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研究者コラム

5月に、エルニーニョ現象と正のインド洋ダイポールモード現象が同時発生か?異常気象に要警戒

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付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ

2020年、2021年に引き続き、2022年もラニーニャ現象が3年越しで続いていましたが、今春ようやく終息しました。熱帯インド洋でも3年連続で負のインド洋ダイポールモード現象が発生しましたが、昨年の冬には終息しました。アプリケーションラボでは昨年の11月の時点で、ラニーニャ現象が冬の終わりごろに衰退し、今年の夏にはエルニーニョ現象が現れることを予測していました(2022年11月21日既報)。最新の予測によると、5月から秋にかけてエルニーニョ現象と正のインド洋ダイポールモード現象が同時発生するようです。エルニーニョ現象もインド洋ダイポールモード現象も、日本を含め世界各地に異常気象を引き起こします。特に、インドネシアやオーストラリアの少雨傾向、東アフリカの多雨傾向は、正のインド洋ダイポールモード現象とエルニーニョ現象の同時発生の影響を受け、極端化するかもしれませんので注意が必要です。

典型的な(注1)エルニーニョ現象が発生すれば2014-2016年のイベント以来7年振り、正のインド洋ダイポールモード現象が発生すれば2019年のイベント以来4年振り、同時発生すれば、2015年のイベント以来8年振りになります。2015年の夏から秋にかけて両現象が同時発生した時は、インドネシアは極端な少雨になりました(参考資料)。また、2015年の夏は、西日本は低温、北・東日本では、7月中旬から8月上旬にかけて高温、8月中旬以降は低温になりました(参考資料)。このような地域によって異なる複雑な変動の一部は、エルニーニョ現象とインド洋ダイポールモード現象の同時発生に寄るものかもしれません。今後の熱帯海洋の動向から目が離せません。

エルニーニョ/ラニーニャ現象とは?

熱帯太平洋で見られる海と空が連動して変動する現象で、数年に1度、夏から冬にかけて発生します(詳細は季節ウォッチを参照)。エルニーニョ現象が発生すると、熱帯太平洋の東部で海水温が平年より高く、西部で低くなります。この海水温の変動によって、通常は熱帯太平洋の西部で活発な対流活動が東に移動し、インドネシアやフィリピンなどでは平年より雨が少なくなります。また、このような熱帯の大気の変動が遠隔影響(テレコネクションと呼びます)し、日本では冷夏、暖冬となる傾向があります。一方で、ラニーニャ現象は、エルニーニョ現象とは符号が反転した現象で、熱帯太平洋の西部で海水温が平年より高く、東部で海水温が低くなります。この海水温の変動によって、熱帯太平洋の西部で対流活動がさらに活発になり、インドネシアやフィリピンなどでは平年より雨が多くなります。また、日本では猛暑、寒冬となる傾向があります。2020年、2021年に引き続き、2022年もラニーニャ現象が続いていましたが、今春ようやく終息しました。エルニーニョ現象/ラニーニャ現象の遠隔地の気象への影響は、現在も世界中で活発に研究されています。

インド洋のダイポールモード現象とは?

熱帯インド洋で見られる現象で、エルニーニョ現象と同じく、海と空が連動して変動する現象です。数年に1度、夏から秋にかけて発生します(詳細は季節ウォッチを参照)。ダイポールモード現象には正と負の現象があります。正のダイポールモード現象が発生すると、熱帯インド洋の西部で海面水温が平年より高く、東部で低くなるために、通常は東インド洋で活発な対流活動は西方に移動し、東アフリカで雨が多く、逆にインドネシアやオーストラリア周辺では雨が少なくなります。また、大気循環の変動を通して、西日本に猛暑や暖冬をもたらすことが指摘されています。一方で、負のダイポールモード現象が発生すると、熱帯インド洋の南東部で海面水温が平年より高く、西部で海面水温が低くなります。この水温変動によって、通常時でも東インド洋で活発な対流活動が、さらに活発となり、インドネシアなどでは大雨・洪水の被害が甚大化します。一方で、東アフリカでは干ばつが発生しやすくなります。負のダイポールモード現象の日本への影響はまだよく分かっていません。2020年、2021年、2022年と負のダイポールモード現象が3年連続発生し、東アフリカの多くの地域で深刻な干ばつに見舞われ、食料や飲み水の安全が著しく脅かされました(アプリケーションラボではそれらを事前予測する技術を磨いてきました。詳しくは、プレスリリース「東アフリカの極端な干ばつを数ヶ月前から予測可能に!―負のインド洋ダイポールモード現象の予測が鍵―NatureのResearch Highlightsに「東アフリカの極端な干ばつの数ヶ月前予測」に関する論文が選ばれました」など)。

ダイポールモード現象の遠隔地の気象への影響や、エルニーニョ現象との相互関係は、現在も世界中で活発に研究されています。

エルニーニョ現象やダイポールモード現象の発生は事前に予測できるか?

アプリケーションラボのSINTEX-Fと呼ばれる予測シミュレーション(注2)は、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って、1年以上前からエルニーニョ現象の発生を、高い精度で予測してきた実績があります(詳しくはSINTEX-FのHP)。特に、最大で24ヶ月先のエルニーニョ予測情報を毎月準リアルタイムに提供しており、このような長いリード時間の予測情報を提供しているのは世界でも唯一です(例えば、米国コロンビア大学IRIのエルニーニョ予測サイトなど)。リードタイムが長くなるほど、その精度は低下しますが、予測がある程度可能であることを国際的にも早い段階から学術誌に発表してきました(例えば、Luo et al. (2008)Behera et al. (2020))。

インド洋ダイポールモード現象については、数ヶ月前から事前に予測することが難しいとされていますが、SINTEX-F予測シミュレーションは、その発生予測に成功した実績が多くあります(例えば、2019年の非常に強い正のダイポールモード現象の発生予測に成功しました。詳しくは、プレスリリース「2019年スーパーインド洋ダイポールモード現象の予測成功の鍵は熱帯太平洋のエルニーニョモドキ現象」)。

最新の予測では?

SINTEX-F予測シミュレーションを使って、エルニーニョ現象とダイポールモード現象が今度どのように推移するかを予測したのが、図1と図2です。強さの不確実性は残るものの、5月から秋にかけて、エルニーニョ現象と正のインド洋ダイポールモード現象が同時発生すると予測しています。

fig1
図1: エルニーニョ/ラニーニャ現象の指数で、熱帯太平洋中央部から東部(小さい地図の赤色の領域)にかけての海水温の異常値で定義される(単位は°C)。0.5°C(–0.5°C)より高(低)くなれば、エルニーニョ(ラニーニャ)現象が発生していると考えられる。黒色の線が観測値で、色線が、2023年4/1時点での予測値。予測の不確実性を考慮するため、初期値やモデルの設定を様々な方法で少しずつ変えて、36通りの予測実験を行った(アンサンサンブル予測と呼ぶ)。それぞれ、海面水温データを初期値に取り込んだSINTEX-F2(緑色の破線:アンサンブル平均値、黄緑色の破線: 各アンサンブルメンバー)、海洋亜表層観測データを初期値に取り込んだSINTEX-F2-3DVAR(青色の線:アンサンブル平均値、水色の線: 各アンサンブルメンバー)、海面水温と海氷密接度データを初期値に取り込んだSINTEX-F2si(濃いオレンジ色の二点鎖線:アンサンブル平均値、薄いオレンジ色の二点鎖線: 各アンサンブルメンバー)の結果。紫色の線は全ての予測アンサンブルの平均値。36のアンサンブルメンバーの平均値が、5月から来年の春まで+0.5°Cを超えており、エルニーニョ現象が発生すると予測している。
fig2
図2:図1と同様だが、インド洋ダイポールモード現象の指数DMI(西インド洋熱帯域の海面水温異常の東西差を示す数値で単位は°C)について。0.5°Cを上回れば、正のダイポールモード現象が発生していると考えられる。36のアンサンブルメンバーの平均値は、5月から10月にかけて+0.5°Cを上回っており、正のインド洋ダイポールモード現象の発生を予測している。

世界各地に異常気象を起こす熱帯海洋の動向に今後も注意していく必要があります。アプリケーションラボのSINTEX-F予測シミュレーションの結果は毎月更新されます。最新情報は、SINTEX-FのHP季節ウォッチAPL Virtualearthなどをご参照ください。

注1: 典型的なエルニーニョ/ラニーニャ現象の他に、エルニーニョモドキ/ラニーニャモドキと呼ばれる現象もあります(詳しくはこちら)。エルニーニョ/ラニーニャ現象と似ていますが、その世界各地への影響はかなり異なり、現在、活発に研究されている現象です。エルニーニョ現象は、熱帯太平洋の東部で海面水温が平年より高くなりますが、エルニーニョモドキ現象は、熱帯太平洋の東部と西部で海面水温が平年より低くなり、中央部で海面水温が高くなります。典型的な現象とモドキ現象を完全に分離することは難しいことも多いです。例えば、2018/19年のエルニーニョや2020年から3年続いたラニーニャはモドキ現象的な側面も見えました。

注2: SINTEX-F予測シミュレーションは、海洋観測とコンピュータのリレーのようなシステムです。まず、はじめに、予測開始時点での、海の水温の状況をよく知る必要があります。熱容量の大きい海の水温が、平年と違った状況にあると、数ヶ月先でもその情報が消えず、エルニーニョ現象やダイポール現象を引き起こす“種”の役割をします。現在は、人工衛星や、係留ブイ、アルゴフロートと呼ばれる自動浮き沈み測器などによって、時時刻刻と変化する海面および海中の水温を、リアルタイムで観測することができます。その情報を気候モデルに教え込むことで、将来の予測シミュレーションを実施します。リアルな海からバーチャルな海へのバトンパスともいえます。気候モデルとは、海だけでなく空-陸-海氷などに対して、主に物理法則に従って、10分程度の未来を計算できる数式の集まりで構成されており、この計算を繰り返すことで、何ヶ月も先の未来の状況を予測計算できるソフトウェアです。気候モデルの源流は2021年にノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎博士の研究にあります(2021年10月5日既報)。その膨大な計算を実行するにはスーパーコンピュータが必要です。海洋研究開発機構は、海洋観測システムの発展に尽力していると共に(例えば、”【アルゴ2020】アルゴフロートで世界の海を測って20年“、TRITONブイ動物由来の海洋観測データの利活用など)、世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を有します。アプリケーションラボでは、それらを効果的に使い、エルニーニョ現象やインド洋ダイポールモード現象の発生予測だけでなく、それらの世界各地の気候への影響を予測(季節予測とも呼びます)する技術を磨いてきました。その先駆的な成果の詳細は、SINTEX-FのHPアプリケーションラボのトピックスをご覧ください。

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