9月21日からの予測)と、近くに位置した支援船2(第八明治丸)の流速(15m深)の時間変化の比較。青線がJCOPE-T-JCWによる予測、黒線がJCOPE-T-EASによる予測、赤丸が観測。赤丸がないのは観測データがない期間。

 

図6では、流れの大きさだけではなく、流れの向きも含めて比較してみました。モデル(JCOPE-T-JCW)でも、観測でも、時間がたつにつれて流れが時計回りに向きを変えていることがわかります。このような約1日(中緯度の場合)の周期で流れが右回転しながら振動する現象は慣性振動と呼ばれています。約1日(中緯度の場合)の周期は地球の回転によって決まっています(※2)。モデルや観測に見られた流速の振動は、海の流れが地球の回転の影響を受けている証拠と言えます。

図6: 9月21日から26日9時までの流れの比較。矢印は1時間ごとの流れの強さ(ノット)と向きを表す。向きは上向きが北向き。右向きが東向き。縦軸が時間。上から下に時間が流れる。左図はJCOPE-T-JCWによる予測。右図は支援船2による観測(1時間平均)。右図で矢印がないのは観測がない期間。

※1 本サイトは海洋予測実験のサイトであり、台風がいつ頃来そうかという情報を提供するものではありません。台風に関しては、最新の気象情報を入手してください。

※2: 理論的には周期Tは
T=24時間*0.5/sin(緯度)
(ここでsinはサイン関数、緯度はラジアン単位)で決まり、緯度によって違います。掘削地点の北緯32.37度では
T=24*0.5/sin(32.37/180*3.14)=約22.4時間
です。


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「ちきゅう」のための海流予測の連載記事一覧はこちら
この連載では、流れの速さの単位として船舶でよく使われるノット(2ノットは約1メートル毎秒)を使用します。
「ちきゅう」のための海流予測特別サイトはhttps://www.jamstec.go.jp/jcope/vwp/chikyu.2016.09/です。
「ちきゅう」の観測の様子に関しては「ちきゅう」公式twitter船上レポートを参照。