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研究者コラム

来年はエルニーニョ現象による異常気象が発生か?

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付加価値情報創生部門 アプリケーションラボ

2020年、2021年に引き続き、ラニーニャ現象が三年越しで続いています。この熱帯太平洋の状況には、熱帯インド洋でも三年連続で発生し、現在も明瞭な形を示している負のダイポールモード現象が関係しているようです。アプリケーションラボでは今年の5月の時点で、この負のインド洋ダイポールモード現象の発生予測に成功していました(2022年5月23日既報)。私たちの最新予測では、現在のラニーニャ現象はこの冬の終わりごろに衰退し、来年の夏にはエルニーニョ現象が発生するようです。エルニーニョ現象も世界各地に異常気象を引き起こします。2015年のエルニーニョ発生時は、西日本が冷夏になりました。今後の熱帯海洋の動向に目が離せません。

エルニーニョ/ラニーニャ現象とは?

エルニーニョ現象は、熱帯太平洋で見られる海と空の変動現象で、数年に1度、夏から冬にかけて発生します(動画は季節ウォッチを参照)。エルニーニョ現象が発生すると、熱帯太平洋の東部で海水温が平年より高く、西部で低くなります。この海水温の変動によって、通常は熱帯太平洋の西部で活発な対流活動が東に移動し、インドネシアやフィリピンなどでは平年より雨が少なります。また、このような熱帯の大気の変動が遠隔影響(テレコネクションと呼びます)し、日本では冷夏、暖冬となる傾向があります。一方で、ラニーニャ現象は、エルニーニョ現象とは符号が反転した現象で、熱帯太平洋の西部で海水温が平年より高く、東部で海水温が低くなります。この海水温の変動によって、熱帯太平洋の西部で対流活動がさらに活発になり、インドネシアやフィリピンなどでは平年より雨が多くなります。また、日本では猛暑、寒冬となる傾向があります。エルニーニョ/ラニーニャ現象の遠隔地の気象への影響や、インド洋ダイポールモード現象との相互関係については、現在も世界中で活発に研究されています。

エルニーニョ現象の発生は事前に予測できるか?

アプケーションラボのSINTEX-Fと呼ばれる予測シミュレーション(1)は、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って、1年以上前からエルニーニョ現象やラニーニャ現象の発生を、高い精度で予測してきた実績があります(詳しくはSINTEX-FのHP)。特に、最大で24ヶ月先のエルニーニョ予測やエルニーニョモドキ予測情報も毎月準リアルタイムに提供しており、このような長いリード時間の予測情報を提供しているのは世界でも唯一です。リードタイムが長くなるほど、その精度は低下しますが、予測が可能であることを国際的にも早い段階から国際学術誌に発表してきました。(例えば、Luo et al. (2008)Behera et al. (2020))。

最新の予測では?

SINTEX-F予測シミュレーションを使って、現在発生中のラニーニャ現象が今度どのように推移するかを予測したのが、図1です。ラニーニャ現象はこの冬の終わりごろには衰退するでしょう。興味深いことに、私たちの予測では来年の初夏頃にエルニーニョ現象が姿を現すようです。

エルニーニョ指数の時系列
図1: エルニーニョ/ラニーニャ現象の指数で、熱帯太平洋中央部から東部(小さい地図の赤色の領域)にかけての海水温の異常値で定義される(単位は°C)。0.5ºC(–0.5ºC)より低(高)くなれば、エルニーニョ(ラニーニャ)現象が発生していると考えられる。黒色の線が観測値で、色線が、2022年11/1時点での予測値。予測の不確実性を考慮するため、初期値やモデルの設定を様々な方法で少しずつ変えて、36通りの予測実験を行った(アンサンサンブル予測と呼ぶ)。それぞれ、海面水温データを初期値に取り込んだSINTEX-F2(緑色の破線:アンサンブル平均値、黄緑色の破線: 各アンサンブルメンバー)、海洋亜表層観測データを初期値に取り込んだSINTEX-F2-3DVAR(青色の線:アンサンブル平均値、水色の線: 各アンサンブルメンバー)、海面水温と海氷密接度データを初期値に取り込んだSINTEX-F2si(濃いオレンジ色の二点鎖線:アンサンブル平均値、薄いオレンジ色の二点鎖線: 各アンサンブルメンバー)の結果。紫色の線は全ての予測アンサンブルの平均値。全てのアンサンブルメンバーの平均値は、2月から–0.5ºCより振幅が小さくなっており、冬の終わりからラニーニャ現象が衰退すると予測している。さらに、6月から0.5ºCより大きくなっており、エルニーニョ現象が発生すると予測している。

世界の他機関による来年の予測は、現在はまちまちですが、世界各地に異常気象を起こす熱帯海洋の動向に今後も注意していく必要があります。アプリケーションラボのSINTEX-F予測シミュレーションの結果は毎月更新されます。最新情報は、SINTEX-FのHP季節ウォッチAPL Virtualearthなどをご参照ください。

 

  • 注1: SINTEX-F予測シミュレーションは、海洋観測とコンピュータのリレーのようなシステムです。まず、はじめに、予測開始時点での、海の水温の状況をよく知る必要があります。熱容量の大きい海の水温が、平年と違った状況にあると、数ヶ月先でもその情報が消えず、エルニーニョ/ラニーニャ現象を引き起こす“種”の役割をします。現在は、人工衛星や、係留ブイ、アルゴフロートと呼ばれる自動浮き沈み測器などによって、時時刻刻と変化する海面および海中の水温を、リアルタイムで観測することができます。その情報を気候モデルにバトンパスして、予測シミュレーションを実施します。気候モデルとは、空-海-陸-海氷などに対して、主に物理法則に従って、10分程度の未来を計算できる数式の集まりで構成されており、この計算を繰り返すことで、何ヶ月も先の未来の状況を予測計算できるソフトウェアです。気候モデルの源流は2021年にノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎博士の研究にあります(2021年10月5日既報)。その膨大な計算を実行するにはスーパーコンピュータが必要です。海洋研究開発機構は、海洋観測システムの発展に尽力していると共に(例えば、【アルゴ2020】アルゴフロートで世界の海を測って20年TRITONブイ動物由来の海洋観測データの利活用など)、世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を有します。アプリケーションラボでは、それらを効果的に使い、エルニーニョ/ラニーニャ現象やインド洋ダイポールモード現象の発生予測だけでなく、それらの世界各地の気候への影響を予測(季節予測と呼びます)する技術を磨いてきました。その先駆的な成果の詳細は、SINTEX-FのHPアプリケーションラボのトピックスをご覧ください。