書籍紹介「天気と海の関係についてわかっていることいないこと」

天気と海の関係についてわかっていることいないこと」という本が5月に出版されています。「新進気鋭の研究者たちが、天気と海の不思議な関係に迫る!」本です。今回は、この本について紹介します。

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なぜこの本を紹介するかというと、この本で取り上げられている研究は、黒潮親潮ウォッチが見ている現象と大きく関わっているからです。第1章からして、「黒潮と空の研究」(杉本周作)(※1)です。最近になって、黒潮と大気の関係について新しい発見が多く生まれています。黒潮親潮ウォッチでも、2015/2/20号「黒潮の位置は天気にも影響を与えるの?」などで紹介しています。なぜ黒潮が大気にとっても重要であるかというと、「世界最強の海流」である黒潮が暖流として熱を運び、大気に熱を与えているからです。この章では最新の研究による黒潮と空との関係の新しい描像が解説されています。この章は、黒潮と空の関係だけではなく、黒潮自体の分かりやすい紹介にもなっています。

第2章「海と梅雨の関係」(万田敦昌)も、黒潮とその周辺海域が天気に与える影響についての研究成果が紹介されています。暖かい海は熱とともに、水蒸気を大気に与え、梅雨と、それにともなう集中豪雨に影響を与えます。黒潮親潮ウォッチでも、研究の一つを2015/6/19号「黒潮と6月の梅雨の関係は?」で取り上げています。第2章で紹介されている研究のいくつかは、私達が海洋予測で使っているJCOPEのデータが使われているので、いずれ紹介したいと思います。

第3章「海と台風の研究」(和田章義)は、海の状態と台風の関係について解説しています。台風が通過する時に海が冷えることに関しては、2015/7/24号「台風の通ってきた海」で見ました。台風と海の関係はそれだけではなく、海の状態が台風の誕生と成長に影響を与え、それがまた海に影響を与えるという絡みあった関係(大気海洋相互作用)にあります。この章で紹介される新たな発見が、台風予測を向上させる可能性があります。

第4章「東京湾と空の研究」(小田僚子)は、身近な海と都市気象の関係を扱っています。太平洋と空の関係とはまた違う面白い世界が広がっています。

温暖化による海氷の減少が気になる北極の話題を扱った第5章「北極の海と空の研究」(猪上惇)と、エルニーニョインド洋ダイポールの舞台となる熱帯の話題を扱った第6章「熱帯の海と空の研究」(飯塚聡)は、日本から離れた海と日本の空との関係が解説されています。第6章の話題は、黒潮親潮ウォッチの姉妹サイトである季節ウォッチと関係が深いです。

なぜ最近になって空と海との新しい発見が生まれているのでしょうか?それには、人工衛星の観測の発達が貢献しています(※2)。第7章「宇宙と船から見た海と空の研究」(川合義美)の前は、その人工衛星による発見の話題が取り上げられています。船舶による現場観測も意義を失ったわけではありません。第7章の後半では、船舶観測の意義と新しい発見が語られています。この中で取り上げられている「3隻同時観測作戦!」(※3)に関しては、観測データとの比較のために、JCOPEを使った数値シミュレーションも行ったので、またの機会に紹介します。

新しい発見には、数値モデルによる研究も貢献しています。第8章「コンピュータの中の海と空の研究」(吉岡真由美)は、数値モデルについてわかりやすく解説されています。黒潮親潮ウォッチや季節ウォッチの予測も数値モデルで行われています。この章はそれを理解するための良い入門になるでしょう。

第7章の著者がJAMSTECの主任研究員であることを始めとして、この本には、私たちアプリケーションラボを含むJAMSTECの研究者による成果が多く取り上げられています。この本は最新の研究の成果の解説書ですが、決して堅苦しい本ではなく、くだけた表現で、わかりやすく書かれています。しばしば、研究者がどのような状況でどのような気持ちで研究に望んだかということが書かれているのも面白いです。たとえば、第1章の「コラム1 黒潮の第一印象? あまりよくなかったですね(笑)」といった調子です。空と海の関係に興味がある人、これから学んで見たい人に、おすすめの一冊です。

書籍名 天気と海の関係についてわかっていることいないこと
編者  筆保弘徳 (※4)、和田章義
出版社   ペレ出版 
出版社サイト https://www.beret.co.jp/books/detail/612

 

※1 本稿では、研究者の肩書や敬称などは略させていただきました。

※2 もう一つ、重要な観測網の発達として、アルゴフロートの展開があります。本書では第1章のコラム2で解説されています。アルゴフロートについては、JAMSTECにアルゴ紹介サイトがあります。

※3 この観測は、「気候系のhotspot」というプロジェクトの中で行われました。観測の様子は「観測」で見ることができます。

※4 同編者(筆保弘徳)のシリーズとして、「天気と気象についてわかっていることいないこと」、「異常気象と気候変動についてわかっていることいないこと」も出版されています。